表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

5章15話 永遠の絆


アポピスが仲間に加わってから二週間。

神殿の日常はより賑やかになっていた。今朝も、アポピスが花の水やりに奮闘している姿が見えた。


「アポピス様、少し優しく」

ケペトが笑いながら声をかける。


「難しいな…この力加減というのは」

アポピスが困った顔をする。


「慣れますよ。愛情を込めればきっと」


「愛情か…」

そんな平和な朝だったが、突然ケペトが顔色を変えた。


「あれ?何か変です」


「どうしたの?」

イシスが心配そうに寄ってくる。


「自然の声が…ざわついてます。何か大きなことが起こりそうな気配が…」


異変の予兆

ケペトが集中して自然の声に耳を傾けていると、遠くから鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。

『大変』『急いで』『伝えなきゃ』


「鳥たちが何か伝えに来てます」

ケペトが空を見上げる。


しばらくすると、一羽の鷹が神殿に舞い降りた。


「ケペト様!」

鷹が人間の言葉で話した。


「どうしたの?」


「隣国のヌビアで大変なことが起こっています!」


「大変なこと?」


「国中の人々が憎しみ合って、戦争になりそうなんです!」

みんなが驚いた。


「戦争?」

ラーが眉をひそめる。


「はい。最初は小さな諍いだったのですが、どんどん大きくなって、今では国を二つに分けるほどの対立になっています」


ヌビアの危機

「詳しく教えて」

ネフティスが鷹に尋ねる。


「はい。北の町と南の町の間で、水の使用権を巡って争いが始まりました」


「水の使用権?」


「干ばつで川の水が少なくなって、どちらの町が優先的に使うかで揉めたんです」


「それが戦争まで?」

セトが信じられないという顔をする。


「最初はそれだけでした。でも、話し合いがうまくいかなくて、だんだんお互いを憎むようになって…」


「憎しみが憎しみを呼んだのね」

イシスが悲しそうに言う。


「今では、昔の恨みまで持ち出して、『北の人間は信用できない』『南の連中は嘘つきだ』って言い合ってるんです」

ケペトは胸が痛くなった。


「止めなきゃ」


「でも、ケペト」

ハトホルが心配そうに言う。


「他国のことに、私たちが口を出していいのかしら」


「でも、このままだと多くの人が苦しむことになります」

その時、アポピスが口を開いた。


「行こう」


「アポピス様?」


「私も一緒に行く。君の力を手伝おう」


「でも、危険かもしれません」


「危険?」

アポピスが笑う。


「私は混沌の神だ。争いなど怖くない」


「そういう意味じゃなくて…」


「分かっている」

アポピスが優しく微笑む。


「君が心配しているのは、私が受け入れられるかということだろう」


「はい…」


「大丈夫だ。君がいれば、きっと分かってもらえる」


出発の準備

「それなら、みんなで行きましょう」

ラーが提案した。


「え?みんなで?」


「そうよ。一人では荷が重すぎる。みんなで力を合わせましょう」


「でも…」


「心配いらないわ」

イシスが微笑む。


「私たちはチームでしょう?」


「そうだぞ」

セトが力強く言う。


「仲間を一人で行かせるわけにはいかない」


「皆さん…」

ケペトの目に涙が浮かんだ。


「それじゃあ、準備しましょう」

ハトホルが手を叩く。


「どうやってヌビアに行く?」


「私が運ぼう」

アポピスが提案した。


「龍の姿になれば、みんなを乗せて飛んでいける」


「本当ですか?」


「ああ。久しぶりに龍の姿も悪くない」


アポピスの背中で

アポピスが巨大な龍の姿に戻ると、みんなが背中に乗った。


「わあ、高い!」

ケペトが興奮する。


「怖くないか?」

アポピスが心配する。


「大丈夫です。アポピス様が一緒だから安心です」


「そうか」

アポピスが嬉しそうに声を出す。

空を飛びながら、ケペトはヌビアの状況について考えていた。


「アポピス様」


「何だ?」


「憎しみ合っている人たちを、和解させることはできるでしょうか」


「難しいな」

アポピスが正直に答える。


「憎しみは強い感情だ。一度燃え上がると、なかなか消えない」


「そうですか…」


「でも」

アポピスが続ける。


「君の愛の力なら、可能かもしれない」


「私の力で?」


