6章18話 未来への誓い
メソポタミアからテーベへの帰り道。
アポピスの背中で雲の上を飛びながら、一行は充実した気持ちに満たされていた。
「今回も勉強になったわね」
イシスが雲を見下ろしながら言う。
「そうですね」
ケペトが微笑む。
「愛と時間について、新しい発見がありました」
「クロノス様も良い方でしたね」
ハトホルが振り返る。
確かに、クロノスは最後まで見送ってくれた。
「また会いましょう」
と約束して。
「でも」
アケムが少し心配そうに言う。
「僕たち、また新しい仲間が増えましたね」
「嬉しいことじゃないか」
セトが笑う。
「もちろん嬉しいです。でも、これからどうなるんでしょう」
「どうなるって?」
「僕たちのチームが、どんどん大きくなって…」
変化への不安
「アケム君は何か心配なの?」
ケペトが優しく聞く。
「心配というか…」
アケムが言葉を選ぶ。
「最初は僕とケペト、二人だけだったのに」
「うん」
「それが神々の皆さんと仲良くなって、今度は時の神様まで…僕、置いていかれるんじゃないかと」
みんなが驚いた。
「何を言ってるの」
イシスが呆れたように言う。
「アケムがいなかったら、ケペトはここまで成長できなかったのよ」
「そうだぞ」
セトが同意する。
「お前のサポートがあったからこそだ」
「でも…」
「アケム君」
ケペトが手を取る。
「私にとって、あなたは特別な存在です」
「特別?」
「はい。神々の皆さんは大切な仲間だけど、アケム君は…」
ケペトが頬を染める。
「恋人ですから」
愛の確認
アケムの表情が明るくなった。
「そうですね。僕も、ケペトは特別です」
「ありがとう」
「でも、これからもっと大変なことが起こるかもしれません」
「大変なこと?」
「ケペトの力は、どんどん強くなってます。きっと、もっと大きな問題を解決することになる」
「そうかもしれませんね」
「その時、僕は役に立てるでしょうか」
ケペトは迷わず答えた。
「役に立つとか、そういうことじゃありません。アケム君がいてくれるだけで、私は頑張れます」
「ケペト…」
「愛は、実用的なものじゃないでしょう?」
「実用的?」
「はい。役に立つから愛するんじゃなくて、愛するから一緒にいたいんです」
アケムは安心した。
「そうですね。僕も、ケペトの役に立ちたいから付き合ってるわけじゃない」
「どうして?」
「ケペトといると、幸せだからです」
テーベへの帰還
夕方、テーベの街が見えてきた。
「ただいま!」
愛ちゃんが元気よく言う。
「おかえり」
と言ってくれる人はいないが、街の花々が風で揺れて、歓迎してくれているようだった。
神殿に着くと、アケトが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。ご苦労様でした」
「ただいま戻りました」
ケペトが挨拶する。
「うまくいったようですね。メソポタミアから感謝の手紙が届いています」
「手紙?」
「はい。『時の流れが戻り、人々が幸せに暮らしています』と」
「良かった」
みんなが安堵した。
「それから」
アケトが続ける。
「王宮からもお呼びがかかっています」
「王宮から?」
「はい。ネベト様が、ぜひお話を聞きたいと」
王宮での報告
翌日、王宮でネベト王女に会った。
「お疲れ様でした」
ネベトが温かく迎えてくれる。
「メソポタミアでの活躍、素晴らしかったそうですね」
「ありがとうございます」
「時の神クロノスと友達になったって本当?」
「はい」
ケペトが微笑む。
「とても優しい方でした」
「すごいなあ」
ネベトが感心する。
「神々と友達になるなんて、普通じゃできないわよ」
「ネベト様だって、私たちと友達になってくださったじゃないですか」
「それは…私が変わってるからかも」
ネベトが笑う。
「変わってるんじゃなくて、心が広いんです」
「ありがとう」
そして、ネベトが真剣な表情になった。
「実は、お話があるの」
新たな提案
「実は、父上にあなたたちの活動を報告したの」
「王様に?」
みんなが緊張する。
「大丈夫」
