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7章19話 神々の日常と小さな奇跡


「ラー様、それは塩じゃなくて砂糖ですよ」

朝の神殿の台所で、イシスが慌てた声を上げた。


「え?」

ラーが手を止める。


「でも白くて粒々で…」


「料理は見た目だけじゃダメなんです」ケペトが笑いながら砂糖壺を取り上げる。「味見をしないと」


「味見…そんな繊細な技術が必要なのか」


「技術って言うほど大げさじゃないけど」イシスが苦笑いする。「ラー、あなたって普段何食べてるの?」


「光だ」


「光?」


「太陽の光を浴びれば、それで十分栄養になる」

みんなが呆れた顔をした。


「それじゃあ美味しさとか分からないじゃない」ハトホルがため息をつく。


「美味しさ?」

ラーが首をかしげる。


「食べ物に美味しさなんてあるのか?」


料理修行開始

「よし」

セトが腕まくりをする。


「ラーに人間の食べ物の美味しさを教えてやろう」


「私が教わる立場?」

ラーが困惑する。


「そうだ。食べ物の喜びを知らないなんて、人生の半分損してるぞ」


「人生?私は神だが」


「神でも同じだ。美味しいものを食べると幸せになる。それが分からないなんて可哀想だ」


「可哀想って…」

ラーが少しムッとする。


「ラー様」

ケペトが仲裁に入る。


「せっかくですから、みんなで一緒に料理を作りませんか?」


「料理を…作る?」


「はい。作る楽しさと食べる楽しさ、両方味わえますよ」

ラーは考えてから頷いた。


「分かった。やってみよう」


ネフティスの秘密

「それじゃあ、何を作りましょうか?」

イシスが提案を求める。


「甘いものがいいな」

ネフティスがぽつりと言う。

「ネフティス、また甘いもの?」

ハトホルが笑う。


「何がいけないの」

ネフティスが少し頬を膨らませる。


「いけなくないけど、毎回甘いものばっかり」


「それには理由があるのよ」


「理由?」

みんなが興味深そうに聞く。

ネフティスは少し恥ずかしそうに話し始めた。


「昔ね、私が若い頃…まあ、今でも若いけど」


「はいはい」

セトが茶々を入れる。


「黙って聞きなさい。その頃、私は知恵の神として、とても厳格だったの」


「厳格?」


「そう。笑うことも、楽しむことも、無駄だと思ってた」

みんなが意外そうな顔をする。今のネフティスからは想像できない。


「でも、ある日、人間の子供が神殿にお菓子を供えてくれたの」


「お菓子?」


「ハチミツで作った小さなクッキー。その子は『ネフティス様にも甘い物を食べて、笑顔になってほしい』って言ったの」

ネフティスの目が少し潤む。


「それで食べてみたら…とても甘くて、温かくて。心がほっこりしたの」


「それで甘いもの好きになったんですね」ケペトが微笑む。


「そう。甘いものを食べると、あの子の優しさを思い出すのよ」


ラーの失敗談

「ネフティスにもそんな過去があったのか」

ラーが感心する。


「ラー様はどうなんですか?」

アケムが尋ねる。


「何か思い出の食べ物とか」


「私は…」

ラーが困った顔をする。


「実は、昔一度だけ人間の食べ物を食べたことがある」


「本当?」


「ああ。若い頃、人間に化けて街を歩いていた時に」


「人間に化けて?」

ハトホルが興味深そうに聞く。


「神々の義務として、時々人間界の様子を見に行くんだ。その時、小さなパン屋の前で倒れてしまった」


「倒れた?」


「人間の体は、光だけでは栄養が足りないことを知らなくてな」

みんながくすくす笑い始める。


「それで?」


「パン屋の老夫婦が介抱してくれて、温かいスープとパンをくれた」


「どうでした?」


「それが…」

ラーが照れくさそうに言う。


「とても美味しくて、感動してしまった」


「感動?」


「ああ。食べ物がこんなに心を温めるものだとは思わなかった。でも…」


「でも?」


「感動しすぎて、つい光を放ってしまい、正体がバレてしまった」

みんなが爆笑した。


「それは大変でしたね」

ケペトが笑いながら言う。


「老夫婦は驚いたが、『神様でも人間でも、お腹が空けば同じ』と言って、また食事を出してくれた」


「素敵な夫婦ですね」


「ああ。今でも時々、あの温かさを思い出す」


愛の精霊の提案

「それじゃあ」

愛の精霊が光りながら提案する。


「今日はその思い出のスープとパンを作りませんか?」


「いいですね」

イシスが賛成する。


「でも、レシピが分からないわ」

ハトホルが困る。


「大丈夫」

ラーが言う。


「あの老夫婦、実はまだ生きているんだ」


「え?本当?」


「ああ。神の恩恵で長生きしている。会いに行ってみるか?」


「ぜひ!」

みんなが声を揃える。


街への小旅行

「でも、神々がぞろぞろ行ったら驚かれませんか?」

アケムが心配する。


