3章7話 魔法のお姉さんは料理上手
朝の光が神殿に差し込み、ケペトは鳥のさえずりで目を覚ました。左手首の蓮の痣が朝日に反応して、ほんのりと温かい。今日もまた、特別な一日が始まる予感がしていた。
「おはよう、ケペト♪」
窓の外から、美しい女性の声が聞こえてきた。見ると、青と白のドレスに身を包んだイシス様が、蓮の花に囲まれて微笑んでいる。
「イシス様、おはようございます♪」
ケペトは慌てて窓辺に駆け寄った。
「今日はとても良いお天気ね。私の神殿で、一緒にお料理をしない?」
「お料理ですか?」
ケペトの瞳がキラキラと輝いた。イシス様のお料理は、神々の間でも評判だという話を聞いたことがある。
「ええ♪ あなたに教えたいレシピがあるの。きっと気に入ってもらえると思うわ」
「ぜひお願いします!」
「それじゃあ、朝食を済ませたら私の神殿にいらっしゃい。美味しいものをたくさん作りましょうね♪」
イシスは蓮の花びらと共に、ふわりと消えていった。
アケトとの朝食と報告
「おはよう、ケペト。今日も早起きやな」
アケトが朝食の準備をしながら声をかけてきた。テーブルには焼きたてのパンと、フルーツ、そして香り高いハーブティーが並んでいる。
「おはようございます!今日はとても良いことがありそうです♪」
「ほほう、何かええ予定でもあるん?」
「えっと…イシス神殿に、お参りに行こうと思うんです」
ケペトは神様との約束を、そっと一般的な言葉に置き換えた。
「イシス神殿か。ええところやな。あそこの花は特に美しいし、なんか心が落ち着くよな」
「そうなんです♪ それに、お料理も学べるって聞いたことがあるので」
「お料理?ケペトも結構上手やのに、まだ学びたいんか」
「はい!いろんなお料理を覚えて、みんなに喜んでもらいたいんです」
アケトは微笑ましそうにケペトを見つめた。
「ほんまに優しい子やなあ。きっとイシス様も喜んではるで」
朝食を食べながら、ケペトは昨日の出来事を思い返していた。ラー様との修行、ハトホル様との音楽、そしてアケムさんとの時間。すべてが夢のようだったが、左手首の温かさが現実だったことを教えてくれている。
イシス神殿への道のり
朝食を済ませた後、ケペトはイシス神殿へ向かった。神殿複合体の中でも、イシス神殿は特に美しいことで有名だった。青と白の優美な建物が蓮の池に囲まれ、いつも花の香りが漂っている。
歩いていると、街の人たちが笑顔で挨拶してくれる。
「ケペトちゃん、おはよう♪」
「今日もお花がきれいに咲いてるわね」
「あなたがいると、街全体が明るくなるみたい」
人々の温かい言葉に、ケペトの心も弾んだ。きっと神様たちの力が、街に良い影響を与えているのだろう。
イシス神殿に近づくと、今まで嗅いだことのないような、とても良い香りが漂ってきた。
「わあ…何のにおいだろう?」
それは花の香りと、美味しそうな料理の香りが混ざったような、とても幸せになる香りだった。
イシス神殿の美しさ
イシス神殿の門をくぐると、そこは本当に楽園のような場所だった。
蓮の池には色とりどりの美しい花が咲き、小さな魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。池の周りには柳の木が植えられ、そよ風に揺れる枝が水面に美しい影を落としている。
神殿の建物自体も素晴らしかった。青と白の大理石で作られた優雅な建築で、所々に金の装飾が施されている。でも決して派手すぎず、上品で落ち着いた美しさだった。
「ケペトちゃん、いらっしゃい♪」
美しい声に振り返ると、イシスが神殿の入り口で手を振っていた。今日は普段の神々しい衣装ではなく、可愛らしいエプロンを身に着けている。
「イシス様、こんにちは♪」
「こんにちは♪ さあ、キッチンにいらっしゃい。今日はとても楽しいことになりそうよ」
イシス様の魔法のキッチン
イシスに案内されたキッチンは、ケペトの想像を遥かに超える素晴らしい場所だった。
広々とした空間に、ピカピカに磨かれた調理台がいくつも並んでいる。壁には色とりどりのスパイスや調味料がきれいに整理されて並び、天井からは新鮮なハーブが吊り下げられている。
そして何より驚いたのは、調理器具が魔法で動いていることだった。お鍋が一人でに火加減を調整し、木のスプーンが材料をかき混ぜ、包丁が野菜を美しく切り揃えている。
「すごい…まるで夢みたい」
