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1章2話 夜の神殿


夕食を終えて、ケペトは神殿の奥にある自分の小さな部屋に戻った。窓から見える夜空は美しい星々で満ちているが、いつもより星の輝きが弱いような気がした。


「やっぱり変だな…」

ケペトは窓辺に座り、膝を抱えて外を見つめている。昼間感じた違和感は、夜になってもまだ心の中にもやもやと残っていた。

部屋の小さな鏡台で髪をとかしながら、ケペトは今日の出来事を思い返していた。特に、あの王宮騎士のアケムのこと。


「アケムさん…素敵な人だったな」

頬が自然と緩んでしまう。恋なんて初めてで、この胸の高鳴りが何なのか、まだよくわからない。でも、また会えることを考えると、なんだかワクワクしてしまう。


「あ、そうだ!明日はイシス様の神殿にお参りに行く日だった」

ケペトは手帳を確認した。月に一度、他の神殿を訪問して交流を深めるのが、若い神官たちの習慣になっている。明日はイシス神殿で、癒しの女神様にご挨拶をする予定だった。


「楽しみだな♪イシス様のお料理、とっても美味しいって聞いてるし」

そんなことを考えながら、ケペトはベッドに横になった。


不思議な夢の始まり

やがて、ケペトは深い眠りに落ちた。でも、その夜に見た夢は、いつもとは全く違うものだった。

気がつくと、ケペトは見たことのない美しい神殿の中に立っていた。黄金と青のタイルで装飾された壁、天井には星座が描かれ、まるで宇宙の中にいるような神秘的な空間だった。


「ここは…どこ?」

ケペトは辺りを見回した。神殿の中央には美しい祭壇があり、その上で不思議な光が揺らめいている。夢の中だとわかっているのに、とてもリアルで鮮明だった。


その時、祭壇の向こうから、静かな足音が響いてきた。

現れたのは、犬の頭を持つ神々しい存在だった。でも、怖い感じは全くしない。むしろ、とても優しそうな雰囲気を漂わせている。


「初めまして、ケペト」

落ち着いた、温かい男性の声だった。


「あ、あの…どちら様ですか?」

ケペトは緊張しながらも、なぜか親しみやすさを感じていた。


「私はアヌビス。死者の案内人であり、正義の守護者だ。でも今日は、君に話があって現れた」


「私に…ですか?」


「そうだ。君は特別なんだよ、ケペト」

アヌビスは優しく微笑んだ。犬の頭でも、その表情の優しさは十分に伝わってきた。


アヌビスからの説明

「特別って…私、普通の神官なのに」

ケペトは首をかしげた。自分が特別だなんて、今まで考えたこともなかった。


「君は確かに普通の神官として生活している。でも、君の魂には特別な力が宿っているんだ」

アヌビスは祭壇のそばに座ると、ケペトにも座るよう促した。


「最近、何か変化を感じていないか?」


「あ…そういえば、今日は太陽の光が弱い気がしたり、お花が元気ないような…」


「その通りだ。実は今、神々の世界で小さな問題が起きているんだ」


アヌビスの表情が少し曇った。でも、深刻すぎない程度に。


「神々の…問題?」


「そう。みんな良いことをしようとしているんだが、それぞれが別々の方向を向いてしまっているんだ。ラーは太陽の力で世界を明るくしようとし、イシスは癒しの力で世界を優しくしようとし、ハトホルは音楽で世界を楽しくしようとしている」