「ああ。愛は憎しみより強いからな」


ヌビアに到着

ヌビアに着くと、確かに国が二つに分かれているのが分かった。

北の町と南の町の間には、警備兵が立っていて、人々の行き来を制限している。


「ひどい状況ね」

イシスが悲しそうに言う。


「同じ国なのに、まるで敵国みたい」

ハトホルも心を痛めている。


アポピスが人間の姿に戻ると、みんなで北の町に向かった。

町に入ると、人々の表情が暗いことに気づいた。


「いらっしゃいませ」

宿屋の主人が迎えてくれたが、笑顔はなかった。


「この町の雰囲気、とても重いですね」

ケペトが心配そうに言う。


「ああ、南の連中のせいでな」

主人が苦々しく答える。


「南の方々とは、何か問題が?」


「問題?」

主人が眉をひそめる。


「奴らは水を独占しようとしているんだ。話し合いも拒否して」


「話し合いを拒否?」


「そうだ。こっちから歩み寄ろうとしているのに、向こうは頑固で」


南の町での話

翌日、南の町も訪れた。


「いらっしゃい」

こちらの宿屋の主人も暗い表情だった。


「この地域の問題について聞かせていただけませんか?」

ケペトが尋ねる。


「問題って、北の連中のことか?」


「はい」


「あいつらは自分勝手なんだ。水は平等に使うべきなのに、自分たちだけで決めようとする」


「平等に?」


「そうだ。こっちから話し合いを申し込んでるのに、向こうは聞く耳を持たない」

ケペトは困惑した。

北の町でも南の町でも、相手が話し合いを拒否していると言っている。


真実の発見

「おかしいですね」

その夜、宿で仲間たちと話し合った。


「両方とも、相手が話し合いを拒否していると言ってる」

アケムが言う。


「でも、実際は両方とも話し合いたがってるのかも」

ケペトが推測する。


「つまり、誤解?」

ハトホルが聞く。


「かもしれません。何か、間に入って邪魔をしている存在がいるのかも」


「邪魔をしている存在?」

その時、アポピスが口を開いた。


「憎しみの精霊がいるかもしれない」


「憎しみの精霊?」


「ああ。人々の負の感情を食べて成長する精霊だ。争いが続くほど強くなる」


「そんな精霊が…」


「私には感じ取れる」

アポピスが目を閉じる。


「確かにいるな。かなり強くなっている」


憎しみの精霊

翌日、ケペトとアポピスは憎しみの精霊を探しに出かけた。

町の境界近くの森で、それは見つかった。

黒いもやのような姿をした精霊。人々の憎しみを吸って、どんどん大きくなっている。


「あれですね」

ケペトが指差す。


「ああ。あいつが人々の心に憎しみの種を植え付けている」


「どうすればいいでしょう?」


「戦うしかない」

アポピスが言う。


「だが、あの精霊は憎しみでできている。普通の攻撃は効かない」


「じゃあ…」


「愛で対抗するしかない」

ケペトは覚悟を決めた。


「分かりました。やってみます」


愛vs憎しみ

ケペトが憎しみの精霊に近づくと、精霊が気づいた。


「何だ、貴様は」

おぞましい声で言う。


「私はケペト。愛の調停者です」


「愛?」

精霊が笑う。


「そんなものは幻想に過ぎない。この世には憎しみしかない」


「そんなことありません」

ケペトが反論する。


「見ろ」

精霊が町の方を指差す。


「人間たちは憎み合っている。愛など、どこにもない」


「でも、その憎しみは作られたものです」


「作られた?」


「はい。あなたが植え付けた偽の憎しみです」

精霊が怒った。


「黙れ!憎しみこそが真実だ!」

強烈な憎しみの波がケペトに向かってきた。

しかし、ケペトは動じなかった。


「私は、あなたも愛します」


「何?」


「あなたも、きっと寂しかったんですね。一人で、憎しみの中にいて」

精霊が戸惑った。


「寂しい?私が?」


「はい。本当は愛されたかったんでしょう?」


アポピスの支援

その時、アポピスが前に出た。


「精霊よ」


「混沌の神…アポピス?」


「ああ。私はお前の気持ちが分かる」


「私の気持ち?」


「孤独だろう?誰にも理解されず、一人で生きてきた」

精霊の動きが止まった。


「私もそうだった」

アポピスが続ける。


「長い間、憎まれ、恐れられ、一人だった」


「でも…あなたは混沌の神…」


「神でも孤独は辛い。だが、この少女に出会って変わった」

アポピスがケペトを見る。


「愛を知った。愛されることの喜びを知った」


