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王位継承者の恋  作者: 穴澤 空@コミカライズ開始/ピッコマ連載完結!掲載中


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第28話 婚約破棄のその後02 側近イルダ

「サノファ殿下からの手紙?」


 イルダが訪れるという先触れを聞いたファトゥール公爵家当主ゼノルファイアは、眉をしかめそう口にした。


「はい。この後イルダ様がお持ちになるとのことです」

「それは、私宛にか」

「いえ、エリアノア様宛とのことです」


 執事がそう告げると、ゼノルファイアは吐き捨てるように口を開く。


「どの面下げて、と口汚く罵りたくもなるな」

「エリーは今ツァルセンの辺りでしょう? どちらにしろ、あなたが代行して受け取るしかないわ」

「あの子が今我が家にいたとしても、私が受け取るようクルファは言うだろう」

「ふふ。これ以上エリーに、嫌な思いなんてさせたくないじゃない」


 すぐ隣で寛いでいた妻クルファは、手にしていた本をぱたりと閉じると、テーブルに置く。


「イルダ様はお立場上、殿下のお手紙を運ばざるをえないのでしょう。丁重にお迎えしないといけないわね」


 側に侍る侍女に、お茶の支度を言い渡す。


「明日の夜は、ゼトファ侯爵とのお食事でしょう? その前に息子と会うことになるだなんて」

「まったくだ。まぁ侯爵の話はだいたい想像はつくが」

「あの方も難しいお立場ですものね。エヴァルンガ侯爵はヴァオリエ王国の王族との繋がりがおありだし、孫である王子が愚かでも、娘は側妃というお立場に変わりはないから、ある程度安泰ですけれども」


「とは言え、エリーのことは今は決められないからな」

「あの子には暫くは領地にいてもらわないと……。そういう意味でも、イルダ様の人となりを先に直接確認できるのは良い機会だわ」


 クルファはくすりと笑うと、窓の外を見た。


()()()()()はうまくやっているかしら」

「なに、それは大丈夫だろう。ただあまり自由な気持ちで、仲良くなってしまうと」

「そうね。あの方のことも伝えないといけないものね──それでも私は、エリーに今のうちに、自由な恋というものを知ってほしいと思うのよ」

「それは我が家の使用人を含めた全員が、思っていることさ」


 ゼノルファイアはクルファの髪の毛をそっと撫で、頬にキスをする。愛娘を思い笑いながら「そうね」と同意する彼女を、優しい瞳で見つめた。


「イルダ様、ご到着でございます」


 執事のセルクが声をかけると、二人は表情を外向きに作り変え、揃って来客の間へと向かった。


 太陽の光を大きく取り込んだ窓からは、夕方の日差しが赤く入り込む。かけられたカーテンが、その光を柔らかいものに変えていく。それを浴びながら、イルダは目の前に座る公爵と、その夫人の表情をじっと見つめていた。


 ゼノルファイア・レイニード・カイザラント=ファトゥール公爵は、手紙を読み進めるにつれ、その表情を険しくする。鼻の下と顎に髭があるせいか、険しい表情をすればするほど、どこか恐ろしい印象を与えた。グレーの瞳が苛立ちで揺れる。


 その隣に座る妻クルファ・ローリア・ミンドリアル=ファトゥールは、夫とは対照的に、静かに紅茶を飲んでいた。銀色の美しいストレートの髪は低い位置でシンプルにまとめられているが、それでも華やかな雰囲気は損なわない。ふと、お茶を飲む手を止めると、イルダに微笑みかけた。青い瞳が美しい。


「イルダ殿、どうぞ召し上がってください。ズールマトの今年の新茶ですわ」

「は──。それでは失礼して」


 目の前に置かれた、白磁の器に入る淡い色の新茶。侍女が淹れてさほど時間が経っていない為、まだ温かい。湯気と共に立ち上る香りは、抜けるような爽やかさがあった。ズールマトの常の茶よりも淡い色なのは、新茶だからだろう。その水色は、光を受けると銀色に輝いた。


(まるでエリアノア様の髪の色のようだ)


 目の前に座るクルファとエリアノアは同じような銀色の髪の毛。それでも、眼前のクルファではなく、イルダはエリアノアのことを思い浮かべてしまう。その理由など、本人はとうの昔からわかっていた。


「大変、美味しく存じます」

「そうでしょう。ズールマトのお茶は美味しいもの」


 軽やかに笑いながら、ねぇ、と難しい顔をしている夫に話しかける。


「それで、殿下はなんと仰っていたのです」

「エリアノアに、陛下への執り成しを」

「……は?」


 思わず声を出してしまったのは、クルファではなくイルダだった。


「も、申し訳ございません。大変失礼を」

「良いのよ。殿下の側近くにいらしたイルダ殿でも、そう思われるのね」

「その──ミレイ嬢にお会いしてから、殿下は愚かさを加速……あ、いえ、その。エリアノア様がカバーすることも難しい状態に」

「イルダ殿は、エリアノアを随分と買ってくださっている」

「ファトゥール公爵閣下、それは私だけではなく、多くの貴族が思っていることでございます」


 イルダの言う通りである。無論、ゼノルファイアも十二分に理解している上で、それを利用している部分もあった。だが、今口にしたことはそう言う意味ではない。

 そのことに気付き、イルダは明言を避ける為、こうした返事をしたのだ。


「おそれながら、他にどのようなことが書かれていたか、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 ゼノルファイアはちらりと妻を見る。クルファは扇子で口元を隠しながら、笑った。