「確かに」

ケペトが考える。


「みんなで人間の姿になりましょうか?」


「人間の姿?」


「はい。変装です」


「面白そうだな」

セトが乗り気になる。


「私、人間の服装に興味があったの」

ハトホルが目を輝かせる。

こうして、神々が人間に変装することになった。


「うーん、どうだ?」

セトが人間の服を着て現れる。


「セト、それ服の前後ろが逆よ」

イシスが指摘する。


「え?どっちが前だ?」


「こっちです」

ケペトが直してあげる。


「人間の服は複雑だな」


「複雑っていうほどでも…」

アケムが苦笑いする。

ハトホルは鮮やかな布を体に巻きつけて現れた。


「どう?」


「ハトホル、それはカーテンよ」

ネフティスがため息をつく。


「え?でも綺麗じゃない」


「綺麗だけど、服じゃないの」


変装完了

結局、イシスとケペトが神々の着付けを手伝うことになった。


「はい、完成」イシスが満足そうに言う。

変装した神々を見ると、確かに人間に見える。ただし、とても美しい人間だった。


「これなら大丈夫でしょう」

ケペトが言う。


「でも、話し方に気をつけないと」

アケムが注意する。


「話し方?」

ラーが聞く。


「『余は』とか『である』とか言わないでください」


「なるほど。気をつけよう…気をつける」


「あと」

ネフティスが付け加える。


「あまり神々しいことは言わない方がいいわね」


「神々しいこと?」


「『汝ら人間よ』とか」


「そんなこと言うか?」

セトが笑う。


「セトは大丈夫だと思うけど、ラーが心配」

ハトホルが言う。


「私は大丈夫だ…大丈夫です」

ラーが慣れない敬語で答える。


パン屋への道

街に出ると、案の定、変装した神々は注目を集めた。


「あの人たち、綺麗ですね」


「特に金髪の女性」


「男性も素敵」

道行く人々が振り返る。


「やっぱり目立ちますね」

ケペトが困った。


「美しすぎるのも考えものだな」

セトが苦笑いする。


「仕方ないわ」

イシスが諦める。


「神の美しさは隠せないもの」


「でも、これくらいなら大丈夫でしょう」

ハトホルが楽観的に言う。

パン屋は街の商業地区にあった。小さいが清潔で、とても良い香りがしている。


「ここです」

ラーが立ち止まる。


「本当に小さなお店ですね」

ケペトが感心する。


「でも、とても温かい感じがします」

アケムが言う。


老夫婦との再会

店に入ると、白髪の老夫婦が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ」

ラーが一歩前に出る。


「あの…昔、お世話になった者です」

老夫婦がラーの顔をじっと見つめる。


「もしかして…」

おじいさんが驚く。


「光の…」

おばあさんが手を口に当てる。


「はい」

ラーが微笑む。


「また、あの美味しいスープとパンをいただけないでしょうか」


「まあ!」

おばあさんが嬉しそうに手を叩く。


「本当にあの時の!でも、お若いままで」


「神様ですから」

ラーが照れながら答える。


「お友達もいらっしゃるのね」

おじいさんがみんなを見る。


「はい。大切な仲間たちです」


「まあ、皆さん美しい方ばかり」

おばあさんが感心する。


「神様のお友達なら、神様なのかしら?」

みんなが少し慌てる。


「あの…」

ケペトが言いかけた時、


「まあ、どちらでもいいわ」

おばあさんが笑う。


「大切なのは、良い人かどうかよ」


料理教室開始

「それでは、一緒に作りましょう」

おばあさんが提案してくれた。


「一緒に?」


「はい。作り方を教えて差し上げます」


「ありがとうございます」

みんなが喜ぶ。

厨房は小さかったが、みんなで工夫して入った。


「まず、野菜を切りますよ」

おばあさんが説明する。


「野菜を切る…」

ラーが包丁を握る。


「ちょっと待って」

セトが止める。


「その握り方だと危険だ」


「え?」


「こう持つんだ」

セトが手を添えて教える。


「セト、料理できるの?」

ハトホルが驚く。


「昔、一人暮らしが長かったからな」


「一人暮らし?」


「ああ。他の神々と合わなくて、しばらく人間界で暮らしてた」


「そうだったんですか」

ケペトが興味深そうに聞く。


「その時、生きるために料理を覚えた」


「セトさんにもそんな時代があったのね」

おばあさんが微笑む。


みんなで料理

料理が始まると、それぞれの個性が出た。

ネフティスは几帳面に野菜を同じ大きさに切る。


「ネフティス、完璧すぎる」

ハトホルが感心する。


「料理も学問の一つよ。正確性が大切」

一方、ハトホルは自由奔放に料理している。


「ハトホル、それは入れすぎじゃない?」

イシスが心配する。


「大丈夫よ。音楽と同じで、感性が大切なの」


「感性って言っても…」

