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第10話 小さな火の粉

「ミレイがお茶会に?」


 側妃の茶会を終えて帰宅すると、執事のセルクが大切な話がある、と伝えてきた。

 何かと思って聞いてみれば、ミレイがあの後別の貴族の茶会に、サノファと共に飛び入りで参加してきたということだった。


「飛び入りで……? 呆れた。それも、殿下もご一緒だなんて」


 一体どこの貴族の茶会に入ってきたのだろうか。有力な貴族の母娘は、今日は側妃の茶会に呼ばれていた。ということは、伯爵以下の貴族であろう。

 そもそも茶会は、事前に主催者が招待状を出した者だけが参加できる。あるいは、その招待状をもらった本人が、事前に主催者に同伴者を相談する。つまり、事前に参加者が確定しているものなのだ。

 それを突然、茶会をしているからと訪問する非礼に、少なくとも王子が気付かない筈がない。第一王子が訪ねてきたならば、それがどれだけ突然であっても、茶会に加えないわけにはいかないのだ。だからこそ、立場のある者ほどルールを守ることを大切にする。

 この度の二人は、本当にただの飛び入り参加なのか、それとも何らかの意思が働いているのか。


「茶会はザークエンドル・グリニータ伯爵夫人のもののようです」


 セルクの側ですでに調べがついているところは、さすがである。予想通り伯爵家ではあったが、相手が悪かった。


「グリニータ伯爵と言えば、この間黒い噂が出ていた方じゃない。今もお父様が調査にあたっているわよね。いくら殿下だってご存知ないはずは──」


 そこまで口にすると、セルクが申し訳なさそうな顔で小さく首を振る。それを見て、今度はエリアノアが苦笑いを浮かべた。


「……そうよね。ご存知だったら、そこへは行かない。いえ、もしご存知で行ったとなれば」


 グリニータ伯爵に関わる黒い噂。それは、大陸一大きな国である、ヴァオリエ王国から武器を大量購入しているというものだった。

 現在このドゥールモア大陸で、戦争は起きていない。絶妙な均衡を保ち、平和を維持しているのだ。そこへきて、多くの武器を大量購入しているとすれば、何かの意図が生まれてしまう。

 それが、一介の伯爵家が購入していただけとしても、国家としてその意思があるとみなされてしまうのだ。

 先ほど浮かんだ、何らかの意思が働いているのではないかということが、懸念としてあがってくる。


「それに、サルール妃殿下のご親戚には、ヴァオリエ王国の王族がいるわ。その息子が、武器を輸入しているかもしれない伯爵の家で催されている茶会に参加したとなれば」

「サルール妃殿下、サノファ殿下共に国家反逆の意思ありと、捉えられてもおかしくありませんな」


 沈痛な面持ちで口を開くセルクに、エリアノアも頷く。

 そうなってしまったら、サノファの婚約者であるエリアノアや公爵家についても、無事でいられるとは限らないのだ。


「お父様は今日は」

「執務室に。このお話はすでにご存知でございます」

「今すぐお会いしたいと」

「かしこまりました」


 セルクがその場を辞した直後に、ホルトアが帰宅した。表情が硬いのでもしやと思い声をかけてみれば、どうやらサノファとミレイがグリニータ伯爵の家から出てくるのを、見てしまったらしい。


「お嬢様。執務室に旦那様と奥方様がお揃いです」

「ありがとう。──ホルトア」

「ああ」


 屋敷の中央階段を上がったその先に、父ゼノルファイアの執務室があった。正面玄関のすぐ上に位置するその部屋からは、誰がやってきたのかが一目でわかるように、窓が設えられている。

 エリアノアとホルトアが部屋に入ると、両親はソファで二人を待っていた。


「お父様、ホルトアが二人を目撃したと」

「これはいよいよ問題になってきたな。……この書類を」


 ゼノルファイアが二人に手渡した書類は、グリニータ伯爵家の調書だった。噂はやはり本当であったようで、大きな金の流れが起きている。


「父上、サノファ殿下は──お印がついた馬車でグリニータ伯爵邸に」


 ホルトアのその言葉に、全員が絶句した。


「もう少し利口になれないのか、あの王子は」

「フォローもできないくらいに愚かですわ」


 両親の言葉にエリアノアも頷くしかない。


「ミレイは暫く家から出さないようにします」


 側妃の茶会の時にはそう決めていたのだが、まさか当日にこんなことをしでかすとは、思ってもいなかった。


「そうしてくれ。私は陛下と、グリニータ伯爵をどう締め上げていくか、決めねばならない。それまで、ミレイを誰とも接触させないように」

「殿下はどうしましょうか。僕の方でどうにかできれば良いけど」

「ホルトアは私の助手としてついてくれ。殿下については、暫くはミレイとの接触だけを絶たせたい」

「私は明日にでも、ラチュアノ正妃にお会いしてきます。エリアノアの婚約についても検討しなければなりませんもの」

「ああそうだな。そろそろその時分かもしれない」

「では私はミレイに、どうしてグリニータ伯爵家の茶会だったのかを確認するわ」


 それぞれがどう動くかを決めたところで、エリアノアが口を開いた。瞳には、疲労が浮かんでいる。


「ムールアト伯爵は、グリニータ伯爵と繋がってはいないのでしょうか」


 ミレイの実家だ。もしも繋がりがあれば、行儀見習いを受け入れた先として問題となる。勿論、その頃からグリニータ伯爵に関しては噂があった為、調べてはいるだろう。しかし、あまりにもタイミングが良すぎて、不安になってしまうのだ。


「その点は大丈夫だ。念の為調べ直したが、繋がりは一切ない。ただ、今回殿下と共に娘が茶会に行ったことで、繋がろうとするかもしれんな」

「ムールアト伯爵家の財政状況は、あまりよろしくないの。だからこそ、我が家へ行儀見習いとしてあげて、相応の家へ嫁がせたかったのでしょうね」


 両親の言葉はどちらも納得がいくものだった。今後、ミレイが実家と何か連絡を取ることがないよう、手紙なども気を付けねばなるまい。


「それにしてもあの娘のどこが、エリーよりも良かったのかね、殿下は」


 思わず漏れたホルトアの言葉に、母クルファは笑いながらすぐに答えた。


「そうね。愚かなところでしょうよ」


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