1章1話 神殿の新人神官さん♪
はじめまして!この度は「神様たちと一緒に愛を紡ぐ」をお読みいただき、ありがとうございます。
<この物語について>
疲れた心に、少しでも温かさを届けたい。
そんな想いから生まれたのが、この物語です。
主人公のケペトは、特別すぎない、普通の女の子。でも、彼女の持つ「愛の力」は、神様たちや街の人々の心を、少しずつ変えていきます。
この作品に登場する神様たちは、威厳ある存在でありながら、どこか人間らしくて愛らしい一面を持っています。料理が下手だったり、恋愛小説が好きだったり、完璧ではないからこそ、愛おしい存在として描きました。
<読んでいただきたい方>
・心がちょっと疲れている方
・優しい物語で癒されたい方
・恋愛も友情も家族愛も、いろんな愛の形を楽しみたい方
・ほのぼのとしたファンタジーがお好きな方
・成長していく登場人物たちを見守りたい方
この物語は全12章構成になっています。1章ずつ、ゆっくりと味わっていただけると嬉しいです。
それでは、ケペトと神様たちの温かい世界を、一緒に旅してみませんか?
古代エジプトの美しい朝日が、白い石造りの神殿群を金色に染めていく。
ナイル川のせせらぎが心地よいメロディーを奏で、色とりどりの花々が朝露に濡れて輝いている。
まるで砂漠の熱を吸い込んだ大地が、夜の間に冷気と湿気を取り戻し、新たな一日を呼吸するかのような、理想的な古代都市テーベの一日が始まろうとしていた。
カルナク神殿複合体の中央にある小さな神殿から、美しい歌声が響いてくる。
「♪今日もお日様ありがとう、みんなが幸せでありますように♪」
歌っているのは、黒髪をサイドポニーテールにまとめた22歳の若い神官、ケペトだった。茶色の瞳をキラキラと輝かせながら、白い神官服に身を包んで朝の祈りを捧げている。
「よし!今日も一日頑張ろう!」
ケペトは両手でガッツポーズを作ると、神殿の清掃を始めた。魔法のほうきを使えば簡単に済むのだが、彼女は手作業での掃除が好きだった。一つ一つ丁寧に埃を払い、花を生け替え、お供え物を整える。その様子は見ているだけで心が温まるような、自然な優しさに満ちていた。
「おはよう♪」
神殿の猫が足元にすり寄ってくる。ケペトは膝をついて、優しく頭を撫でてあげた。
「お腹空いた?ちょっと待ってて、朝ごはん作ってあげるからね」
「にゃーん」と返事をすると、ケペトはくすくすと笑った。
動物たちとの会話は、彼女の日課の一つだった。
先輩との微笑ましいやり取り
「ケペト〜、また動物と話してるやろ?」
関西弁の温かい声が神殿に響く。
振り返ると、茶色の髪を三つ編みにした28歳の先輩神官、アケトが微笑みながら立っていた。
「あ、アケトさん!おはようございます!」
「おはよう。えっと…ケペト、もしかして昨日の夜、お供え物のお団子つまみ食いしてない?」
ケペトの顔がみるみる赤くなる。
「え、えへへ…バレちゃいました?」
「バレバレやで。お供え物が一個足りひんかったもん」
アケトは呆れたような、でも愛情深い表情でケペトを見つめている。
「ごめんなさい!でも、とっても美味しそうで…つい…」
「まったく、あんたは。お腹空いてるなら素直に言えばええのに」
アケトは苦笑いしながら、手に持っていた包みを差し出した。
「はい、朝ごはん。今日は特製サンドイッチ作ってきたで」
「わあ!アケトさんの手作り!ありがとうございます♪」
ケペトの目がキラキラと輝く。アケトの料理は神殿でも評判で、特に忙しい朝のサンドイッチは絶品だった。
「ほんまに食いしん坊やなあ。でも、それも可愛いところやけど」
「えへへ〜」
二人は神殿の小さなテラスに座り、朝食を分け合った。眼下に広がるテーベの街並みは、朝の活気に満ちている。人々の笑い声、商人の呼び声、子どもたちの遊ぶ声が心地よく響いていた。
街の人との交流
朝食を済ませた後、ケペトは街へお使いに出かけた。神殿で使う花や香草を買いに、中央市場へ向かう。
「ケペトちゃん、おはよう!」
花屋のおばさんが手を振って声をかけてくる。
「おはようございます!今日もお花、きれいですね♪」
「ありがとう。今日は特別に、新鮮な蓮の花が入ったのよ。神殿によく似合うと思うわ」
おばさんが見せてくれた蓮の花は、それはそれは美しかった。真っ白な花びらが朝日に透けて、まるで光っているみたいだ。
「わあ、きれい!これください♪」
「まいど〜。ケペトちゃんがいると、街も明るくなるねえ」
市場を歩いていると、あちこちから声をかけられる。パン屋のおじさん、野菜売りのお母さん、子どもたち…みんながケペトを家族のように温かく迎えてくれる。
「ケペト〜!」
