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第14話 プロポーズ

「卿、お疲れですか?」


 少しだけ足元が音楽に遅れた。

 そんなわずかな変化を見逃さずに、仮面の紳士はエリアノアに声をかける。


(あー、もったいない! せっかくの楽しい時間なのに、ぼんやりしてしまうなんて)


 いつもならば、他人に落ち度を見せてしまうことを悔いるのだが、エリアノアの後悔は今、別のところにあった。

 そんなことに気が付き、心の中で小さく笑ってしまう。


「あちらにグラフス王女殿下とズールマト子爵がおいでです。少しお休みになられると良いかと」

「よろしければ、あなたもご一緒にいかがですか?」

「いえ、私はこの姿ですし」

「けれど、正妃陛下のご招待状でしょう」


 エリアノアの言葉に、彼は目を細める。


「ご存知でしたか」

「前回少々」


 多少濁しながらも、素性の確認はしていることを告げる。それはお互いの立ち位置の確認でもあった。

 敵意がない。それを判っている。

 そのことを認識しているだけで、夜会では随分と物事がスムーズに進むのだ。


「ホルトア」


 エリアノアが声をかける。ズールマト子爵と呼ばれた、短い銀髪の青い瞳の青年。それは弟のホルトアだった。エリアノアと同様に、ファトゥール公爵家の領地の一つ、ズールマトの管理を任されている。


「グラフス殿下、お久しゅうございます」

「こちらこそ。エリー、息災でしたか?」

「ええ。女神カイアルファトゥール様の思し召しの元に」


 互いに礼を取ると、エリアノアは仮面の紳士を紹介する。


「かような姿で失礼致しますが、お見知りおきを」


(以前にも思ったけど、本当に美しい礼をとられる方よね。所作の一つ一つが、洗練されてる)


 ダンスの流麗さからある程度は想像が付くが、柔らかな物腰に、水が流れるような手の動きに、目を奪われる。


(かなり高貴な立場の方なのでしょうね。立ち居振る舞い全てが、羽根のように軽やかだし、それに単純に素敵で……)


 グラフス、次いでホルトアが彼に礼をし、四人でワインを片手に広間で踊る人々を目の端に映す。何も見ていないような顔で、他愛もない会話を続ける。


「そう言えばお父様方は」

「両陛下と一緒に奥の部屋で、ご歓談中さ」

「楽しそうでしたわ。私たちがいては邪魔かもしれないと、出てきたのよ」

「まぁそうだったのですね」


 現在の王とエリアノアたちの父は兄弟であり、それぞれの妻は二人共近隣の王家の姫が輿入れしてきている。長いこと、ごく親しい友として、四人は互いを信頼しあっていた。


「……エリアノア」

「ええ」


 広間の中央では、緩やかな曲にあわせてサノファとミレイが踊っている。


(ずいぶんと優しい瞳で、ミレイを見つめるのね)


 サノファの瞳は、まるでもう何年も前から彼女を慈しんでいたかのように見えるほどのものだ。


(あんな瞳、私はされたことがないわ。そしてきっと、この先もされることがないのでしょうね。──今となってはもう、されたくもないけど)


 熱病に浮かされているだけなのか、本当に彼女を愛しているのか。それはわからない。障壁のある恋愛は、何もかもを忘れさせ、熱さだけを奮わせていくのだから。

 それでも、確かに今サノファの中にはミレイに対する気持ちがある。

 彼のミレイへの瞳が、その全てを物語っていた。


「よくもまぁ、この広間であんな顔をさらけ出せたものですわ」

「グラフス殿下、本音が漏れ過ぎです」


 美しい銀の髪の毛を結い上げたグラフスは、青い瞳を冷たく彩り、呆れる。隣にいるホルトアも、笑いながらも否定はしない。

 正妃の娘であるグラフス第一王女は、公爵家とは家族ぐるみの付き合いだ。ホルトアにとって、幼い頃からの付き合いの気安さがある。グラフスとしても、エリアノアやホルトアとは幼馴染として、ごく親しい間柄の人間だった。


「あれでも、腹違いの弟ですもの。彼がもしも王となったら、私はエリーと共にあれを諌めなければならないのよ。頭が痛くなるとは、このことだわ」


 王家の姫は一人、国の中央神殿へ巫女としてあがる。それは歴代の決まりであった。だがそれは、宗教的な祭祀という役割だけではなく、公平な立場から王となった者の政治を監視するという、役割を担うものでもある。

 巫女として神殿に入っていても、王位継承者が愚鈍であれば王となることもあった。また、処女性が求められるものでもない為、結婚することも可能だ。

 サノファが王となった場合に、エリアノアと共に彼を諌めるとは、そうした理由による。


「このまま、殿下が私との婚約を続けるのであれば、ミレイはどこぞへの婚姻を進めねばなりませんね。相手探しに手間取りそうですけれども」

「これだけ派手にやられたら、側妃にあげるのも難しいものね。後ろ盾に手を挙げる貴族なんて、出てこないでしょうし」

「ということは、ファトゥール公爵家に恩を売るチャンスとばかりに、婚姻に手を挙げる家が出てくる可能性も、ございましょう」


 仮面の紳士のその言葉に、三人は顔を見合わせ頷く。


「あ、これは出過ぎた真似を失礼いたしました」

「いいえ。いいえ、良いのですわ」


 グラフスが優しくその手を取った。


(グラフス殿下が、あんなに優しくご対応されるだなんて。ご招待状は正妃陛下からのものだし、もしかしてお二人は……)


 エリアノアの心臓が静かに痛む。

 それを悟られまい、と顔を広間中央に移したその時。


「ミレイ」


 サノファの声が広間に響いた。

 その手にミレイを抱くサノファが、手を上げ、音楽を止めさせる。

 広間で踊る者たちの足が止まった。

 ざわめきがやがて消え、静かになる。


「ミレイ」


 再び、サノファが優しく彼女の名を呼ぶ。

 広間の中央にいる二人を、夜会の人間が遠巻きに見つめる。


(一体、殿下は何を始めるつもりなの?)


 エリアノアの視線も、広間の中央へと向かう。

 広間がよく見える場所にいる四人は、一様にサノファが突然始めようとしていることが何であるかを、見極めようとしていた。


「また随分と芝居がかったことを始めたな」

「熱病に浮かされている人間は、何でもしてしまうのでしょうね」

「今日のグラフス殿下は、言いたいことを、言い過ぎではありません?」

「でも、皆思っていることでしょう」

「それは否めませんね。いえ、こんな部外者が言うのも失礼ですが」


 そんな軽口を交わす余裕が最初はあったのだが、やがてすぐに目を瞠ることとなる。誰もが思いもかけなかったことを、サノファは口にしたのだから。

 広間の中央。サノファが伸ばした手の先には、ミレイが立つ。

 プリンセスラインの黄色のドレスに、夜会巻きにした赤毛が目を引く。

 世界の中でお互いしかいないような表情で、見つめ合っていた。


「ミレイ、私の妃になってくれ」


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