「愛を…」


「お前も変われる。憎しみを手放せば、愛を知ることができる」


浄化の奇跡

ケペトが精霊に向かって手を伸ばした。


「一緒に愛を学びませんか?」

精霊は迷った。長い間、憎しみしか知らなかった。

でも、この少女の目には、本当の愛があった。


「私を…愛してくれるのか?」


「はい」

ケペトが微笑む。


その瞬間、光が精霊を包んだ。

憎しみの黒いもやが消え、小さな光の玉が現れた。


「これが…愛?」

光の玉が震え声で言う。


「はい。温かいでしょう?」


「温かい…初めて感じる温かさ」

精霊は浄化され、愛の精霊に変わったのだった。


町の変化

憎しみの精霊がいなくなると、町の雰囲気が一変した。

人々の心から憎しみが消え、本来の優しさが戻ってきた。


「あれ?私たちは何で争っていたんだろう?」


「水の件?話し合えば解決できるじゃないか」


「そうですね。明日、代表者で会議しましょう」

あっという間に和解が成立した。


感謝の気持ち

「ケペト様、ありがとうございました」

町の人々が深々と頭を下げる。


「いえ、私は何も…」


「あなたがいなければ、私たちは憎み合ったままでした」


「でも、和解したのは皆さんの気持ちです」


「優しい方ですね」

人々がケペトを囲んで感謝の言葉を述べる。

その中には、アポピスへの感謝もあった。


「アポピス様も、ありがとうございました」


「私に?」

アポピスが驚く。


「はい。あなたの優しさも感じました」


アポピスは感動した。恐れられるのではなく、感謝される。

これが愛される喜びなのだと実感した。


帰路

ヌビアでの出来事を終え、一行はテーベに帰ることになった。


「今回も良い経験になったわね」

ラーが満足そうに言う。


「はい。憎しみも愛で変えられることが分かりました」

ケペトが答える。


「君の成長は目覚ましいな」

アポピスが龍の姿で言う。


「アポピス様のおかげです」


「いや、君の愛の力だ」

空を飛びながら、ケペトは今回の出来事を振り返っていた。

憎しみの精霊との対話、アポピスの支援、そして人々の和解。

すべてが愛でつながっていた。


テーベでの歓迎

テーベに帰ると、街の人々が歓迎してくれた。


「お帰りなさい!」


「ヌビアの件、解決したんですってね」

ニュースは既に届いていた。


「皆さんのおかげです」

ケペトが謙遜する。


「ケペト様の愛の力のおかげですよ」


「アポピス様も活躍されたんでしょう?」

アポピスが照れながら答える。


「ケペトの手伝いを少しだけ」


「謙遜されて」

人々が笑う。


その夜、神殿でお疲れ様会をした。


「今回の件で、また新しいことを学んだわね」

イシスが言う。

「憎しみも愛で変えられるということですね」

ケペトが答える。


「そして」

アポピスが続ける。


「愛は一人では難しいが、仲間がいれば可能だということも」


「そうですね」


「私たちはチームよ」

ハトホルが明るく言う。


「最強のチームだな」

セトが胸を張る。

みんなが笑った。


アケムとの時間

会が終わった後、ケペトとアケムは二人で話していた。


「今回も危険だったですね」

アケムが心配そうに言う。


「でも、みんながいたから大丈夫でした」


「ケペトは強くなりましたね」


「強く?」


「はい。最初は戸惑っていたけど、今は自信を持って愛を伝えている」

ケペトは少し考えてから答えた。


「それは、みんなが支えてくれるからです。アケム君も」


「僕も?」


「はい。アケム君がいてくれるから、頑張れます」

アケムは嬉しそうに微笑んだ。


「僕も、ケペトがいるから頑張れます」


「お互い様ですね」


「そうですね」

二人は手を繋いで、星空を見上げた。


新たな力の自覚

翌朝、ケペトは一人で庭園を歩いていた。

花たちが話しかけてくる。


『ケペト様、昨日はお疲れ様でした』

『ヌビアの件、素晴らしかったです』

『私たちも誇らしいです』


「ありがとう」

ケペトが微笑む。

そして、ふと気づいた。

自分の力が、また進化している。

今は人だけでなく、自然、精霊、そしてあらゆる存在と心を通わせることができる。

愛の調停者として、さらに成長している。


「これからも、みんなのために頑張ろう」

ケペトは決意を新たにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