「でしょう?魔法があると、お料理がとても楽しくなるのよ♪」
イシスが嬉しそうに説明してくれた。
「でも、一番大切なのは魔法じゃないの。心を込めて作ることよ」
「心を込めて?」
「そう。愛情が一番大切な調味料なの。どんなに高級な材料を使っても、心がこもっていなければ美味しくならないわ」
イシスの言葉に、ケペトは深く頷いた。それは、自分も日頃から感じていることだった。
最初のお料理レッスン
「それじゃあ、まずは簡単なものから作ってみましょう♪」
イシスは材料が並んだ調理台に、ケペトを案内した。
「今日は『愛情たっぷりサンドイッチ』を作りましょう」
「サンドイッチですか?」
「普通のサンドイッチじゃないのよ♪ 食べた人が幸せになる、特別なサンドイッチ」
イシスが魔法で、ふわふわのパンを焼いてくれた。それは普通のパンとは違い、ほんのりと光っている。
「わあ、きれい!」
「このパンには『幸せの魔法』がかかっているの。でも、それだけじゃダメ。心を込めて具材を準備しないと」
イシスは丁寧に野菜を洗い、一枚一枚愛情を込めて切り始めた。その手つきは魔法を使っているとは思えないほど、丁寧で心がこもっていた。
「イシス様、私にもやらせてください♪」
「もちろんよ♪ 一緒に作りましょう」
料理を通じた心の交流
ケペトもイシスの隣に立ち、野菜を切り始めた。最初はぎこちなかったが、イシスが優しく手を添えて教えてくれる。
「そうそう、野菜に『ありがとう』って言いながら切るのよ。そうすると、野菜も喜んでくれるの」
「ありがとう、トマトさん♪」
ケペトが言うと、トマトが本当に嬉しそうに輝いて見えた。
「上手♪ ケペトちゃんは自然に愛情を込めるのが得意ね」
「えへへ、楽しいです♪」
二人で並んで料理をしていると、自然と会話も弾んだ。
「ケペトちゃん、最近どう?神様たちとの生活には慣れた?」
「はい♪ 皆様とても優しくて、毎日が楽しいです。特にラー様とハトホル様には、たくさんのことを教えていただきました」
「そう♪ 私も嬉しいわ。あなたがいてくれて、みんなの心が明るくなったもの」
イシスの言葉に、ケペトは少し照れてしまった。
「でも、時々不安になることもあります。私なんかで、本当に神様たちのお役に立てるのかなって」
イシスからの優しい励まし
「あら、どうして?」
イシスが心配そうに尋ねた。
「だって、私はただの人間ですから。神様たちみたいに、すごい力があるわけでもないし…」
「ケペトちゃん」
イシスは手を止めて、ケペトの方を向いた。
「あなたの力は、私たちとは違うけれど、とても特別で大切な力よ」
「そう…でしょうか?」
「ええ。あなたには『つなげる力』があるの。心と心を、人と人を、そして神と人をつなげる力」
イシスは優しくケペトの手を取った。
「私たちは確かに大きな力を持っているけれど、時々その力に頼りすぎて、心を忘れてしまうことがあるの」
「心を…忘れる?」
「そう。でも、あなたがいると思い出すのよ。一番大切なのは、相手を思いやる気持ちだって」
イシスの言葉に、ケペトの心が温かくなった。
「だから、自信を持って。あなたはあなたのままで、とても素晴らしいのよ」
愛情サンドイッチの完成
イシスに励まされて、ケペトの心は軽やかになった。二人で力を合わせて、愛情たっぷりサンドイッチを完成させる。
「できました♪」
出来上がったサンドイッチは、見た目も美しく、とても美味しそうだった。パンはふわふわで、野菜は色鮮やか、そして全体がほんのりと優しい光に包まれている。
「一口食べてみて♪」
イシスに勧められて、ケペトはサンドイッチを口に運んだ。
「わあ!とっても美味しい♪ なんだか体の中が温かくなります」
「でしょう?これが愛情の力よ」
イシスも嬉しそうに自分のサンドイッチを食べた。
「ケペトちゃんが作った部分は、特に美味しいわね♪」
「そんなことないです。イシス様が教えてくださったおかげです」
「いえいえ、あなたの心がこもっているからよ」
二人で美味しいサンドイッチを食べながら、楽しい会話を続けた。
神殿の動物たちとの出会い
食事が終わると、イシスは神殿の庭を案内してくれた。そこには様々な動物たちが平和に暮らしていた。
白い猫、色とりどりの鳥たち、池にはアヒル、そして小さなウサギまでいる。どの動物も人懐っこく、ケペトを見るとすぐに寄ってきた。
