1話:悪しき装甲を纏うもの④
『くっくっく……政府の犬が俺に敵うかな?』
不気味な笑い声が、静寂を切り裂くように響いた。
その主は、金色の装甲をまとったもののふ——。
「——っ!! 梅子、止まって!!」
二人は即座に足を止め、警戒態勢に入る。
『どうした? 何があった!?』
教官からの通信が入るが、二人の耳にはほとんど入っていなかった。
「椿ちゃん、今聞いた?」
「うん……もののふが喋ったよね?」
もののふは亡霊の一種。
過去に怨みを抱えた者が装甲を身にまとい具現化した存在。
軍学校での教本には、言葉を話すもののふなど存在しないと記されていた。
『何驚いているんだ? もしかして、俺がこいつらと同じだと思ったのか? 俺はこいつらとは格が違う……何倍も強いんだよ!!』
言葉とともに、金色の装甲が一気に間合いを詰める。
「くっ……!」
ガギィンッ!!
椿と梅子が剣を交えるが、衝撃の強さに全身が痺れる。
二人がかりで応戦しているはずなのに、まるで全く歯が立たない。
「つ、強い……!?」
『これじゃ、守りたいものも守れねぇわな!!』
刃が鋭く弧を描き、小梅の剣を弾き飛ばす。
同時に、一閃が小梅を襲った。
「——きゃあああっ!!」
ギャリィィンッ!!
青葉が火花を散らしながら弾かれ、小梅は咄嗟に後方へ跳ぶ。
しかし、完全には避けきれず、装甲には深々と傷が刻まれた。
『チッ、致命傷にはならなかったか……』
「小梅っ!!」
椿が駆け寄るが、小梅は片膝をつきながらも剣を杖のようにして立ち上がる。
「はぁ……はぁ……大丈夫だよ椿ちゃん。でも、これはまずいね……」
二人を包む空気が、絶望の色を濃くする。
今は金色の装甲一体のみが相手だが、背後にはまだ別のもののふが控えている。
「教官っ!? まだ援軍は来ないのですか!?」
『くっ……まだかかりそうだ……! お前たちは撤退しろ! そいつは【悪鬼装甲】だ!!』
「悪鬼装甲……!?」
『詳しい話は後だ! 兎に角逃げろ! そいつに勝ち目はない!!』
「でも……!」
椿が視線を向けると、装甲に大きな傷を負った小梅が立っていた。
もし一人なら逃げ切れるかもしれないが、小梅の状態では無理だ。
「……椿ちゃん、逃げて! ここは私が食い止める!」
「駄目っ! それじゃあ、小梅が……!」
「私なら大丈夫!!……大丈夫、だよ」
「お涙頂戴は終わりか? そこの紅のは早く逃げた方がいいぜ。こいつを殺したら次はお前を殺す」
金色の装甲がゆっくりと近づいてくる。
(くっ、どうすれば……)
『そこまでだ、【金鵬】』
低く響く声とともに、漆黒の装甲 が椿たちの背後から現れた。
『おいおい、邪魔しないでくれよ。今から政府の犬を駆除してやるんだから』
『この人たちはまだ訓練生。正式な政府の犬ではない。貴方は法度を破るつもりか?』
漆黒の装甲がゆっくりと刀に手をかける。
その動きだけで、空気が張り詰めた。
『嘘嘘、冗談ですって。ここで貴方とやり合ったら俺の命が幾つあっても足りませんよ』
「待って!! 私たちはまだ戦える!!」
『……俺たちが悪だから討つのか?』
撤退しようとしていた漆黒の装甲が、椿の言葉に反応し、振り返る。
「……私たちは正義のために戦います。それは命をかける戦いであっても!」
『正義か……一番嫌いな言葉だね』
漆黒の装甲はそう呟くと、ゆっくりと闇に消えていった——。
―――――
―― 司令部 ――
「桃枝椿、狛坂小梅、只今帰還いたしました」
『うむ、お前たちには無理をさせてしまったな。すまない。』
「司令、【悪鬼装甲】とは一体なんなのですか?」
『悪鬼装甲とは、我々が使用する神威装甲と対を成す装甲。呪われた妖刀により展開された、かつて【維新の刻】で政府軍を苦しめた装甲だ』
「維新の刻……」
伝統を重んじる侍たちが、政府の改革に反旗を翻した戦い。
教本でしか知らない歴史が、目の前に現れたのだ。
『金鵬……維新の刻の生き残りだ。』
「では、あの黒い装甲は?」
『……【黒龍】。維新の刻で、政府軍が最も恐れた侍だ』
司令官の目が、遠くを見つめる。
『……ともかく、お前たちはよく生き延びた。明日は休暇とする。卒業式を迎える前に、ゆっくり休め。』
「「了解しました!」」
―――――
「はぁ、あんな化け物といつか戦う日が来ちゃうのかなぁ……」
部屋に戻った二人は戦闘の振り返りをしていた。
「うん、今の私たちじゃあの二体には勝てない気がする。でも、だからこそ……もっと強くならないと。」
椿は木刀を手に取り、部屋を出ようとする。
「ちょっと!? 椿ちゃん、今から何をするの!?」
「素振り。落ち着かなくて……小梅もする?」
「私は寝るー!」
「……一人じゃ寂しいから付き合ってよ!」
こうして二人は夜の静けさの中、剣を振るい続けた——。
そして時が経ち、二人は卒業を迎えるのであった。