ネベトが手を振る。
「父上、とても感心していました」
「感心?」
「はい。『そのような素晴らしい活動を、王宮としても支援すべきだ』って」
「支援?」
「正式に、王宮公認の活動にしたいんです」
みんなが驚いた。
「王宮公認?」
ケペトが困惑する。
「はい。予算もつけて、もっと大きな規模で愛と調和を広める活動を」
「でも、私たちは別に大きなことをしたいわけじゃ…」
「分かってます」
ネベトが微笑む。
「あなたたちらしく、自然にやってください」
「自然に?」
「はい。ただ、困った時に王宮がサポートするというだけです」
みんなでの相談
その夜、神殿でみんなで話し合った。
「王宮公認かあ」
セトが腕組みする。
「悪い話じゃないな」
「でも、なんだか大げさな気がして」
ケペトが不安そうに言う。
「確かに」
ハトホルが同意する。
「私たちは普通に、音楽を楽しんでるだけなのに」
「でも」
イシスが考える。
「もっと多くの人に愛と調和を伝えられるかもしれない」
「それはそうですね」
ラーが頷く。
「アケム君はどう思う?」
ケペトがアケムに聞く。
「僕は、ケペトが決めることだと思います」
「私が?」
「はい。愛の調停者はケペトですから」
「でも、みんなのチームだから、みんなで決めたいです」
その時、愛の精霊が口を開いた。
「私、思うんですけど」
「何?」
「形は変わっても、心は変わらないと思います」
「心は変わらない?」
「はい。私たち、最初から愛と調和を大切にしてきました。それは、王宮公認になっても変わらないと思います」
決断
「愛の精霊の言う通りね」
イシスが微笑む。
「私たちは私たちらしく、やればいいのよ」
「そうだな」セトが頷く。「形より中身だ」
「それじゃあ」
ケペトが決意する。
「王宮の提案、受けてみましょう」
「本当に?」
「はい。でも、条件があります」
「条件?」
「今まで通り、自然に、みんなで楽しくやることです」
みんなが笑った。
「それなら大丈夫だな」
「問題ないわ」
新しいスタート
数日後、正式に「愛と調和推進会」という名前で、王宮公認の活動が始まった。
とはいえ、やることは今までと変わらない。
心の調和会も、いつも通り王宮の庭園で開催された。
「今日は記念すべき第一回目ですね」
ネベトが嬉しそうに言う。
「でも、いつもと同じです」
ケペトが笑う。
「それがいいのよ」
参加者も、いつものメンバーだった。
「おめでとうございます」
ミラが拍手する。
「王宮公認だなんて、すごいです」
「でも、私たちは私たちですから」
ケペトが答える。
「変わらず、みんなで音楽を楽しみましょう」
新しい参加者
ところが、その日はいつもと違うことがあった。
「あの、参加させていただきたいのですが」
現れたのは、見知らぬ若い男性だった。
「もちろんです」
ケペトが微笑む。
「どちらから?」
「隣国のリビアから来ました。噂を聞いて、ぜひ参加したいと思って」
「噂?」
「愛と調和の音楽会があるって」
みんなが驚いた。もう他国にまで噂が広がっているのだ。
「歓迎します」
ハトホルが手を叩く。
「今日は、みんなで楽しい時間を過ごしましょう」
音楽を通じた交流
その日の調和会は、いつも以上に盛り上がった。
リビアの青年が持参した楽器は、テーベでは見たことのないものだった。
「これは『リュート』という楽器です」
「素敵な音色ですね」
「リビアでは、恋人に愛を伝える時に使うんです」
「恋人に?」
ケペトが興味を示す。
「はい。歌詞をつけて、愛の歌を歌います」
「素敵ですね」
「ケペトさんも、恋人がいるんですよね?」
「はい」
ケペトが頬を染める。
「良かったら、愛の歌を歌ってみませんか?」
愛の歌
「愛の歌?」
ケペトが困惑する。
「はい。リビアの伝統で、愛する人への想いを歌にするんです」
「でも、歌詞が…」
「即興でいいんです。心のままに」
アケムが励ました。
「やってみて、ケペト。きっと素敵な歌になる」
「でも、恥ずかしいです」
「大丈夫」
ハトホルが微笑む。
「私も一緒に歌うから」
「みんなも?」
