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6章16話 時を超える愛


ヌビアでの出来事から一ヶ月。

テーベの街は以前にも増して平和で活気に満ちていた。心の調和会も定期的に開催され、今では他の都市からも見学者が訪れるほど有名になっていた。


「ケペトちゃん、今朝もお疲れ様」

イシスが朝食を準備しながら声をかける。


「おはようございます。今日も良い一日になりそうですね」

ケペトは窓の外を見ながら微笑んだ。

庭園では愛の精霊(元憎しみの精霊)の愛ちゃんが花たちと楽しそうに遊んでいる。


「ねえねえ、ケペト様」

愛ちゃんが光る玉の姿で飛んできた。


「今日は何か特別なことがありそうな予感がします」


「特別なこと?」


「はい!なんだかワクワクするんです」


「そうね」

アポピスが人間の姿で現れた。


「私も何か変化を感じる。良い変化だが」

その時、神殿の入り口から慌ただしい足音が聞こえてきた。


謎の来訪者

「すみません、お邪魔します!」

現れたのは、見たことのない若い女性だった。長い黒髪に青い瞳、エキゾチックな服装をしている。


「あの、どちら様でしょうか?」

ケペトが尋ねる。


「私はサラ。遠い北の国、メソポタミアから来ました」


「メソポタミア?」

みんなが驚く。


「はい。私たちの国でも、ケペト様の噂を聞いて…ぜひお会いしたいと思って」


「噂って…」


「愛の調停者として、数々の奇跡を起こされているという」

ケペトは困った顔をした。


「奇跡だなんて…私はただ、みんなと一緒に…」


「謙遜されないでください」サラが真剣な表情になる。「実は、お願いがあって参りました」


サラの依頼

神殿の奥で、サラは事情を説明し始めた。


「私の故郷で、とても困ったことが起こっているんです」


「困ったこと?」

ハトホルが心配そうに聞く。


「時の流れが狂い始めているんです」


「時の流れ?」

ネフティスが興味深そうに身を乗り出す。


「はい。ある日突然、町の一部で時間が止まったり、逆に流れたりするようになって」

みんなが驚いた。


「時間が止まる?」

セトが眉をひそめる。


「はい。朝のはずなのに夕方になったり、昨日に戻ったり…人々は混乱して、とても困っています」


「それは確かに大変ね」

ラーが心配そうに言う。


「原因は分かってるの?」

イシスが尋ねる。


「実は…」

サラが躊躇する。


「時の神クロノスが怒っているという噂があります」


「クロノス?」

アポピスが反応する。


「あの古い神が?」


「ご存知なんですか?」


「ああ、昔からいる神だ。時間を司る…確かに機嫌を損ねると面倒なことになる」


時の神の怒り

「どうしてクロノスが怒っているんでしょう?」

ケペトが心配そうに聞く。


「それが…」

サラが困った顔をする。


「誰も理由が分からないんです」


「理由が分からない?」


「はい。ある日突然、空から雷のような声が響いて『時の流れを乱すな』って言ったきり…」


「時の流れを乱すって、何を?」


「分からないんです。普通に生活していただけなのに」

その時、ネフティスが本をパラパラとめくりながら言った。


「クロノスについて調べてみるわ。確か古い文献に…」


「私も手伝うよ」

愛の精霊が申し出る。


「図書館なら隅々まで知ってます」


「ありがとう」


「でも」

ケペトが不安そうに言う。


「時の神様なんて、私に何ができるでしょうか」


「大丈夫よ」

イシスが励ます。


「あなたの愛の力なら、きっと」


「そうだ」

アポピスが頷く。


「君は憎しみの精霊も愛で変えた。時の神だって、きっと話せばわかってくれる」


出発の決意

「それじゃあ」

ケペトが決意を固める。


「メソポタミアに行ってみます」


「私たちも一緒に行くわ」

ラーが立ち上がる。


「でも、遠い国の問題に…」


「関係ないわ」

ハトホルが笑顔で言う。


「困っている人がいるなら、助けるのは当然でしょう?」


「それに」

セトが付け加える。


「時の流れが狂うなんて、放っておけない」


「みんな…」

ケペトの目に涙が浮かんだ。


「じゃあ、準備しましょう」

イシスが手を叩く。


「待って」

サラが慌てて言う。


「実は、もう一つお伝えしていないことが…」


「何?」


「メソポタミアまでは、普通に行くと一ヶ月かかります。でも、時の流れが乱れているせいで、もっと時間がかかるかもしれません」


「一ヶ月…」


「でも大丈夫」

アポピスが自信ありげに言う。


「私が龍の姿で飛べば、数日で着く」


「本当ですか?」

サラが驚く。


「ああ。空の旅なら任せろ」


旅の準備

その日の午後は、旅の準備に追われた。

「メソポタミアは砂漠地帯もあるから、水は多めに持って行きましょう」

イシスが準備リストを作る。


「楽器も持って行く?」

ハトホルが聞く。


「もちろん」

ケペトが答える。


「音楽は万国共通ですから」


「そうね。心の調和会ができるかもしれない」

一方、ネフティスと愛の精霊は図書館で調査を続けていた。


「見つけた!」

