2話:それは桜が舞うが如く
―― 東都第三地区装甲隊 駐屯所前 ――
「ここが東都第三地区装甲隊の駐屯所……大きいね……」
小梅が感嘆の声を漏らし、口をぽかんと開ける。
「小梅、口が空いてるよ」
椿が小さく笑いながら指摘すると、小梅は慌てて口を閉じた。
二人は無事に卒業式を終え、今日から正式に装甲隊の一員となる。
新品の軍服に身を包みながら、駐屯所の門前で足を止めた。
この日をどれほど待ち望んだだろう——だが、期待と同時に不安も募る。
「私、椿ちゃんが一緒の部隊でほんとに良かった……」
「……よし、行くよ」
ぎこちない動きで、二人は駐屯所の門をくぐった。
―― 駐屯所・受付 ――
「二人とも東都第三地区駐屯所へようこそ。俺は東雲正孝、ここの装甲隊の隊長だ」
笑顔を浮かべながら、精悍な顔つきの男が立っていた。
身につけた軍服の袖には、装甲隊の象徴である**「菊の紋章」**が刺繍されている。
「私は桃枝椿。本日より東都第三地区駐屯所に着任しました。以後、よろしくお願いします!」
「同じく狛坂小梅です! よろしくお願いします!」
二人は東雲に向けて敬礼する。
「はははっ、そんな緊張しなくても大丈夫だぞ」
正孝は柔らかい笑みを浮かべながら手をひらひらと振る。
「今から駐屯所を案内した後、司令と会うことになっている。それまでに荷物は受付に預けておいてくれ」
「「了解しました!」」
椿と小梅は受付に向かいながら、こっそり視線を交わした。
(椿ちゃーん、優しそうな隊長さんだよ〜〜。良かったぁ! 鬼みたいな人だったらどうしようかと思ったよ〜)
(あんま気を抜いたらダメだよ……)
―― 駐屯所・食堂 ――
「さて、これが駐屯所の食堂だ。意外かもしれないが、ここの飯は結構うまいぞ」
正孝が案内しながら、二人を広々とした食堂へと導いた。
昼時ということもあり、多くの隊員が食事をしており、活気に溢れていた。
「隊の中には自炊するやつもいるが、ここの料理人は腕がいい。俺はいつもここの飯に頼ってるな」
「へぇ〜! 椿ちゃん、話を聞いてたらお腹空いたね!」
「小梅、今案内してもらってる最中だよ……」
小梅が明るく言うと、椿も少し肩の力を抜いて頷いた。
そのとき——。
「いらっしゃいませ!」
カウンターの奥から、どこか懐かしい声が聞こえた。
その声に、椿の動きが止まる。
ゆっくりと視線を向けると、食堂の制服を着た一人の青年が立っていた。
少し長めだが整えられた黒髪、穏やかな目つき、どこか柔らかさを感じさせる雰囲気——。
「……せい……ちゃん?」
椿の口から、無意識にその名前が零れた。
青年——鬼切誠吾は、驚いたように目を見開いたが、すぐに薄く微笑んだ。
「その声は……椿ちゃん?」
その言葉を聞いた瞬間、椿の胸の奥がざわめいた。
——まさか、ここで再会するなんて。
―――――
誠吾とは、幼少期に同じ道場に通っていた幼馴染だった。
一見、穏和な雰囲気だが、剣を持たせたらまるで別人。
彼の剣さばきは美しく、無駄のない動きで敵を制する姿はまさに理想の剣豪。
その腕は同年代の子どもはもちろん、大人ですら手も足も出ないほどだった。
そんな誠吾は椿と仲が良く——そして、椿の初恋の相手でもあった。
椿は彼の背中を追いかけるように、剣の道を歩んできた。
だが、誠吾はある日突然、引っ越すことになり、椿の元を去った。
それ以来、誠吾の行方を知ることはなかった——。
―――――
「どうしたの? そんな驚いた顔して」
誠吾は椿の動揺を察したのか、優しく微笑む。
「い、いや……その……」
椿は言葉に詰まる。
「誠吾、知り合いなのか?」
東雲が問いかけると、誠吾は軽く肩をすくめた。
「はい。昔、一緒の道場に通っていた幼馴染です」
「そうなのか? それなら話が早いな。食堂に知り合いがいると、何かと頼りやすいだろう」
「そ、そうですね……」
椿は誠吾をじっと見つめる。
(……えっ、なんでせいちゃんがここにいるの? それに、どうして料理人として働いてるの?)
椿は色々と聞きたいことがあったが、様々な思いが頭に浮かび混乱していた。
「ちょうどいい時間だし、少し腹ごしらえをしようか。誠吾、今日の日替わりは?」
「今日の特製定食は『魚の煮付け定食』ですよ」
「じゃあ、それを三人前で。今日は俺が二人の分を奢るよ」
「わーい! 隊長、太っ腹〜〜っ!」
「ありがとうございます……」
喜ぶ小梅に対して、椿はいまだに動揺を隠せず、手際よく料理を準備する誠吾の姿をただ見つめていた。