3章9話 夜の神々会議
その夜、ケペトが眠りについた頃、神々たちが静かに集まっていた。場所はイシス神殿の奥にある、美しい月光の差し込む会議室だった。
「今日の街の様子、皆さんも感じていらしたでしょう?」
イシスが他の神々たちに語りかけた。集まっているのは、ラー、ハトホル、そして新たにネフティスとセトも参加していた。
「ええ、とても興味深い現象だったわ」
ラーが頷いた。
「ケペトの成長ぶりが素晴らしいのはもちろんだけど、イシス、あなたも大きく成長したようね」
「そうそう♪」
ハトホルが楽しそうに言った。
「愛情にもバランスが必要だって気づくなんて、とても大切な学びよ♪」
ネフティスの冷静な分析
「興味深いデータですね」
知的で落ち着いた声で、ネフティスが口を開いた。黒髪のショートボブ、銀と黒のスタイリッシュな衣装に身を包んだ美しい女神だった。
「ケペトの調和能力は、単に力を合わせるだけでなく、適切なバランスを取る能力も含んでいるようです」
「さすが知恵の女神ね」
ラーが感心して言った。
「でも、ネフティス、あなたももう少し心を開いてみてはどう?」
「べ、別に心を閉じているわけでは…」
ネフティスが少し慌てたような表情を見せた。
「ただ、客観的に分析しているだけです」
「ネフティス〜、素直じゃないなあ」
大きな体の男性、セトが苦笑いしながら言った。
「実は昨日から、ケペトに会いたくて仕方がないくせに」
「そ、そんなことありません!」
ネフティスの頬がほんのり赤くなった。
セトの優しい本音
「俺も会ってみたいんだよな、その子に」
セトが正直に言った。
「でも、俺が行くと怖がられそうで…」
「あら、セト」
イシスが優しく微笑んだ。
「あなたの本当の優しさを知れば、ケペトちゃんもきっと理解してくれるわ」
「そうかな…でも俺、破壊神だし」
「見た目は確かに迫力があるけどね」
ハトホルがくすくす笑った。
「でも、動物好きで優しいセトを知ってる私たちからすれば、全然怖くないわよ♪」
「そうよ」
ラーも同意した。
「ケペトは心の美しい子。きっとあなたの本質を見抜いてくれるはず」
明日の計画
「それじゃあ、明日はネフティスとセトがケペトに会う日にしましょう」
イシスが提案した。
「でも、いきなり二人で現れたら驚かせてしまうかも」
「そうね…」
ネフティスが考え込んだ。
「段階的にアプローチした方が良いかもしれません」
「じゃあ、まずネフティスが会って、その後でセトが登場するのはどう?」
ハトホルの提案に、みんな頷いた。
「それがいいわね。ネフティス、準備はいい?」
「は、はい…緊張しますが」
ネフティスが珍しく弱気な表情を見せた。
「大丈夫よ♪」
イシスが励ました。
「あなたの知恵と、隠れた優しさを見せてあげて」
翌朝のケペトの日常
翌朝、ケペトはいつものように朝の祈りと神殿の清掃から一日を始めた。昨日の出来事を思い返しながら、心は軽やかだった。
「おはよう、ケペト。今日もええ天気やな」
アケトが朝食の準備をしながら声をかけてきた。
「おはようございます♪ 今日も素敵な一日になりそうです」
「昨日は街で評判やったで。ケペトのスープ、みんなが『心が温かくなった』って喜んでた」
「本当ですか?良かった〜♪」
「それに、あの王宮騎士の青年もええ人やったな」
アケトがにやりと笑った。
「アケムさんは、とても優しい方です」
ケペトの頬がほんのり赤くなる。
「ほ〜、顔に出てるで〜」
「アケトさんのいじわる〜」
二人の楽しいやり取りに、神殿は今日も温かい雰囲気に包まれていた。
ネフティスとの出会い
午前中の仕事を終えて、ケペトが神殿の図書室で本を読んでいると、静かな足音が聞こえてきた。
「あの…失礼します」
振り返ると、とても知的で美しい女性が立っていた。黒髪のショートボブ、銀と黒のスタイリッシュな衣装、そして少し緊張したような表情。
「あ、はじめまして」
ケペトは本を閉じて立ち上がった。
「私はケペトです。あの…」
「私はネフティス」
女性が少し改まって自己紹介した。
「知恵と守護を司る女神です」
