2話:それは桜が舞うが如く②
「美味しいっ、美味しいですよ! ここの料理っ!」
小梅は満面の笑みを浮かべながら、ご飯を頬張る。
箸を忙しく動かし、まるで初めて美味しい料理に出会ったかのような感動した表情を見せていた。
「そんなに美味しいか?」
東雲が微笑ましそうに尋ねると、小梅は勢いよく頷いた。
「はいっ! 魚の煮付けが最高です! 味が染みていて、ご飯が進みます!」
「それはよかった。おーい、誠吾ー、美味しいってさー!」」
厨房のカウンター越しに、誠吾が少し誇らしげに微笑む。
その様子を見ていた椿は、ずっと気になっていたことを口にした。
「あの……せいちゃん……じゃなかった。鬼切さんは、いつからここで働いているのですか?」
「あぁ、誠吾のことかい? 彼は俺がこの部隊に着任したのとほぼ同じ時期に働き始めたはずだから……大体四年前かな」
「えっ!? 四年前!? じゃあ、結構長いんですね……」
椿が驚いていると、隣の小梅がさらに大きな声を上げた。
「隊長おいくつなんですか!? 部隊長になるの早すぎませんか!?」
「こら、小梅! 東雲隊長に失礼でしょ!」
慌てて椿が小梅をたしなめるが、東雲は笑って肩をすくめた。
「いやいや、構わないよ。俺は今年二十二だ。ここの隊長になったのは、前任の隊長が司令官に昇格したからだな。その司令の推薦で任命されただけで、たまたまだよ」
そう話しながら、東雲はゆっくりとご飯を食べ進めた。
「おいおい……」
突然、東雲の背後から別の男の声が響いた。
「難関の装甲士官学校を飛び級で進学し、しかも主席で卒業したお前が ‘たまたま’ で隊長になったとか言うと、嫌味に聞こえるぞ?」
振り向くと、そこには無精ひげを生やした男が立っていた。
作業着姿で、手には工具のようなものを持っている。
「嫌味を言っているつもりはないがな……」
東雲が呆れたように返す。
「隊長、この人は?」
椿が尋ねると、男は胸を張って自己紹介をした。
「俺は佐久間甚兵衛。趣味はからくりを作ったり、弄ったりすることだ!」
「おい、お前の趣味の話はどうでもいいだろ」
東雲が呆れながら説明を補足する。
「こいつはここの技師で、装甲の整備を担当している。装甲のメンテナンスだけじゃなく、日常の機械やからくりの整備もしている」
「まぁ、ただの整備兵ってやつだな。東雲みたいに装甲に乗れないしな」
佐久間は肩をすくめると、ポケットから紙の束を取り出し、椿と小梅に差し出した。
「そうそう、お前たちの装甲が届いたぞ。後で確認してくれや」
「私たちの装甲……!」
椿の胸に緊張が走る。ついに、自分の専用装甲を使う日が来たのだ。
「了解しました! 後で確認します!」
「頼むぜ」
佐久間は軽く手を挙げると、そのまま食堂を後にした。
―― 駐屯所・司令室 ――
「桃枝椿、狛坂小梅、入室いたします!」
食堂を後にし、東雲に案内されながら、二人は司令室の前に立った。
扉の向こうから、重厚な雰囲気が伝わってくる。
「入れ」
低く響く声が返ってきた。
椿と小梅が室内に入ると、そこには白髪の年配の男がデスクの前に座っていた。
精悍な顔つきで、鋭い眼光が二人を見据えている。
「ようこそ、東都第三地区装甲隊へ。私はこの部隊の司令を務める**尾前道治**だ」
「初めまして、司令!」
椿と小梅は背筋を伸ばし、敬礼をする。
「すでに話は聞いているが、お前たちは悪鬼装甲と遭遇したそうだな?」
「はい……」
椿は思わず拳を握りしめる。
「その際、【黒龍】という男とも対面したそうだが……」
司令の目が鋭さを増す。
「……お前たちはどう思った?」
突然の問いに、椿は一瞬言葉を詰まらせたが、やがて静かに答えた。
「……怖かったです。でも、だからこそ——負けたくないと思いました」
その言葉に、司令はゆっくりと頷く。
「そうだな。奴らの使用する悪鬼装甲は勿論だが、剣の腕もかなり高い。並大抵の腕で相手したら簡単に命を落とすぞ。これからも精進する事だな」
「「了解しました!」」
椿と小梅は力強く返事をした。
「まぁ、今日は折角うちで働く事になったんだ。歓迎がてら花見でもするか。おい、厨房に連絡して弁当を作らせろ。ついでに参加者を集え。因みに参加しない奴は減俸だ」
「了解しました」
隣に立っていた尾前の秘書は動き出した。
「お前たちはとりあえず、荷物を自分の部屋に運べ。うちの駐屯所のすぐそこに寮がある。荷物の整理が終わったらここに来い。夕方にお前たちの歓迎会をやるぞ」
「わーい! やったーっ!」
「ちょっと、小梅……っ」
「歓迎会は無礼講だ。ちゃんと軍服じゃなくて私服で来るんだぞ」
こうして、椿と小梅の新たな日々が本格的に始まった——。