3章8話 スープの配布
「このスープ、とても素晴らしい出来ね♪」
イシスが満足そうにスープを見つめていた。大きなお鍋いっぱいに作られたスープは、虹色の湯気を立てながら、温かい愛情を放っている。
「でも、私たちだけで飲むのはもったいないわね」
「そうですね。せっかくなら、みんなに飲んでもらいたいです♪」
ケペトの提案に、イシスの瞳が輝いた。
「それよ!街の人たちに配りましょう♪ きっとみんな喜んでくれるわ」
「でも、こんなに魔法のかかったスープを普通の人たちが飲んで大丈夫でしょうか?」
ケペトは少し心配になった。
「大丈夫よ♪ このスープは愛情でできているから、悪い影響はないの。むしろ、みんなの心を温かくしてくれるはず」
イシスの優しい笑顔に、ケペトも安心した。
「それじゃあ、お鍋を持って街に行きましょう♪」
街の広場での配布開始
イシスとケペトは、大きなお鍋を魔法で軽くして、街の中央広場に向かった。午後の暖かい日差しの中、いつものように多くの人々が行き交っている。
「皆さん、お疲れさまです♪」
ケペトが元気よく声をかけると、街の人たちが振り返った。
「あら、ケペトちゃん。今日は何をしてるの?」
花屋のおばさんが興味深そうに近づいてきた。
「今日は特別なスープを作ったので、皆さんにお裾分けしようと思って♪」
「スープですって?それは嬉しいわね」
パン屋のおじさんも、焼きたてのパンを抱えながらやってきた。
「ケペトちゃんの手作りなら、きっと美味しいよ」
あっという間に、人だかりができてしまった。
初めての試飲と効果
「それじゃあ、まずは少しずつ味見をしてもらいましょう♪」
イシスが魔法で可愛いカップを作り出し、スープを注いでいく。最初に飲んだのは、花屋のおばさんだった。
「いただきます♪」
一口飲んだ瞬間、おばさんの表情がパッと明るくなった。
「あら…なんて優しい味なの。体が温かくなって、心も軽やかになるわ」
「本当ですか?」
ケペトが嬉しそうに尋ねると、おばさんは頷いた。
「ええ。それに…なんだか皆さんがとても素敵に見えるの」
おばさんが周りを見回すと、確かにいつもより人々の表情が柔らかく、温かく見えた。
「私にも飲ませて」
パン屋のおじさんも手を伸ばした。一口飲むと、今まで疲れていた表情が和らいだ。
「これは素晴らしい!心の奥が温かくなる」
スープの魔法的効果
スープを飲んだ人たちに、次々と変化が現れ始めた。
普段は忙しくて挨拶程度しかしない商人同士が、楽しそうに会話を始めた。いつもは一人で遊んでいる子どもたちが、自然と輪になって遊び始めた。
「すごい…」
ケペトは目を見張った。スープを飲んだ人たちが、みんな自然と笑顔になり、お互いに親しみやすくなっている。
「これが『心をつなぐスープ』の力よ♪」
イシスが満足そうに説明した。
「人々の心の壁を取り払って、素直に交流できるようにしてくれるの」
「でも、無理やりじゃないんですね」
「そうよ。元々みんなが持っている優しさを、表に出しやすくしているだけ」
確かに、スープを飲んだ人たちは自然体で、無理をしている様子は全くなかった。
特別なお客様の登場
「ケペトさん!」
聞き覚えのある声に振り返ると、アケムが馬から降りて駆け寄ってきた。
「アケムさん♪」
ケペトの頬がほんのり赤くなる。
「今日も街の見回りですか?」
「ええ。でも、こんな素敵な場面に出会えるなんて」
アケムは広場の和やかな雰囲気を見回した。
「皆さん、いつもより楽しそうですね」
「えへへ、特別なスープを配ってるんです♪」
「スープですか?」
「はい♪ もしよろしければ、アケムさんにも…」
ケペトがそう言いかけた時、イシスが現れた。でも今日は、普通の人には見えないようにしているようだった。
「ケペトちゃん、彼にもスープを♪」
イシスの声は、ケペトにだけ聞こえているようだった。
アケムとのスープ体験
「ぜひ、お願いします」
アケムは嬉しそうにスープを受け取った。
「いい香りですね。手作りですか?」
「はい♪ 心を込めて作りました」
アケムが一口飲むと、その表情が驚きに変わった。
「これは…なんという温かさでしょう」
彼の瞳がケペトを見つめる時、いつもより深い優しさが込められているようだった。
「ケペトさん、あなたの優しさが直接伝わってくるような気がします」
「え?」
「このスープを飲むと、あなたの心がより近く感じられる。不思議ですが、とても幸せな気持ちになります」
アケムの言葉に、ケペトの心臓がドキドキと高鳴った。
「あ、あの…」
「僕も、何かお手伝いできることがあれば」
アケムは周りの人々を見回した。
「こんなに素晴らしいことをされているなら、ぜひ協力させてください」
アケムの協力と効果の拡大
アケムが加わることで、スープの配布はより効率的になった。彼の誠実な人柄もあって、街の人々はより安心してスープを受け取ってくれる。
「王宮騎士の方も一緒なら安心ね」
「ケペトちゃんとお似合いじゃない♪」
街の人たちの温かい視線に、ケペトとアケムは顔を赤くした。でも、それも微笑ましい光景だった。
スープを飲んだ人たちの輪は広がり続けている。商人のおじさんが子どもたちにお菓子を分けてあげたり、普段は静かなおばあさんが楽しそうに笑ったり、街全体が温かい雰囲気に包まれていた。