「よろしいでしょう。ところで──イルダ殿の従兄弟にあたる方に、最近おめでたいことがおありのようですわね」


 彼女の言葉に、イルダが表情を消す。明らかに顔色が悪くなった。クルファは侍女に目配せをし、彼のお茶を交換させる。


「サノファ殿下のお手紙のあとに、ゆっくりとお話を伺いたいわ。ああ……お菓子も用意させましょうね」


 クルファがパチリと扇子を閉じた。それをきっかけに、ゼノルファイアが手紙を読み上げる。不機嫌な顔を隠しもせず──あえて出しているとも言えよう──に。

 その内容はこうだった。


『エリアノア、元気にしているか。私はあの日以来、父上の命で宮に籠もらなければならなくなった。ミレイにもあれ以来会えていない。手紙を出そうにも、彼女への手紙は禁止されてしまった。きっと心細く思っていることだろうな。


 あの場での婚約破棄は、驚いたことだろう。だが、多くの貴族が揃うところで告げれば、君にとっても、次の婚約への移行がスムーズに済むだろうし、良かったのではないかと思っている。

 そんな私の配慮が、君にはきっと伝わっていると信じているのだ。


 ところで、君は長い間王妃になる為の準備をしてきたから、もしかしたら妃になりたいと思っているかもしれないと、思い至った。そうであったなら、申し訳ない。

 そこで、エリアノア。君を側妃に、と改めて父上に頼もうと思うのだ。その為に、君も少しは協力をしてくれないか。


 父上も母上も、今は私と会ってくれない。そうなると、君を側妃にするということも頼むことができない。未来の私の側妃として、父上に私と会うように、そして側妃として正妃となるミレイをバックアップすると、執り成して欲しい。


 私の考えがわからないほど、君は愚かではないと信じている。

 返事を待つ。


 サノファ・トゥーリ・カイザラント』


 手紙を読み上げるゼノルファイアの眉間は震える。クルファは目を閉じ、深く息を吐いた。

 イルダは口をパクパクと開閉し、まるで餌を乞う鯉のようだ。


「私は幼き頃からサノファ殿下の側近として、側近くにおりましたが……。その……」


 言葉を濁すイルダにクルファは立ち上がった。


「イルダ殿のお気持ちは、良くわかります。さぁ、奥の部屋に参りましょう。お茶とお菓子を改めて用意させましたの。今度はあなたのお話をゆっくりお伺いしたいわ」


 静かに扉が開き、ゼノルファイアが扉を出る。イルダを促し、あとを追わせた。その後ろをクルファが歩き、心理的な逃げ場すら与えない。

 先導する執事が再び扉を開くと、臙脂色に塗られた壁の、こぢんまりとした部屋が広がっている。


「恋の話を伺うには、ぴったりのお部屋でしょう?」


 テーブルに置かれた瀟洒な器に入る蝋燭の炎が揺らめき、クルファの頬を明るく照らし出した。


「私は君が小さい時からよく知っているが、とても真面目な青年だと思っている」


 紅茶を一口飲みソーサーに置くと、おもむろにゼノルファイアがそう言った。イルダはその(はい)り口に、わずかに警戒をする。


「殿下とエリアノアと、共に育ってきたと言っても過言ではないだろう」

「ありがたき幸せであったと」

「それは、三人の時間が、ということかな?」

「勿論でございます。高貴なお方お二人の側近くで育つことができるなどと、なかなかできることではございません」

「侯爵家の継嗣が面白いことを言う」


 口元は笑いながらも、ゼノルファイアは目が笑っていない。真っ直ぐにイルダを見つめたまま、言い逃れは許さないと示していた。


(ああ。公はご存知であったか)


 イルダは、ゼノルファイア相手にのらりくらりと交わすことが難しいと、感じる。どう対応すべきか躊躇している間に、今度はクルファがティーカップを置く。


「ふふ。困っていらっしゃるわ。それなら、お話を変えましょうか。あなたの従兄弟のラウグス・ジョコダ殿のことを教えてくださらない?」

「ラウグスのことを──」

「最近スニア・グリニータ嬢がご婚約の準備に入られたそうですわ」

「それは……おめでたいことでございますね」

「なんでも、ラウグス殿がグリニータ伯に素敵な贈り物をされたとか」


 鼻筋までを扇子で隠し、目だけをイルダに向ける。美しい瞳には、冷たい色が浮かんでいた。


「君は仕事にもとても熱心だ。公侯爵の一部で広がっている噂を、知らないはずはないだろう」

「う、噂ですか」

「あら。知らない筈はないわ、あなた。イルダ殿が、そんな職務放棄をされる方とは思えませんもの」


 グリニータ伯爵に関する黒い噂。真偽のほどはともかく、その噂自体は公侯爵家以上の者で王城で働く者ならば、知らないはずはない。

 ここで知らないと言えば、無知蒙昧と嘲られるであろう。しかし知っていると言えば、この先待っていると思われる質疑に、大きな障りが出てしまう。イルダはそう考え、答えに窮してしまった。


