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第十一話「誤解とかなんとか」

 アホな思い付きの犯罪は、何とかあの場を脱出して、どうにか部屋で一息つくと、翌日のテレビのニュースに取り上げられて、「謎の紙吹雪、目的は何だ!」と世間の好奇を集めていた。

 取材を受けるマンションの住人や近所の通行人は、「誰がこのゴミを片付けるんだ」と憤慨のコメントや、「変な事件も増えましたね」と無関係者のコメントを口にしていた。

 全体的には否定的な報道で、他人の迷惑を考えろとは主張していたが、特に人が死んだわけでもないので、話題はすぐに先週発生したバラバラ殺人事件の続報に移っていった。

 二分三十七秒。

 こんなもんか。

 それでいいような気もしたし、それじゃダメなような気もした。

 どっちの気もするなら、どっちでもいいんだろう。

 笹倉さんのマフラーがもうすぐ完成するという。

「あの、でも私のマフラーなんかもらって大丈夫なんですか?」

 笹倉さんは相変わらず誤解をしていたので、「気を遣わなくていいよ」と笑って、「楽しみにしてるよ」と言ってあげた。

 そういえばもうすぐバレンタインデーだ。

「彼、もうすぐ帰ってくるんでしょ?」

 笹倉さんは薄く頬を染めてうなずく。

「バレンタインの日です。チョコレートも作りますよ。梶井さんの分も作る予定です」

「義理チョコかぁ」

「感謝チョコですよ。誤解されないような小さいのですけどね」

 笹倉さんはかわいく笑う。

 誤解。

 この世に誤解でないことなんてあるのだろうか?

 少なくともオレには正解なんてわかりやしない。




 大きく育った誤解の種が、バレンタインの日に花を咲かした。

 笹倉さんの彼氏が殴り込んできた。

「出てこい、コノヤロー!」

「ちょっと、やめて!」

 大きな音に開いた玄関に初めて見る笹倉さんの彼氏は、オレより少し背の低い金髪頭の男で、子犬のようなかわいい顔に怒気を浮かべて、オレの胸倉に掴みかかってきた。

「おめぇ、ヨリコのなんなんだよっ!」

「やめてったら、ショウくん!」

 胸倉を掴む彼氏の名前は確か霧島翔太で、笹倉さんにあれこれ相談されてどんな奴かは想像していたが、思った以上に直情径行の笹倉さんの彼氏は、強い口調で当然の疑問をぶつけてきた。

