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第2話 恋のなごり

 ドゥールモア大陸には、大小多くの国が存在する。その中で、大陸第二の大きさを誇るのが、カイザラント王国の北に位置するサンドレイア帝国だ。カルニノ公国・スクランド公国・シュワルブ公国を擁し、地の女神モンサルールティを祀る。正妃ラチュアノの故国でもあった。


「きれいなおしろね、ミーシャ」

「ええ、カイザラントのお城とはまた趣が違っていますね」

「おもむ……?」

「雰囲気が違う、ということですわ」


「おもむき! わたし、あたらしいことばを、おぼえたの」

「お嬢様は本当にすごいです」

「うふふ。すごい? わたし、もっとがんばるわ」


 まだ三歳になったばかりのエリアノアは、両親に連れられてサンドレイア帝国へ訪れていた。彼女の父は、カイザラント現王の弟。王妃が娘である王女を連れて外遊する供として、登城することとなったのだ。

 王女グラフスとの年齢差は四歳。七歳の王女と三歳のエリアノアでは、どちらが御守役かわからなくなりそうだが、王妃の強い願いで登城することとなる。


「おとうさまたちがいないあいだは、たんけんごっこをしてましょ」

「お城の敷地内であれば、散策して良いそうです。旦那様方は午後まで会議だそうですし、姫様も御用事とのこと。森の中を探検しましょう」

「すてきなもり! おはながたくさんさいているかもしれないわね」


 サンドレイア帝国の首都にある城は、大きく美しかった。高い壁が巡らされた城内には、散歩してもし足りないほどの森が広がる。

 小さな足で必死に歩くエリアノアの手をひくのは十五になったばかりの侍女ミーシャ。美しい花々が咲き、緑の香りも強い。好奇心旺盛なエリアノアの低い目線に入る、小さな花を一つずつ摘み取り、いつしかミーシャの腕にあるカゴは花でいっぱいになった。


「お嬢様、あちらにテーブルがございます」

「わぁ。おちゃかいにぴったりね」


 白いテーブルと椅子は綺麗に手入れをされている。おそらく庭師が面倒を見ているのだろう。

たどたどしく走り寄ると、エリアノアはそのテーブルの周りをぐるりと巡る。そうして嬉しそうに、ミーシャを呼んだ。


「ミーシャはやくはやく。ここにそのおはなをかざってちょうだい」


 側仕えとして供をしてきたこの城のメイドが、手元から水の入ったグラスを差し出す。そこへ花を挿し、テーブルに置いた。

 白いテーブルが一気に華やかになる。

 椅子もテーブルも背が低い。通常の半分ほどの高さだろう。その横には通常の高さのものが並んでいた。この城にも小さな王子や姫がいるのだろうか。幼い子どもに誂えたようなサイズだ。

 メイドが用意してきたサンドイッチとケーキを並べ、器に布を巻いて保温してきたお茶をティーカップに注いぐ。

 ちょこんと椅子に座るエリアノアは、森を抜ける風に目を細めた。美しい銀色の髪の毛がふわりと揺れる。


「あれ?」


 瞳の端に金色の何かをとらえた。

 ミーシャはすぐにエリアノアの前に立つ。だが、城のメイドは動かない。その様子に、二人も緊張を解いた。おそらくは城の人間なのだろう。


「だあれ? でてきてちょうだい」


 責めるでもない、やわらかな響きで声をかければ、美しい金色の髪をした少年が現れた。ライトグレーの瞳に光をたたえ、エリアノアへと近付く。


「僕はアル。かわいいお姫様、どうぞお見知りおきを」

「わたしはエリアノア。ファトゥールこうしゃくのむすめです」


 アルと名乗った少年は丁寧な礼を彼女にする。それを受け、エリアノアも立ち上がり、覚えたてのカーテシーを披露した。まるでままごとの世界の舞踏会のようなワンシーンに、ミーシャも近侍のメイドも微笑む。


「いまからおちゃかいなの。アルもいっしょにどうぞ。ミーシャ、おちゃをいれてさしあげて」

「はい、お嬢様」


 メイドがアルの為に椅子を引き、ミーシャはその間にお茶とお茶菓子などをセットする。流れるように支度を済ませると、すぐに穏やかな時間は再開した。


「レディ・エリアノア」

「エリー」

「え?」

「エリーよ。いっしょにおちゃかいをしたのだから、おともだちでしょう?」


 動く度に揺れる髪の毛と共に小首を傾げると、エリアノアはあどけなく笑う。その笑顔に引き寄せられるように、アルもまた同じように笑った。


「うん。それじゃぁエリー。君はどうしてここに?」

「すてきなもりがあったから、たんけんをしたの」

「僕もこの森が大好きなんだ」

「じゃぁおそろいなのね、わたしたち」

「お揃いだ。素敵だね」

「ええ、とってもすてき」

「向こうに、もっと素敵な花畑があるんだ。一緒に行かない?」

「いってもいいの?」


 もちろん、とアルは大きく首をふる。そうして、エリアノアの横に立ち手を引いた。それは幼い少年とは思えないほどに、洗練された紳士の仕草だ。

 公爵令嬢とは言えまだ三歳のエリアノアは、そうした仕草を家族以外の男性からされたことはない。頬を赤らめ、おそるおそる彼の差し出す掌に、その手をそっとのせた。


「エリー、こちらに」


 そこまでは本当に紳士淑女の真似事のようだったが、やはりまだ幼い子ども同士だ。アルもすぐにその手を握りしめ、走り出す。二人は転げるように走り、その後ろをミーシャとメイドが必死で追いかける。

 時間にすれば、ほんの数分だろう。

 森のさらに奥へと行くと、突然淡い紫色の花畑が広がった。


「わぁ! とってもきれい」


 思わず感嘆するエリアノアを、アルはすぐ近くの白い椅子へと誘う。ハンカチを敷き、その上に座るようにさせると、彼女の目の前で膝をついた。


「アル?」


 鳥のさえずりがチチチと響く。

 青い空には雲一つ浮かんでいなかった。


「大きくなったら僕のお嫁さんになってね」


 太陽の光がアルの金色の髪の毛を輝かせる。エリアノアを見つめるグレーの瞳は、明るく美しい。その中に、頬を赤らめる少女が映った。


「うん!」


 絵本で見たプリンセスたちのように、エリアノアは手を差し出す。アルは、絵本の中と同じようにその手をとり、彼女の甲にそっと唇を触れさせる。

 静かな森の中で交わされる、小さな約束。

 まるでその場で、婚約が成立したような、そんな瞬間だった。


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