「素晴らしいですね」
アケムが感動して呟いた。
「食べ物が人々の心をこんなに変えることができるなんて」
「食べ物じゃなくて、愛情ですよ♪」
ケペトが訂正すると、アケムは深く頷いた。
「その通りですね。ケペトさんの愛情が、みんなを幸せにしている」
思わぬ問題の発生
ところが、スープの効果が広がるにつれて、思わぬ問題も発生し始めた。
あまりにもみんなが仲良くなりすぎて、仕事を忘れて話し込んでしまう人が続出したのだ。
「あら、もうこんな時間?」
「パン屋の店番、どうしよう」
「市場の野菜、売らなきゃ」
でも、楽しい会話が止まらない。みんな、今まで以上にお互いのことを知りたがり、話したがっている。
「これは…」
ケペトは困ってしまった。良いことなのだろうが、日常生活に支障が出てしまっては大変だ。
「どうしましょう…」
イシスの気づきと反省
「あら…」
イシスも問題に気づいた。
「ちょっとスープの効果が強すぎたみたいね」
「そうなんですか?」
「ええ。愛情を込めすぎたのかしら。みんな、お互いをもっと知りたくて仕方がなくなってるみたい」
確かに、人々は楽しそうだったが、それぞれの用事を忘れてしまっている。
「優しすぎるのも、時には良くないのね」
イシスが反省している様子を見て、ケペトはハッとした。
「あ!」
「どうしたの?」
「それです!バランスが大事なんですね」
ケペトは気づいた。
「愛情はとても大切だけど、それだけじゃダメ。みんなには、それぞれの大切な役割や責任があります」
ケペトの提案と解決策
「皆さん♪」
ケペトが手を叩いて注意を引いた。
「お話が楽しいのはとても素敵ですが、それぞれのお仕事も大切ですよね」
「あ、そうだった」
「パン屋の店番が…」
人々は我に返り始めた。
「でも、せっかく仲良くなったのに、離れるのは寂しい」
子どもの一人がそう言うと、みんな頷いた。
「それじゃあ」
ケペトが提案した。
「今度の休日に、みんなでピクニックはいかがですか?その時にまた、一緒にお話ししましょう♪」
「それはいいアイデアね♪」
「楽しそう!」
人々の表情が明るくなった。
「今度は、みんなでお料理を持ち寄って、大きなお食事会にしましょう♪」
アケムの感心と支援
「素晴らしい解決策ですね」
アケムが感心して言った。
「問題を解決するだけでなく、さらに素敵な提案までして」
「えへへ、みんなが幸せになればいいんです♪」
「僕も、そのピクニックに参加させていただけますか?」
アケムの申し出に、ケペトの心がぱっと明るくなった。
「もちろんです♪ ぜひいらしてください」
「ありがとうございます。王宮の警備も兼ねて、安全に楽しめるようにお手伝いします」
アケムの真面目な提案に、街の人たちも安心した表情を見せた。
イシスからの新たな学び
人々がそれぞれの仕事に戻った後、イシスがケペトのそばにやってきた。
「ケペトちゃん、今日は私が学ぶことが多かったわ」
「え?イシス様が?」
「ええ。優しさや愛情は素晴らしいものだけど、相手の状況や気持ちを考えて、適切に表現することが大切なのね」
イシスが振り返った。
「私、今まで『たくさん愛情を注げばいい』と思っていたけど、それだけじゃダメなのね」
「そんなことないです!イシス様の愛情は、とても温かくて素敵です」
「ありがとう。でも、あなたから学んだわ。『相手のことを考えた愛情』の大切さを」
ケペトは、自分もまた勉強になったと思った。力があっても、それを適切に使うことが重要なのだ。
午後の振り返りと成長
「今日は本当に勉強になりました」
スープの片付けをしながら、ケペトがしみじみと言った。
「料理を通じて愛情を伝える素晴らしさと、でも相手のことを考える大切さと、両方学べました」
「私もよ♪」
イシスが嬉しそうに答えた。
「あなたと一緒にいると、いつも新しい発見があるわ」
「それに、アケムさんも素敵でしたね♪」
ケペトが照れながら言うと、イシスがにっこりと笑った。
「あら♪ 恋する乙女の顔になってるわよ」
「え、えっと…」
「大丈夫♪ とても素敵なことよ。あの騎士さんも、あなたを見る目がとても優しかった」
イシスの言葉に、ケペトの胸が温かくなった。
夕方の帰路とアケムとの時間
神殿からの帰り道、ケペトはアケムと一緒に歩いていた。夕日が二人を優しく照らしている。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。とても勉強になりました」
アケムが振り返った。
「ケペトさんの料理には、本当に魔法がかかっているんですね」
「魔法じゃなくて、愛情ですよ♪」
「その愛情が、僕には魔法のように感じられます」
アケムの真剣な表情に、ケペトはドキドキした。
「あの…今度のピクニック、本当に来てくださいますか?」
「もちろんです。ケペトさんと一緒なら、どこでも」
アケムの言葉に、ケペトの頬がほころんだ。
神殿に戻ったケペトは、今日の出来事を振り返っていた。イシス様との料理、街の人たちとの交流、そしてアケムさんとの時間…すべてが宝物のような思い出だった。
「今日も素敵な一日でした」
左手首の痣をそっと撫でると、温かい光が心を包んでくれた。
窓の外では、美しい夜空が広がっている。明日もきっと、新しい出会いと学びが待っているだろう。