「それって…悪いことじゃないですよね?」


「もちろん、みんな素晴らしいことをしようとしている。でも、バラバラにやっていては、力が分散してしまうんだ。本当に必要なのは『調和』なんだよ」

ケペトは一生懸命に理解しようと、アヌビスの話に耳を傾けていた。


「調和…」


「そして、その調和を取る力を持っているのが、君なんだ」


「え?私が?」

ケペトは驚いて立ち上がった。


特別な力の覚醒

「でも、私にそんな力があるなんて…」


「君の左手首を見てごらん」

アヌビスに言われて、ケペトは左手首を見た。すると、袖の下から美しい蓮の花の痣が現れた。それは淡い光を放ちながら、ゆっくりと輝いている。


「これ…いつの間に?」


「それは調和の印だ。君が生まれた時から持っていたものだが、力が目覚める時期になって現れたんだ」

ケペトは痣に触れてみた。温かくて、なんだか心が落ち着く感じがした。


「でも、私にそんな大切なことができるでしょうか…」


「大丈夫だ。君は今まで、知らず知らずのうちに調和を作り出してきた」


「え?」


「君の周りの人たちを思い出してごらん。みんな、君がいると自然と笑顔になり、仲良くなっているだろう?」

ケペトは今日の出来事を思い返した。アケトさんとの楽しい朝食、街の人たちとの温かい交流、子どもたちの笑顔…


「それが君の力なんだ。特別な魔法を使うわけじゃない。君の自然な優しさと、みんなを大切に思う気持ちが、調和を生み出しているんだ」


「そう…なんですか?」


「そうだ。だから安心してほしい。君は今のままの君でいればいい。ただ、これからは神々の世界でも、同じように調和を作り出してもらいたいんだ」


神々との出会いの予告

「神々の世界って…どんな感じなんですか?」

ケペトの瞳がキラキラと輝いた。怖いよりも、ワクワクの方が大きかった。


「君はきっと気に入ると思う。神々たちも、みんな個性豊かで魅力的な存在だからね」

アヌビスは楽しそうに話し始めた。


「太陽の女神ラーは、とても美しくて立派な女性だ。でも実は、完璧主義すぎて一人で抱え込んでしまうところがある」


「へえ〜」


「癒しの女神イシスは、まるでお母さんのように優しい。でも時々、心配性すぎて余計なお世話をしてしまうことも」

ケペトはくすくすと笑った。


「音楽の女神ハトホルは、君と同じくらい明るくて元気な女性だ。きっとすぐに仲良しになれると思う」


「楽しそう♪」


「知恵の女神ネフティスは、とても頭が良くてクールな女性。でも実は甘いものが大好きなんだ」


「可愛い〜」


「そして破壊神セトは…見た目は怖そうだが、実は動物好きの優しい神なんだ」


「え?破壊神なのに優しいんですか?」


「そうなんだ。古いものを壊して新しいものを作りたいだけで、本当は平和主義者なんだよ」

ケペトは神々たちの話を聞いて、どんどんワクワクしてきた。きっと素敵な人たち…神様たちなんだろうな。


覚悟と決意

「でも…私なんかで、本当に大丈夫でしょうか?」

最初のワクワクが落ち着くと、ケペトは少し不安になってきた。


「君の優しさと、みんなを思いやる気持ちがあれば大丈夫だ。それに、一人で全部やる必要はない。神々たちも、きっと君を助けてくれる」


「神々が…私を?」


「そうだ。君もまた、神々にとって大切な存在になるはずだ。お互いに学び合い、支え合っていけばいい」

アヌビスの言葉に、ケペトの心が少しずつ勇気で満たされていく。


「わかりました。私、頑張ってみます!」

ケペトは立ち上がって、両手でガッツポーズを作った。


「その意気だ。でも、無理はしないでほしい。君のペースで、君らしくやっていけばいい」


「はい!」


「それでは、最初は太陽の女神ラーに会ってもらおう。明日、君が目覚めた時、きっと彼女が現れるだろう」


「明日…」

ケペトはドキドキしてきた。いよいよ神々との出会いが始まるのだ。


夢の終わりと新しい始まり

「最後に一つ、覚えておいてほしいことがある」

アヌビスは真剣な表情になった。


「君の力は、君の心の優しさから生まれている。だから、その心を大切にしてほしい。たとえ困難なことがあっても、君の優しさを忘れなければ、きっと道は開ける」


「はい、わかりました」


「そして、もし迷った時は、君の周りの人たちを思い出してほしい。アケトや、街の人たち、そして…今日出会った王宮騎士の青年も」

ケペトの頬がほんのり赤くなった。


「あ、アケムさんのことも見てらしたんですか?」


「君にとって大切な人になりそうだからね。彼もまた、これから君を支えてくれる存在になるかもしれない」


「そう…なんですか?」

アヌビスは優しく微笑んだ。


「さあ、そろそろ目覚めの時間だ。明日からの新しい冒険に備えて、今夜はゆっくり休むといい」

神殿の光景が少しずつ薄れていく。


「アヌビス様、ありがとうございました!」


「こちらこそ、よろしく頼むよ、ケペト」


目覚めと新たな決意

ケペトは鳥のさえずりで目を覚ました。いつものように美しい朝だったが、昨日とは何かが違っていた。


「夢…だったのかな?」

でも、夢にしてはあまりにもリアルだった。そして、左手首を見ると…


「あ!」

袖の下から、美しい蓮の花の痣が見えていた。それは淡い光を放ちながら、確かにそこに存在していた。


「本当だったんだ…」

ケペトは痣に触れてみた。温かくて、力が湧いてくるような感じがした。


「私、頑張らなきゃ」

でも、怖いという気持ちはほとんどなかった。アヌビスの優しい言葉と、神々たちの楽しそうな話を思い出すと、むしろワクワクの方が大きかった。


ケペトは窓の外を見た。今日の朝日は、昨日よりも少し強く感じられた。きっと、ラー様が現れる前兆なのかもしれない。


「今日も一日、頑張ろう!」

ケペトはいつものように朝の準備を始めた。でも、心の中では新しい冒険への期待で胸がいっぱいだった。


神官服に着替えながら、ケペトは手首の痣をそっと隠した。まだアケトさんに話すのは早いかもしれない。でも、いつかきっと、みんなにも話せる日が来るだろう。


部屋の外から、アケトの呼ぶ声が聞こえてきた。


「ケペト〜、朝ごはんできたで〜」


「はーい!今行きます!」

ケペトは元気よく返事をすると、部屋を出た。いつもの日常が始まるが、今日からはきっと特別な一日になる。


そんな予感を胸に、ケペトの新しい物語が動き出そうとしていた。



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