イシスは手際よく、でも丁寧に作業を進める。


「さすがイシス様」

おばあさんが感心する。


「普段から料理をしていらっしゃるのね」


「はい。みんなの食事を作るのが好きなんです」

ラーは恐る恐る作業している。


「これで大丈夫でしょうか?」


「上手ですよ」

ケペトが励ます。


「本当に?」


「はい。愛情がこもってます」


意外な才能

一番驚いたのは、アポピスだった。


「アポピス、上手ですね」

アケムが感心する。


「昔、長い時間を過ごすために、色々なことを覚えたんだ」


「色々なこと?」


「料理もその一つ。時間を潰すには最適だった」


「時間を潰すって…」

ハトホルが笑う。


「まあ、それはそれで良い理由よね」

愛の精霊は、みんなの周りを飛び回って応援している。


「頑張って!」


「美味しくなーれ」


「愛の精霊が応援してくれると、料理も楽しくなりますね」

ケペトが微笑む。


スープの完成

ついに、思い出のスープとパンが完成した。


「いい香りですね」

アケムが感心する。


「見た目も美味しそう」

ネベト王女も駆けつけていた。


「ネベト様、いつの間に?」


「噂を聞いて。神々の料理教室なんて、見逃せないでしょう?」

みんなでテーブルを囲む。


「それでは、いただきます」

最初の一口を食べた瞬間、みんなの顔がほころんだ。


「美味しい」ラーが感動する。


「本当に温かい味がします」

ケペトが言う。


「作る楽しさと食べる楽しさ、両方味わえました」

ハトホルが満足そうに言う。


老夫婦の感謝

「皆さんにそう言っていただけて、嬉しいです」

おじいさんが微笑む。


「私たちこそ、ありがとうございました」

ケペトが頭を下げる。


「いえいえ。久しぶりにこんなに賑やかで楽しい時間を過ごせました」

おばあさんが嬉しそうに言う。


「お孫さんとかはいらっしゃらないんですか?」

イシスが聞く。


「残念ながら、子供に恵まれなくて」

おじいさんが少し寂しそうに答える。


「でも、お客様が家族のようなものです」

おばあさんが明るく続ける。

その時、ケペトが何かを感じた。


「あの…もしよろしければ」


「何でしょう?」


「私たち、時々お邪魔させていただけませんか?料理を教えていただきながら」


「まあ、それは嬉しい」

おばあさんの顔が輝く。


「本当に?」

おじいさんも嬉しそうだ。


「はい。私たちも、お二人みたいな家族が欲しいんです」


新しい絆

こうして、神々と老夫婦の新しい絆が生まれた。

帰り道、みんなが満足そうだった。


「今日は良い一日でしたね」

ケペトが言う。


「ああ。料理の楽しさも、家族の温かさも学べた」

ラーが満足そうに答える。


「お二人、とても素敵でしたね」

ハトホルが言う。


「そうね。愛情深くて、温かくて」

イシスが同意する。


「でも」

セトが考える。


「俺たちにできることはないかな?」


「できること?」


「あの夫婦への恩返し」


「そうですね」

ケペトが考える。


「何かお手伝いできることがあれば…」

その時、愛の精霊が提案した。


「あ、私、いいこと思いついた」


「何?」


「パン屋さんを有名にするのはどう?」


「有名に?」


「はい。美味しいパンとスープの店として」


「それはいいアイデアですね」

ネベトが賛成する。


「私が王宮の人たちに宣伝しましょうか?」


「それは助かりますが…」

ケペトが考える。


「でも、急に有名になりすぎても大変かもしれません」


「そうですね」

アケムが同意する。


「ゆっくりと、自然に広まる方がいいかも」


小さな奇跡

「それなら」

ラーが提案する。


「私たちが定期的に通って、自然と評判を広めるのはどうだろう?」


「いいですね」

みんなが賛成する。


「月に一度くらい、料理教室をお願いして」


「そして、その都度、違う人を連れて行く」


「自然と口コミで広まりますね」

こうして、小さな計画が始まった。

神々による、ささやかな恩返し。

派手な奇跡ではなく、日常の中の小さな幸せを積み重ねる奇跡。


「今日は本当に勉強になりました」

ケペトが振り返る。


「私も」

ラーが微笑む。


「美味しいものを分け合う喜び、一緒に作る楽しさ、そして家族のような温かさ」


「全部、愛の形ですね」

ハトホルが言う。


「そうですね」

ケペトが頷く。


「大きな愛も、小さな愛も、どちらも大切です」

神殿に帰る頃には、すっかり夕方になっていた。


今日という一日が、みんなにとって特別な思い出になったことは間違いなかった。

明日からまた、新しい日常が始まる。

でも、今日学んだことを胸に、きっともっと豊かな日々になるだろう。

そんな予感を抱きながら、一行は温かい気持ちで家路についた。


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