「ネフティス様!」
ケペトは驚いて、慌てて深々とお辞儀をした。
「お、お会いできて光栄です!」
「そ、そんなに緊張しなくても…」
ネフティスも少し慌てているようだった。
図書室での学びの時間
「あの…もしよろしければ、一緒にお勉強などいかがでしょうか?」
ネフティスが提案した。
「はい!ぜひお願いします♪」
ケペトの目が輝いた。
「ネフティス様の知恵、とても興味があります」
二人は図書室のテーブルに座った。ネフティスが魔法で本を呼び寄せると、様々な知識の書物が宙に浮かんで並んだ。
「すごい…」
「これらの本には、調和の力について書かれた古い知識が含まれています」
ネフティスが説明してくれた。
「あなたの力をより理解するのに役立つかもしれません」
「ありがとうございます♪」
ケペトは熱心に本を読み始めた。すると、左手首の痣がほんのりと温かくなった。
「あら…」
ネフティスが気づいた。
「あなたの痣、反応していますね」
知恵と愛情の融合
「実は、これらの知識を読むだけでは不十分なんです」
ネフティスが真剣な表情で言った。
「知恵は、実際に使われてこそ意味を持ちます」
「どういうことでしょうか?」
「例えば…」
ネフティスが少し考えてから、魔法でお茶の道具を呼び寄せた。
「お茶を淹れる時、知識だけでは美味しいお茶は作れません。相手のことを思いやる心が必要です」
「なるほど…」
「でも、愛情だけでも不十分。適切な温度、時間、分量の知識も必要なんです」
ネフティスの説明を聞きながら、ケペトは昨日の出来事を思い出した。
「昨日のスープも、そうでした」
「聞いています。愛情をたっぷり込めたけれど、バランスを考える知恵も必要だったと」
「はい。ネフティス様の言う通りです」
お茶の時間と甘いもの
「それでは、実際にお茶を淹れてみましょう」
ネフティスが提案した。
「私が知識を提供するので、あなたが愛情を込めてください」
二人で協力してお茶を淹れていると、とても良い香りがしてきた。
「できました♪」
出来上がったお茶は、見た目も美しく、香りも上品だった。
「一口いかがですか?」
ケペトが勧めると、ネフティスは慎重に口をつけた。
「…美味しい」
ネフティスの表情がパッと明るくなった。
「とても上品で、でも温かみがあって…」
「良かった♪」
「あの…実は、甘いものはお嫌いですか?」
ケペトが恐る恐る尋ねた。
「え?いえ、別に嫌いでは…」
ネフティスの頬がほんのり赤くなった。
「どうして?」
「お茶菓子をお持ちしようかと思って♪」
ネフティスの可愛い一面
「お茶菓子…ですか?」
ネフティスの目が、ほんの少しキラキラと輝いた。
「はい♪ 昨日イシス様に教えていただいたレシピがあるんです」
ケペトが魔法で、可愛らしいお菓子を作り始めた。小さなカップケーキに、色とりどりのクリームでデコレーションする。
「可愛い…」
ネフティスが思わず呟いた。
「ネフティス様も、可愛いものお好きですか?」
「べ、別に好きというわけでは…でも、悪くは…」
ネフティスがもじもじしている姿が、とても可愛らしい。
「どうぞ♪」
出来上がったお菓子を差し出すと、ネフティスは慎重に一口食べた。
「…美味しい」
そして、ほんの少し笑顔を見せた。
「実は…甘いものは…好きです」
「やっぱり♪」
ケペトが嬉しそうに言うと、ネフティスは完全に照れてしまった。
セトの登場準備
楽しいお茶の時間を過ごしていると、窓の外から大きな影が差した。
「あの…ネフティス」
低い男性の声が聞こえてきた。
「セト?」
ネフティスが窓の方を見た。
「どうしたの?」
「あ、えっと…その…」
声の主は、とても困っているようだった。
「迷子になった子猫を保護したんだが、どうしたらいいかわからなくて…」
「まあ、仕方のない人ね」
ネフティスが苦笑いした。
「ケペトちゃん、セトを紹介してもいいかしら?」
「セト様ですか?」
ケペトは少し緊張した。破壊神と聞いて、どんな恐ろしい方だろうと想像していた。
セトとの意外な出会い
「セト、入っていらっしゃい」