「みんな可愛い♪」
ケペトが膝をつくと、動物たちが周りに集まってきた。
「あら、珍しいわね。動物たちがこんなに懐くなんて」
「えへへ、動物さんたちは大好きです♪」
ケペトが猫を撫でると、猫は嬉しそうに喉を鳴らした。
「ケペトちゃんには、動物たちとも心を通わせる力があるのね」
「そうなんでしょうか?」
「ええ。これも『つなげる力』の一つよ。素晴らしいことだわ」
動物たちに囲まれて笑うケペトを見ていて、イシスは心から嬉しそうだった。
次のお料理への準備
「それじゃあ、次は少し難しいお料理に挑戦してみましょうか♪」
イシスがそう提案すると、ケペトは目を輝かせた。
「はい♪ どんなお料理ですか?」
「『心をつなぐスープ』よ。これは、飲んだ人同士の心の距離を縮めてくれる特別なスープなの」
「すごそう!」
「でも、とても繊細なお料理なの。材料の気持ちを感じ取りながら、丁寧に作らないといけないわ」
イシスは真剣な表情になった。
「大丈夫でしょうか…」
「大丈夫よ♪ あなたならきっとできるわ。私が一緒にいるもの」
イシスの優しい励ましに、ケペトは勇気をもらった。
「頑張ります♪」
スープ作りの開始
キッチンに戻ると、イシスは様々な材料を用意してくれた。でも、ただの野菜ではない。一つ一つが特別な力を持った、魔法の材料だった。
「この人参は『優しさの人参』。この玉ねぎは『理解の玉ねぎ』。そして、このハーブは『愛情のハーブ』よ」
「みんな、普通の野菜とどこか違って見えます」
「そうね。でも、一番大切なのは材料じゃないの。作る人の心よ」
イシスはケペトに、材料の一つ一つを丁寧に説明してくれた。
「まず、この人参から始めましょう。人参に手を当てて、その気持ちを感じてみて」
ケペトは言われた通りに、人参に手を当てた。すると、不思議なことに人参の「気持ち」のようなものが伝わってきた。
「あ…なんだか、みんなを幸せにしたいって言ってるみたい」
「その通りよ♪ 材料たちも、美味しいお料理になって、人を幸せにしたいと思っているの」
イシスの言葉に、ケペトは料理に対する見方が変わった。材料も、料理も、すべて心を持っているのだ。
集中と愛情
人参を切り始めると、ケペトは自然と集中状態に入った。一切れ一切れに愛情を込めて、丁寧に切っていく。
「ありがとう、人参さん。美味しいスープになってね」
ケペトが心を込めて切った人参は、普通の人参よりもずっと美しく、良い香りがした。
「素晴らしいわ♪ ケペトちゃんは本当に料理の才能があるのね」
「イシス様のおかげです♪」
「いえ、あなたの心がそうさせているのよ」
玉ねぎを切る時も、ハーブを刻む時も、ケペトは材料一つ一つと心を通わせながら作業した。不思議と、玉ねぎを切っても涙が出なかった。
「あれ?玉ねぎなのに泣かない」
「愛情を込めて切ると、玉ねぎも泣かせないようにしてくれるのよ♪」
イシスが楽しそうに説明してくれた。
魔法と心の融合
材料の準備ができると、いよいよ煮込みの工程に入った。イシスが魔法で火を起こすと、それは普通の火ではなく、虹色に輝く美しい炎だった。
「この炎は『愛の炎』よ。愛情を込めて料理するときにだけ現れるの」
「きれい…」
材料をお鍋に入れて、愛の炎でゆっくりと煮込み始める。その間、イシスとケペトは材料に向かって優しい言葉をかけ続けた。
「美味しくなってね」
「みんなを幸せにしてね」
「愛情がたっぷり伝わりますように」
すると、お鍋から立ち上る湯気が、まるで小さな虹のように美しく輝いた。
「わあ!湯気が虹色になってる♪」
「愛情がちゃんと込められている証拠よ♪」
イシスも満足そうに頷いた。
スープの完成と味見
じっくりと煮込むこと一時間。ついに『心をつなぐスープ』が完成した。
出来上がったスープは、見た目は普通のスープだったが、とても良い香りがして、なんとなく温かい気持ちになる不思議なスープだった。
「完成ね♪ 一口味見してみましょう」
イシスとケペト、二人で同時にスープを口に運んだ。
「あ…」
スープを飲んだ瞬間、ケペトとイシスの心がより深くつながったような気がした。お互いの気持ちが、より近く感じられる。
「すごい…イシス様の優しさが、直接伝わってくるみたい」
「私も♪ ケペトちゃんの純粋な心が、とても温かく感じられるわ」
二人は微笑み合った。これが『心をつなぐスープ』の力なのだ。