「だから梶井さんとは、そんなんじゃないったらっ!」

「じゃあ、なんでマフラーなんか編んでんだよっ! 答えろよっ!」

「だから言ってるでしょ? 普段いろいろお世話になってるお隣さんだから、そのお礼よ」

「それで手作りのマフラーなんて作るかよ!」

 バレンタインに彼女の部屋を訪れた彼氏は、そこにオレのマフラーを見たらしい。

「おんなじ色で」

 余りの毛糸だから当然だ。

「手作りチョコまで付けて」

 手作りチョコも見たらしい。

「メシまで作ってやるなんて、なんでそこまでするんだよ!」

 ご馳走になっています。すいません。

「おまえ、オレとコイツと二股掛けてんだろう!」

 彼氏は当然の邪推から、とてもひどいことを言う。

「いつも、お隣さんや猫の話をしやがって」

 誤解の鬱積。

「オレはおまえのなんなんだよ!」

 彼氏の顔は不安に揺れた。

「違うって言ってるでしょ」

 笹倉さんは泣きそうだった。

「ただのお隣さんで、一人暮らしで寂しいときに話しをしてくれて、それで嬉しくて、お兄ちゃんみたいに優しかったから、だから、だから」

 笹倉さんは妹で、オレは笹倉さんのお兄ちゃん。

「それだけで済むような男なんているわけねぇだろっ!」

 笹倉さんはかわいいかわいい赤頭巾で、オレは怖くて危ないオオカミ男。

 彼氏の誤解の根は深い。

 笹倉さんはブンブンと首を振る。

「梶井さんはそんな人じゃない! それに梶井さんにはちゃんと彼女がいるんだから、私なんか相手になんかしてないよ!」

 笹倉さんの誤解は未だに続いていて、それがさらなる誤解を招く。

 やっぱりちゃんと話しておけばよかった。

「てめぇ、ヨリコに二股掛けやがったな!」

 彼氏の右ストレートがオレの顔面を捉えた。

「てめぇ、よくもヨリコを!」

 彼氏のパンチは背が低いからか、意外と軽くてダメージは少なかったが、それでも連続でバカボコ殴る彼氏の目には涙が浮いていて、赤く腫らした顔を隠しもせずに逆上に体重の乗らないパンチを繰り返す彼氏のさまは、オレに罪悪感を呼び起こしたが、笹倉さんが「やめて、やめて」と言い続ける中にも止まらない暴力に、いい加減耐えるのがバカらしくなったオレは、足を踏み込んだ右フックで彼氏をアゴから吹き飛ばした。

「ショウくん!」

 彼氏は玄関のたたきにひっくり返って泣いていて、それを笹倉さんが助け起こすと、笹倉さんはオレをキッと睨んだ。

「殴るなんてひどいです」

 その眼は本気で、それは笹倉さんの本気で、彼氏の涙も本気で、殴られて睨まれたオレだけがなんだか取り残された感じで、それだから二人は大丈夫だとオレは思った。

「とりあえず、話し合おう」

 居間のテーブルを三人で囲み、誤解の要点をまとめた上で、今後の付き合い方について話し合った。

「まず、翔太くんはオレと笹倉さんの仲を邪推しているみたいだけれど、それは違うということ」

「けれど、オレと笹倉さんの関係に誤解を生む要素があったことは事実なので、今後ご飯を作ってもらったり、一緒に食べたりするような行為はやめることにする。またバレンタインのマフラーとチョコレートは受け取らない」

「翔太くんはバイトに忙しいみたいだけれど、それに笹倉さんは寂しがっているので、これから一緒に過ごせる時間を増やすよう努力すること。お金がないなら奨学金を狙ってみること」

「笹倉さんがワガハイに会いたいときは二人で来るようにすること。二人で来れない場合は、笹倉さんは翔太くんに必ず連絡を入れること」

「猫に会いなんか行ってもらいたくない」

「翔太くんは笹倉さんの猫好きを認めて嫉妬しないこと」

「猫よりも愛されたい」

「猫ごと愛せる男になれ」

「動物が苦手」

「好きになれ」

「どうすればいい」

「猫を飼え」

「猫が怖い」

「猫と一緒に笹倉さんと同棲してしまえ」

「いきなりの同棲で大丈夫?」

「愛があれば何でもできる。ラブ・イズ・OK。愛は勝つ」

 最後に笹倉さんはオレのために作ったマフラーとチョコレートを見せて訊いてきた。

「このマフラーとチョコレート、どうしましょう?」

「お兄さんに送るといいよ」

 笹倉さんはうなずいた。

「仲良くやれよ」

「殴ったりしてすみませんでした」

 頭を下げる翔太くんは、怒りが引けば礼儀正しく純粋な、かわいい犬顔の少年だった。

「ありがとうございました」

 笹倉さんと翔太くんは何度も何度もお辞儀して、隣の部屋に帰っていた。

 隣の部屋に穏やかな声を聴く。

「はぁー」

 疲れた。

 そういえば笹倉さんの美咲とオレの仲に関する誤解を解くのを忘れていた。

 まあ、いいか。

 庭にワガハイが歩いていた。

「おまえがこの庭を通るからだぞ」

 ワガハイは「ニャー」と鳴くと、「そんなことよりメシはどこだ?」とオレの足に擦り寄ってきた。

 オレはネコ缶を開けてやった。

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