ネフティスに呼ばれて、大きな影が図書室に入ってきた。
現れたのは、確かに大柄で迫力のある男性だったが、その腕には小さな子猫が抱かれていた。
「あの…」
セトは申し訳なさそうな表情で立っていた。
「この子猫、神殿の近くで鳴いていたんだ。お腹を空かせているみたいで…」
「あら、可愛い♪」
ケペトは子猫に目を奪われた。
「お腹空いてるのね。ミルクを温めてあげましょう♪」
ケペトが自然に子猫の世話を始めると、セトの表情がほっと安らいだ。
「ありがとう。俺、こういうの苦手で…」
「そんなことないですよ」
ケペトが微笑んだ。
「とても優しく抱っこしてらっしゃいます。子猫も安心してますよ♪」
セトの本当の優しさ
子猫にミルクをあげながら、ケペトはセトとの会話を楽しんだ。
「セト様って、破壊神とお聞きしましたが、とても優しい方なんですね♪」
「え?優しいって…俺が?」
セトが驚いた。
「はい♪ 動物を大切にされるし、困っている子を見捨てられない」
「でも俺、破壊神だから…みんな怖がるんだ」
セトが寂しそうに言った。
「古いものを壊して新しいものを作るのが俺の役目なんだが、破壊の部分だけ見て怖がられてしまう」
「それは誤解ですよ」
ケペトがはっきりと言った。
「新しいものを作るために古いものを壊すなら、それは建設的な行為です。とても大切なお仕事だと思います」
セトの目が驚きで見開かれた。
「君…本当にそう思うのか?」
「はい♪ それに、こんなに動物を大切にされる方が悪い方のはずがありません」
三人の新しい友情
「セト、良かったわね」
ネフティスが夫を見つめて微笑んだ。
「ケペトちゃんなら、あなたの本当の優しさを理解してくれると思っていたの」
「ネフティス…」
セトが感動の表情を見せた。
「ありがとう、ケペト。君のような人に出会えて、本当に嬉しいよ」
「私もです♪ お二人とお友達になれて、とても幸せです」
ケペトの純粋な笑顔に、セトとネフティスも心から笑顔になった。
「それじゃあ、今度は私たちの神殿にもいらしてね」
ネフティスが誘った。
「ネフティスの神殿は、とても静かで勉強に良い場所なんだ」
セトも付け加えた。
「でも、甘いものもたくさんあるんだよ」
「セト…」
ネフティスが恥ずかしそうに呟いた。
夕方の報告会議
夕方、神々たちが再び集まった。今度はケペトも一緒だった。
「今日は素晴らしい一日でしたね」
ラーが満足そうに言った。
「ケペト、あなたの適応力には本当に感心するわ」
「皆様が優しくしてくださるおかげです♪」
「ネフティスも、とても楽しそうだったわね」
イシスがにっこりと笑った。
「久しぶりに、あんなに笑顔を見たわ」
「べ、別に…」
ネフティスが照れていると、セトが嬉しそうに言った。
「ネフティスが甘いもの好きだって話せたんだよ!」
「セト!」
「そうそう♪」
ハトホルが楽しそうに手を叩いた。
「今度は全員でお茶会しましょうよ♪」
アケムとの約束
「そういえば、明日はピクニックの準備ね」
イシスが思い出した。
「アケムも参加してくれるのよね?」
「はい♪ とても楽しみです」
ケペトの頬がほんのり赤くなった。
「あら♪ 恋する乙女の顔ね」
ハトホルがからかうように言うと、ケペトはさらに赤くなった。
「みんなで楽しいピクニックにしましょうね」
ラーが優しく言った。
「人間と神々が一緒に楽しむ、素晴らしい機会になりそうだわ」
美しい夜と希望
その夜、ケペトは神殿の屋上で星空を見上げていた。今日も素晴らしい一日だった。ネフティス様とセト様とお友達になれて、神々たちの輪がまた広がった。
「みんな、本当に優しい方ばかり」
左手首の痣をそっと撫でると、温かい光が心を包んでくれた。
「明日のピクニックも楽しみ♪」
そして、アケムさんとの時間も。胸がドキドキしてしまう。
空の向こうから、神々たちの温かい視線を感じていた。きっと明日も、素敵な一日になるだろう。
星空の下で、ケペトは幸せな気持ちで眠りについた。神々と人間の美しい調和に向かって、また一歩前進した一日だった。