ネフティスが古い巻物を広げる。


「何が書いてあるんですか?」

愛の精霊が興味深そうに見る。


「クロノスについてよ。『時の神クロノスは、時の流れの調和を最も重んじる。しかし、真の愛に触れたとき、永遠を願う心を理解する』って」


「真の愛?」


「そう。どうやらクロノスは、愛について何か特別な想いがあるみたい」


アケムとの別れ

夜になって、ケペトはアケムと二人で話していた。

「また遠くに行ってしまうんですね」

アケムが寂しそうに言う。


「ごめんなさい…でも、困っている人たちを放っておけなくて」


「分かってます。それがケペトの優しさですから」


「アケム…」


「でも、心配です。時の神なんて、想像もつかない」


「大丈夫です。みんなが一緒だから」

アケムは少し考えてから言った。


「実は、僕も一緒に行きたいんです」


「え?」


「ケペトを一人で行かせるのは心配だし、僕にも何かできることがあるかもしれない」

ケペトは嬉しかった。でも、同時に心配でもあった。


「でも、危険かもしれません」


「危険だからこそ、一緒にいたいんです」


「アケム…」


「それに」

アケムが微笑む。


「僕たちは恋人でしょう?大切な人を支えるのは当然です」

ケペトは頷いた。


「分かりました。一緒に行きましょう」


出発の朝

翌朝、神殿の中庭にアポピスが龍の姿で待っていた。


「準備はいいか?」


「はい」

みんなが答える。

サラも一緒だった。案内役として同行することになった。


「それでは、出発しましょう」

ケペトが言う。


龍の背中に乗ると、アポピスが空に舞い上がった。


「わあ!」

初めて空を飛ぶサラが興奮する。


「怖くないか?」

アポピスが気遣う。


「大丈夫です!むしろ爽快です」

テーベの街が小さくなっていく。街の人たちが手を振っているのが見えた。


「行ってらっしゃい!」


「気をつけて!」

声援を受けて、一行は北に向かって飛んでいく。


空の旅

「メソポタミアってどんな国なんですか?」

ケペトがサラに聞く。


「エジプトとは少し違いますね。大きな川が二本流れていて、その間に都市がたくさんあります」


「大きな川?」


「ティグリス川とユーフラテス川です。とても美しい場所ですよ」


「楽しみです」


「でも今は…」

サラの表情が曇る。


「時の流れが乱れて、みんな困ってるんです」


「大丈夫」

イシスが励ます。


「きっと解決できるわ」


「そうですね」

サラが少し明るくなる。


「ケペト様たちとなら、きっと」

空の旅は順調だった。昼食も空の上で取った。


「空で食べるお弁当って、美味しいですね」

ハトホルが楽しそうに言う。


「高いところは気持ちがいいな」

セトも上機嫌だった。


異変の兆候

しかし、メソポタミアに近づくにつれて、異変を感じるようになった。


「何だか変ですね」

ケペトが首をかしげる。


「空気が歪んで見える」

アケムが指差す。

確かに、前方の空間が揺らめいているように見える。


「時空の歪みだ」

アポピスが説明する。


「クロノスの影響が強い地域に入ったんだ」


「大丈夫?」


「ああ、でも気をつけろ。この先は時の流れが不安定だ」

実際、飛行しているうちに不思議な現象が起こった。

さっきまで昼だったのに、急に夕方になったり、雲の動きが逆向きになったりした。


「うわあ、本当に時間が狂ってる」

ハトホルが驚く。


「これは確かに生活が大変そうね」

イシスが心配そうに言う。


メソポタミアに到着

夕方のはずに、メソポタミアの首都バビロンに到着した。

しかし、街の様子は異常だった。

一部の建物は朝の光に照らされ、別の部分は夜の闇に包まれている。

人々は混乱していて、街を歩く人の動きもバラバラだった。


「ひどい状況ね」

ラーが呟く。


「はい」

サラが悲しそうに答える。


「私が旅立った時より、もっと悪くなってる」

アポピスが人間の姿に戻ると、一行は街に降り立った。


「あ、サラさん!」

一人の男性が駆け寄ってきた。


「ダニエルさん!」

サラが手を振る。


「無事でしたか?」


「なんとか。でも、昨日なのか今日なのかも分からない状態で…」


「こちらがエジプトから来てくださった神々と、愛の調停者のケペト様です」


「おお!」

ダニエルが深々と頭を下げる。


「遠いところをありがとうございます」


街の状況

ダニエルに案内されて、街を見て回った。


「この区域は朝のままなんです」

ダニエルが説明する。


「三日前から太陽が昇ったまま」


「あちらは?」

ケペトが別の方向を指差す。


「あちらは逆に夜のまま。星が動かないんです」


「大変ですね…」


「商売も成り立たないし、農作業もできない。このままでは…」

確かに、パン屋は朝の区域でしか営業できず、夜警は夜の区域に集中していた。


「時間がバラバラだと、みんなで集まることもできないのね」

イシスが気づく。


「そうなんです。家族でも、住んでる場所によって時間が違うから」


「それは辛いですね」

ケペトが同情する。


クロノスの居場所

「クロノス様はどこにいらっしゃるんですか?」