「もちろん」
イシスが頷く。
こうして、即興の愛の歌が始まった。
最初はケペトの小さな声だった。
「アケム君と出会って…私の世界が変わりました」
音楽が始まる。
「毎日が輝いて見えて…一緒にいると幸せで」
だんだんと声が大きくなる。
「この気持ちが…愛というものなら」
みんなも歌に加わる。
「私たちは…永遠に一緒にいたい」
感動の瞬間
歌が終わると、会場は静寂に包まれた。
そして、大きな拍手が起こった。
「素晴らしい」
リビアの青年が感動する。
「本当の愛を感じました」
アケムの目にも涙が浮かんでいた。
「ケペト…」
「恥ずかしいです」
ケペトが顔を隠す。
「でも、本当の気持ちだから」
「ありがとう」
アケムが手を握る。
「僕も、ケペトと永遠に一緒にいたい」
その時、空に虹がかかった。
「虹だ」
「綺麗」
まるで、二人の愛を祝福するかのような美しい虹だった。
未来への誓い
調和会が終わった後、ケペトとアケムは二人で庭園を散歩していた。
「今日の歌、本当に良かったです」
アケムが言う。
「恥ずかしかったです」
「でも、ケペトの気持ちがよく分かって、嬉しかった」
「アケム君も、同じ気持ちだって分かって安心しました」
二人は池のほとりのベンチに座った。
「ケペト」
アケムが真剣な表情になる。
「はい?」
「僕たち、これからどうなるんでしょうね」
「どうなるって?」
「ケペトの力は、どんどん強くなってます。きっと、もっと大きな使命が待ってる」
「そうかもしれませんね」
「その時でも、僕たちは一緒にいられるでしょうか」
ケペトは迷わず答えた。
「もちろんです」
「本当に?」
「はい。どんなことが起こっても、アケム君とは一緒にいたいです」
「僕もです」
二人は手を繋いで、星空を見上げた。
仲間たちの未来
神殿では、神々たちが今後のことを話し合っていた。
「ケペトの力、本当に強くなったわね」
イシスが言う。
「ああ。もう私たちが教えることは少なくなった」
ラーが微笑む。
「寂しいような、誇らしいような」
ハトホルが複雑な表情をする。
「でも」
セトが言う。
「俺たちも成長してるんじゃないか?」
「成長?」
「ああ。ケペトのおかげで、愛について学んだ」
「そうね」
ネフティスが頷く。
「愛の精霊だって、仲間になったし」
「私も、もっと愛について学びたいです」
愛の精霊が輝く。
「それじゃあ」
イシスが提案する。
「これからも、みんなで一緒に成長していきましょう」
「そうだな」
みんなが同意した。
新たな始まり
翌朝、ケペトは早起きして庭園で花の世話をしていた。
「おはよう、ケペト」
振り向くと、神々の皆さんが集まってきていた。
「おはようございます」
「今日も良い一日になりそうね」
イシスが微笑む。
「はい」
「ところで」
ハトホルが言う。
「今度、どこか遠くに行く予定はある?」
「今のところは…」
「それなら」
セトが提案する。
「たまには、のんびり過ごそうじゃないか」
「のんびり?」
「そうだ。冒険もいいが、平和な日常も大切だ」
「そうですね」
ケペトが微笑む。
「平和な日常も、とても大切です」
その時、アケムがやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、アケム君」
「今日は何をしましょうか?」
「そうですね…」
ケペトが考える。
「今日は、みんなで普通の一日を過ごしませんか?」
「普通の一日?」
「はい。特別なことは何もしないで、ただみんなで時間を過ごす」
「それも良いですね」
こうして、愛の調停者ケペトの新しい日常が始まった。
王宮公認の活動となり、より多くの人に愛と調和を伝える機会は増えた。
でも、変わらないものもある。
仲間たちとの温かい絆。
アケムとの深い愛情。
そして、一瞬一瞬を大切にする心。
クロノスから学んだように、愛は時と共に育つもの。
急ぐ必要はない。
ゆっくりと、確実に、愛と調和の輪を広げていけばいい。
そんな思いを胸に、ケペトは今日という新しい一日を、大切な人たちと一緒に歩んでいくのだった。