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第十三話「安易だから強靭なのだ」

 一夜を明かして山を下りた俺と美咲は、集団自殺のことを地元の警察に通報した。その後、警察はすぐに林道に不審車両を見つけ、それとともに廃屋に集まっていた集団自殺の参加者たちを発見した。

 俺の登場に混乱した自殺志願者たちは、自殺のタイミングを失って、これからまた練炭自殺に挑戦するかどうか議論したが、主催者である肝心の田中が美咲に逃げられたショックと俺にボコボコにされた怪我からあまり議論に参加せず、そのため結論が出ないでいたところに警察がやってきて、そこで全員無事保護となったらしい。

 この集団自殺未遂事件は、事件が未遂で、しかも練炭を大量に集めておきながら、それを自殺に使わずに、暖房に使って一晩を過ごしていたマヌケさから、世間に深刻に受け止められなくて報道もほとんどされず、警察に「悩み事があるなら、こういったところに相談に行くんだぞ」と弁護士事務所や心理カウンセラーを紹介された上、「生きていればいいこともあるさ」と励まされてみんなそれぞれに帰っていったそうである。

 ただ田中だけは、俺にボコボコにされたので、事情としては俺の正当防衛であるが、過剰防衛ではないかという警察の指摘から、傷害事件として立件されそうになったが、田中が起訴を望まず、俺と美咲に「すいませんでした」と謝ったので、このことも世間の日に当たることなく終わっていった。

 聴取を受けた俺と美咲もその日のうちに解放された。

「疲れた」

 警察署を出ると、高い空に春の風がそよいでいた。

「スーツがぼろぼろだ」

 野山を駆けずり、格闘までした俺の上下はしわと埃にだいぶくたびれていた。

「ごめんね」

 謝る美咲の服もだいぶんにくたびれて、その黒髪も埃に艶を失っていた。

「もういいよ」

 美咲は警察署を振り返る。

「田中くん大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫だろ」

 練炭自殺なんてベタな真似をする田中は、一人では翔べなくて、だから美咲に憧れたのだが、それは田中の誤解だった。

 美咲は最初から翔ぶことへも堕ちることへも興味なく、ただ浮いているだけだった。

 俺と同じ誤解だった。

 だから美咲の髪にちゃんと触れれば、美咲はちゃんと応えてくれる。

 美咲の唇はやわらかい。

「好きって言われると嬉しいね」

 かわいい女の子の美咲の笑顔は、はにかみにほころんで、俺が美咲の手を握ると、美咲は俺の手を握り返し、顔を合わせると、お腹の音が大きく鳴った。

「お腹空いたね」

「ここの名物料理は何かな?」

 二人で食べるご飯はきっとおいしいはずだ。




 部屋に戻ると三月だった。

 三月の日常は、自殺未遂事件帰りの俺と美咲をちゃんと放さず捕らえ直してくれていて、俺と美咲は二人揃って就職活動と恋愛活動に日々の精を尽くしていた。

 木島は三社も内定が出たとかかんとかうるさいことを言い、美咲も物怖じしない性格が評価されたのか、結構簡単に面接をパスしてもうすぐ最初の内定を出しそうで、俺は少し焦ったが恋愛活動は順調で、美咲の肌から伝わるぬくもりと相変わらずのすっとぼけた行動に、就職活動の元気をもらって、俺は今日もスーツをまとって元気よく扉を開ける。

 玄関を出ると笹倉さんが掃除をしていた。

「あっ、梶井さん。おはようございます」

 お隣の恋愛活動もなかなかに順調らしい。

 笹倉さんと翔太くんは猫を飼える物件を見つけたので引越しの準備を始めていて、翔太くんの動物ならしに、毎日ペットショップへ通っていた。

「猫って案外かわいいんですね。こうネコパンチして」

 猫慣れした翔太くんは笹倉さんとの会話も弾んで日々は充実していると、アドバイスをしてあげた俺に感謝の言葉を述べていた。猫は新居に移ったら、もらえる仔猫を探す予定だそうだ。

「頑張ってくださいね」

「おう!」

 今日の会社は「人の役に立つ」がモットーの熱い社長のいるなかなかに印象のいい会社で、説明会のときにした質問にはだいぶ手応えを感じていた。

 なーに、やってやるさ。

 今の俺は充実している。




 四月になった。

 桜が咲いた。

 内定が出た。

 四年生になった。

 笹倉さんは翔太くんと同棲を始めた。

 田中も大学に復帰した。

 木島が留年した。

 ワガハイが庭に本格的に住み着いてきた。

 俺と美咲は春の公園を散歩していた。

「美咲、もしさ、爆弾を持ってたらどうする?」

 俺は美咲にくだらない質問をする。

「爆発させる」

 美咲の返事はすぐだった。

「どこで?」

「うーん。こういう公園とかかなぁ」

「国会議事堂ってどう?」

「いいね、それ」

「あの三角屋根が吹っ飛ぶんだ」

「ゴジラも潰してたよね」

「グッチャリな」

「いいなぁ、敗戦国みたい」

「そうだなぁ、敗戦国だなぁ」

「爆発したら勝ちかな」

「そりゃあ勝ちだろ」

 そこで美咲が「じゃあやろう」と言うのは夢の話で、美咲も俺も爆弾なんて持ってなくて、頭の中で言葉だけの国会議事堂を言葉だけの爆弾で吹き飛ばしただけだった。それでも吹っ飛んだ国会議事堂の瓦礫の山から、春に目覚めるカエルのように国会議員が這い出てきて、右往左往に慌てるさまはなかなか愉快に痛快に、俺と美咲は笑い合った。

「そうだ美咲、髪切れよ」

「なんで?」

「春だしさ」

「うーん」

「それにショートの美咲も見てみたい」

「じゃあ、切ってみようかな」

「軽くなるぜ」

「うん」

 それですぐに近くの美容院に入った美咲は、肩までに切られた髪をふわりとさせて、俺が髪に触れてみると、美咲は上目遣いに「似合うかな?」と訊いてきた。

「最高」

 美咲はちょっとはにかんで、ゆっくりと視線を合わせて、微笑んだ。

「好きになってくれてありがとう」

 俺は最高の彼女を抱きしめる。

 美咲の唇は何度触れてもやわらかい。

 最高だ。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。


えー、これは数年前、就職活動中の現実逃避に書いた作品です。

この突然の急展開と安易なラストは「いつまでもこんなものを書いている場合ではない」という作者の焦りの表れです。おかげさまで今はなんとか定職に就いております。彼女はおらんが。ふうっ(汗)

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