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第13話 婚約が決まった

「エリアノア。サノファ殿下との婚約が正式に決まりました」


 幼いエリアノアに母が告げた言葉。

 それは、彼女の人生を大きく決めるものであった。


「エリー。あなたは殿下と結婚することになるの。お妃様のお勉強もしないといけないし、大変になるわ。大丈夫かしら?」


 やわらかく揺れる銀色の髪の毛を撫で、クルファがじっと瞳を見つめる。

 すでに公爵令嬢としての教育を受けていたエリアノアは、母の言葉を脳内で反芻する。

 

(決まったのね。私はゆくゆくは結婚して殿下のお嫁さんになる。それが、きっとこの国にとって一番良いこと)


 そうして、どうにか自分なりに飲み込む。

 

「殿下はこの間お会いした時に、とてもお優しかったの。きっと好きになることができると思うわ。それに、私が今までのお勉強に加えて、お妃様の勉強をすれば、皆が喜ぶのでしょう?」


 だからこそ、第一王子と顔合わせをした時に、自分を選ぶよう勧めたのだ。

 第一王子が王になるには、エリアノアが必要。それを両親は、はっきりと幼い彼女に伝えている。


 いたずらに隠したり曖昧にしたりするよりも、きちんと理解をさせることの方が、子どもには有用である。それが公爵家の考え方だった。そして、それを正しく理解することが、エリアノアもホルトアもできた。


「サンドレイアのお城でお会いした、あの方と同じ色の瞳だったのよ。だからきっと、私はサノファ殿下を好きに……なれるわ……」

「エリー」


 クルファはエリアノアを抱きしめる。良い子ね、良い子ね、と小さくつぶやきながら、ふわふわの髪の毛を撫でた。


 三歳の時にサンドレイア帝国の城内で出会った少年。彼と同じ金色の髪にライトグレーの瞳。

 たった一度きりしか会ったことのない少年に、エリアノアは心を奪われていた。まるでままごとのようなプロポーズに、うれしいと応えた己を記憶している。

 初めてエリアノアが自分の役目を聞かされたときには、その瞳に大きな涙を浮かべた。

 好きな人と結婚することができない。

 結婚が夢物語である年齢の少女に、突きつけられた現実。それに対し、彼女は二の句を告げる事はできなかった。

 エリアノアの瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れていく。


「アルのお嫁さんになるって、約束したんだもの」


 あの日、あの美しい庭で交わした約束を口にする。

 何度も何度も、あの時の記憶を反芻する。

 絵本で見たプリンセスは、好きな人と幸せに暮らしているではないか。


 それでも、エリアノアの母親が自分と同じように政略結婚で嫁いで来たことを知り、そして父と仲睦まじい姿を目の当たりにすると、気持ちも落ち着いてきた。


(公爵家の娘として生まれたんだから、仕方ない。それが私の『役割』なんだから)

 

「サノファ様は、私をきれいだとおっしゃったの」

「ええ」

「サノファ様は、私を好ましいとおっしゃったの」

「ええ、ええ」

「だからきっと、サノファ様と恋をすることが、できると思うの」


 わずか五歳の少女が、この先できたかもしれない恋と決別する。


「ただ──ただお母様。アルとの思い出は心に持っていてもいい?」


 決意をした瞳には、涙などない。

 けれど、確かに少しだけ縋るような、不安な気持ちが浮かぶ。


「もちろんよ、エリー。あなたの心は、あなただけのもの。誰に縛られるものでもないの」


 クルファはエリアノアの頬を撫で、優しくそう告げた。

 その日から、エリアノアの勉強に王妃教育が加わることとなる。

 もともとファトゥール公爵家には王位継承権がある為、帝王学は学んでいた。それに加え、王妃として必要な視点や教養を学ぶこととなったのだ。

 それでも、貴族の一員としての役目を果たすべく、小さなエリアノアは日々学ぶことを楽しみながら過ごしていった。

 彼女の心には、遠い日のあの幼い幼い恋心がくすぶり続ける。けれど同時に、サノファの優しさに触れることにより、少しずつ彼への情が生まれてきていた。


(なるほど。為政者というのは、こういう視点が必要なんだ。これがないと、民が暴動を起こす……。そうならない為に……この時代は洗脳をしていたの? そんなことをしないようにするには……)


 何かを学べば、自分なりの考えを持とうとする。そうやって、彼のサポートができるように、とより一層勉学に励んだことが、悲劇を生んだのかもしれない。

 王の器としては狭小なサノファが、常に己と比較され優秀と褒めそやされるエリアノアを疎むようになった。だが、表立ってそんなことは出さず、それ相応にお互いを形式的に慈しむ。

 けれど、そんな気持ちなど、すぐにエリアノアには伝わってしまう。

 必要な時にだけ形式的に届く手紙。

 公式の行事以外、誘われることのない外出。

 やがて、サノファの心がエリアノアに向かないと、はっきり彼女が気付いた時。


(燃えるような恋などでなくて良い。穏やかで、相手を慈しむことができれば。せめてそれだけができれば。私はそれだけで良い。私は……私の恋心は。あの日の、あの方にだけ置いてきたんだから)


 結婚の約束をした絵本の中の物語を心の中に潜ませて、現実世界を見つめていく決意を、新たにしたのだった。


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