アケムが尋ねる。


「街の中央にある時の神殿です」

ダニエルが答える。


「時の神殿?」


「はい。クロノス様が住んでいる神殿です。でも、近づくと時の流れがさらに乱れるので、誰も近寄れません」


「どのくらい乱れるんですか?」


「一歩歩くのに一時間かかったり、逆に一瞬で一日過ぎたり」


「それは確かに危険ね」

ネフティスが心配そうに言う。


「でも、会わないことには解決しません」

ケペトが決意を固める。


「ケペト…」

アケムが心配そうに見る。


「大丈夫です。みんなで一緒なら」

その時、空から低い声が響いた。


「誰だ…私の領域に足を踏み入れたのは」


クロノスの声

雷のような声に、街の人々が身を寄せ合った。


「クロノス様の声…」

ダニエルが震える。


「時の流れを乱す者たちよ…立ち去れ」

声はどこから来るのか分からなかった。空全体から響いているようだった。


「クロノス様」

ケペトが勇気を出して声をかける。


「何者だ?」


「私はケペト。エジプトから来ました。お話があります」


「話?」

クロノスの声が少し興味を示す。


「はい。街の皆さんが困っています。時の流れを元に戻していただけないでしょうか」


「ふん」

クロノスが鼻で笑う。


「時の流れを乱しているのは、お前たちの方だ」


「私たちが?」


「そうだ。お前たちの『愛』とやらが、時の流れを狂わせている」

みんなが驚いた。


「愛が時の流れを?」

イシスが困惑する。


「愛する者は永遠を願う。永遠を願う心が、時の流れを乱すのだ」


愛と時間の関係

「永遠を願う心?」

ケペトが聞き返す。


「そうだ」

クロノスの声が続く。


「愛する者は皆言う。『この時間が永遠に続けばいい』『愛する人とずっと一緒にいたい』と」


「それは…確かに思います」


「その願いが、時の流れを乱している。特に、お前のような強い愛の力を持つ者がいると、影響は甚大だ」

ケペトは驚いた。自分の愛の力が、時の流れを乱す原因だったなんて。


「でも」

アポピスが口を挟む。


「愛することは悪いことじゃない」


「悪い?」

クロノスが笑う。


「善悪の問題ではない。秩序の問題だ」


「秩序?」


「時は流れるものだ。止まってはならない。しかし、愛は時を止めようとする」


ケペトの決意

ケペトは悩んだ。自分の愛の力が、人々を困らせているのだろうか。

でも、愛を諦めることはできない。


「クロノス様」

ケペトが声を上げる。


「何だ?」


「お会いして、直接お話しさせていただけませんか?」


「会う?」

クロノスが驚く。


「はい。きっと、解決方法があると思います」


「面白い」

クロノスの声に興味が混じる。


「では、時の神殿に来るがいい。ただし、覚悟はできているか?」


「覚悟?」


「私に会うということは、時の流れの中に身を置くということだ。一歩間違えば、永遠に迷子になる」

ケペトは迷わず答えた。


「行きます」


「ケペト!」

アケムが慌てる。


「大丈夫」

ケペトが微笑む。


「愛があれば、きっと」


「なら、私たちも一緒に行く」

ラーが立ち上がる。


「いや」

クロノスが言う。


「愛の調停者一人だけだ。他の者が来れば、さらに時が乱れる」


「でも…」


「大丈夫です」

ケペトがみんなを見回す。


「信じて待っていてください」


時の神殿へ

街の中央に向かう道は、確かに異常だった。

一歩進むのに何分もかかったり、逆に気がつくと何十歩も進んでいたり。

しかし、ケペトは諦めなかった。

愛の力で、自分の時間を安定させようとした。

すると、不思議なことに、自分の周りだけは時の流れが正常になった。


「これは…」

ケペトは気づいた。

愛の力は時を乱すだけではない。愛の力で時を安定させることもできるのだ。


「愛と時間は対立するものじゃない…」

呟きながら、ケペトは時の神殿に向かって歩き続けた。

神殿は美しい建物だった。白い大理石でできていて、時計の装飾がいたるところに施されている。

しかし、その時計は全て違う時刻を指していた。


「面白い少女だ」

神殿の奥から、低い声が響いた。


「クロノス様?」


「そうだ。よくここまで来れたな」

声の主が姿を現した。


それは、長い髭を蓄えた老人の姿だった。しかし、その瞳には永遠の時が流れているようで、見ているだけで時の深さを感じた。


「お初にお目にかかります」

ケペトが丁寧にお辞儀をする。


「礼儀正しいな」

クロノスが少し微笑む。


「お話があります」


「話す前に」

クロノスが手を上げる。


「一つ聞きたいことがある」


「はい」


「お前は、愛する者のために時を止めたいと思ったことはないか?」

ケペトは正直に答えた。


「あります」


「やはりな」


「でも」ケペトが続ける。


「今は違います」


「違う?」


「愛は時を止めるものじゃありません。愛は時と共に育つものです」

クロノスの表情が変わった。

そして、物語は大きな転換点を迎えようとしていた。



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