振り返ると、7歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。
「リナちゃん、どうしたの?」
「あのね、昨日教えてもらった歌、みんなで歌ったの!すごく楽しかった♪」
「よかった〜。また今度、新しい歌も教えてあげるね」
「ほんと?やったー!」
リナは嬉しそうにスキップしながら去っていく。ケペトは微笑ましそうにその後ろ姿を見送った。
運命的な出会い
市場での買い物を終え、神殿への帰り道。ケペトは両手に花や香草の袋を抱えて、鼻歌を歌いながら歩いていた。
「♪みんな笑顔で〜、今日も楽しく〜♪」
そのとき、角の向こうから急いで走ってきた人影と、
「きゃ〜!」
ぶつかってしまった。
「うわあ!」
ケペトが持っていた袋が飛び散り、相手の男性が抱えていた書類も宙に舞う。
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
ケペトが慌てて立ち上がると、目の前には茶色の短髪に深い青色の瞳をした、とても爽やかな25歳くらいの男性が立っていた。王宮騎士の制服を着ている。
「あ、いえ、こちらこそすみません…って、もしかして怪我はありませんか?」
男性…アケムは、まず散らばった書類よりもケペトの安全を気遣った。その優しさに、ケペトの頬がほんのり赤くなる。
「だ、大丈夫です!でも、書類が…」
二人は急いで散らばった書類と花を拾い集めた。その際、手が触れそうになって、お互いドキッとする。
「あの…神官さんですよね?」
「はい!カルナク神殿のケペトです」
「僕はアケム、王宮騎士をしています。いつもお疲れさまです」
アケムが深々とお辞儀をする。その礼儀正しさに、ケペトはまた胸がドキドキした。
「そんな、かしこまらないでください!」
「でも…」
「あの、もしよろしければ、今度神殿にもいらしてください。みんなでお茶会なんかもやってるんです♪」
ケペトの自然な人懐っこさに、アケムの表情が和らぐ。
「それは…ありがとうございます。ぜひ、お邪魔させていただきたいです」
「やった〜!あ、でも今日は急いでらっしゃるみたいですので…」
「そうなんです。王宮への報告が…でも、本当にお会いできてよかったです」
「私も!それじゃあ、またお会いしましょう♪」
手を振るケペトを見つめながら、アケムは何か特別な感情を抱いているようだった。そして、彼が去った後も、ケペトの胸は不思議な高鳴りを続けていた。
神殿での午後
神殿に戻ったケペトは、まだ少しぼんやりしていた。さっきの王宮騎士…アケムのことが頭から離れない。
「ケペト、なんやぼーっとしとるな?何かええことでもあったん?」
アケトが心配そうに声をかける。
「あ、えっと…その…」
ケペトの顔が真っ赤になる。
「もしかして…男の人?」
「ち、違います!そんなんじゃないです!」
「ほ〜、顔真っ赤やで?」
アケトがにやにやしながらからかう。
「アケトさんのいじわる〜」
ケペトが頬を膨らませると、アケトは優しく笑った。
「まあ、ええ人と出会えたんやったら、それは素敵なことやね」
午後は神殿の庭で、花の手入れをした。新しく買った蓮の花を池に浮かべると、それはそれは美しい光景になった。
「きれい〜♪」
ケペトが見とれていると、また神殿の猫がやってきて足元で甘える。
「白い猫ちゃんも気に入った?そうよね、とってもきれいよね」
でも、よく見ると蓮の花が少し元気がない気がする。いつもならもっと生き生きとしているはずなのに…
「あれ?ちょっと変かな?」
ケペトは首をかしげたが、そのときは特に気にしなかった。
小さな異変の兆し
夕方になって、神殿の仕事を終えたケペト。でも何だか今日は、いつもと少し違う感じがしていた。
太陽の光が、いつもよりも弱い気がする。空の色も、いつもの鮮やかなオレンジ色じゃなくて、少しくすんでいるような…
「気のせいかな?」
神殿の他の神官たちも、何となく首をかしげている。
「なんか今日、変じゃない?」
「そうそう、お花の元気がないっていうか…」
「太陽の光も、なんだか弱いような…」
みんな、はっきりとは言えないけれど、何かが「いつもと違う」ことを感じていた。でも、それがとても深刻なことだとは、まだ誰も思っていなかった。
ケペトも、漠然とした違和感を抱きながら、夕食の準備を始めた。でも、心のどこかで小さな声が聞こえたような気がした。
「…助けて…」
「え?」
振り返っても、誰もいない。
「今の声、誰の?」
ケペトは首をかしげたが、夕食の支度に忙しくて、すぐにその声のことは忘れてしまった。
でも、左手首の奥の方で、何かがほんのりと温かくなったような気がしていた。袖に隠れて見えない場所に、小さな蓮の花の形をした痣があることを、ケペトはまだ知らなかった。