「ねぇイルダ殿。あなたはエリーの事をどう思っていたの?」


 艶めいた瞳、艶めいた声色。先程までエリアノアと呼んでいたその名をエリーと変える。そうして、扇子を外しイルダに微笑む。

 あまりにも妖しく美しいそれに、惚けてしまわない者はいないだろう。


「高潔で、清廉で。聡慧で。そしてとても──愛らしいお方だと……」


 ゆらりと蝋燭の炎がゆらめく。


「お慕い──申し上げておりました」



   *



 側妃の茶会のあったあの日。イルダは従兄弟であり、王宮で官吏をしているラウグス・ジョコダと共に、遠目で馬車から降りる三人を見ていた。


「おい、殿下と一緒の女性は誰なんだ」

「ミレイ・ムールアト伯爵令嬢だそうだよ。ファトゥール公爵家に行儀見習いに来ているらしい」

「それでなんで殿下と同じ馬車に?」

「さぁな──。そう言うことなんだろうよ。ただ、今日は側妃殿下のお茶会だ」

「……帰されるな」

「ああ。必ず帰される」


 美しい所作を見せながら歩くエリアノアに見惚れながら、イルダはそう返す。イルダとラウグスは従兄弟であり、幼馴染だった。その為互いに、気安く様々な話をする。

 ──恋の話も。


 幼い頃から城にあがり、サノファとエリアノアと共に過ごしてきた日々は、イルダにとってかけがえのないものだった。彼にとっての初恋はエリアノアであり、そして好きになった時点で、けして手の届かない相手でもあったのだ。

 最初はエリアノアを大切にするサノファを見て、それも仕方がないと思っていた。相手は王子である。エリアノアの血筋、家柄も含めて、王家に嫁ぐことは半ば義務でもあり、そして幸いでもあると納得せざるをえなかったのだ。

 しかし、だんだんと彼女を形式ばかりのつつがなさだけでやり過ごす(さま)に、言いようのない憤りと悲しみを募らせていた。


「なぁ、それでさ。スニア・グリニータ嬢にどうにか近付きたいから、この手紙を殿下に渡してくれないか」

「手紙?」

「グリニータ伯爵が、殿下と一度で良いからお会いしたいと言っててさ。手紙を渡したら、スニア嬢とのことを考えても良いって」

「お前、それ完全に利用されてないか」

「使えるコネは使ってこそだろ。家柄的には全く問題ないんだし、これでうまくいくと思うんだよ」


 頼む、と小さな箱に入った手紙を渡してきた。

 イルダの家であるゼトファ侯爵家とラウグスの家のジョコダ伯爵家は本家、分家筋であった。さらにイルダの母親がジョコダ伯爵家の出身の為、付き合いは深い。

 ゼトファ侯爵家は第一王子派として有名であり、かつ継嗣のイルダが第一王子の側近である。使えるコネ、とはまさにこのことであろう。


(グリニータ伯爵って、今黒い噂がたっている筈。殿下に近付けるわけには……)


「今日、ちょうどグリニータ伯爵邸で茶会があるんだよ。きっとあのお嬢様は帰されるだろうし、先ほどの殿下の様子なら一緒に出てくるだろ? その時手紙と共に、茶会に誘ってくれよ」

「流石にそれは……」

「あのお嬢さんに夢中になってる殿下だろ? お前はその間にエリアノア様をお慰めすれば良いじゃないか」

「下世話なことを言うな」

「ははっ。今すぐじゃなくてもさ。そのうちそういう機会は、巡ってくるかもしれないぜ」


 その言葉に動かされたわけではなかった。

 けれど、それはイルダの心の中にずっと燻っていた気持ちに囁きかける。


「──渡すだけだ。どうなさるかは、殿下のお心に任せるということで良いな?」

「ああ。それで十分さ。きっと殿下はおいでになる」


 ラウグス・ジョコダという男は、軽薄だが軽率な男ではない。だが、こと女性が関わると、なりふりを構わないところと、根拠のない自信を持つところがある。今回もその一つなのだろう、とイルダは受け取っていた。

 無論、ラウグスにとってのこの行為は、縁を結びたい娘へのアプローチの一つでしかない。


(この行為に意味をつけてしまうのは、私の方だ)


 グリニータ伯爵からの手紙を第一王子に渡すということは、黒い噂の渦中に王子を引きずり込むということと同義になる。しかしイルダの胸中には、考えてはいけないことが、山に降る初雪のようにうっすらとかかっていく。


(殿下が、廃嫡となれば……)


 万に一つの可能性ではあるが、エリアノアに手が届くかもしれない。

 イルダは手紙の入る箱を手にし、側妃の茶会の開かれている部屋を見上げた。


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