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届かぬ声



ソフィアの唇が、わずかに動いた。

乾いた声で、私の名を呼ぶ。


「エ……エドガー様」


そのか細い声を聞いた瞬間、胸の奥にざらりとした痛みが走った。

彼女の喉が震え、恐れと迷いの入り混じった瞳がこちらを見つめている。

私は一歩、彼女に近づいた。


――この先にある言葉を、聞いてはいけない。

直感がそう告げていた。


「待て、ソフィア……」


声が掠れた。

自分でも驚くほどの焦りが滲んでいた。

どうにか冷静を装うが、彼女の瞳には確かな決意が宿っているのがわかる。


「私は――」


その先の言葉を、どうか言わせるな。

心の奥で叫びながら、私は彼女の声を遮った。


「君は今、本当に正常な判断ができる状態じゃない」


この場所の空気が、彼女の心を惑わせている。

それくらいのことは、私にもわかっていた。

――この部屋には、あの男がいる。

赤い瞳の、魔の血を引く存在が。


だが、ソフィアはゆっくりと首を横に振った。

その仕草のひとつひとつが、痛いほど静かだった。


「いいえ。これは……私の意思です」


小さな声。

けれど、その言葉には確固たる意志があった。

私は息を詰めた。


「いや、ここにいたら危険だ。早く戻ろう」


思わず手を伸ばしかける。

けれどその瞬間、彼女の唇から零れた言葉に、絶望が広がった。


その一言で、世界が音を失った。

心臓が痛いほど鳴る。

私の中の理性が、音を立てて崩れていく。


視線を向けると、赤い瞳の男が立っていた。

その手が、ソフィアの手を握っている。

まるで彼女を、この世から切り離すかのように。


胸が焼けるように熱い。

怒りか、嫉妬か、それとも恐怖か。

自分でもわからない感情が渦巻いた。


「ソフィア、やめろ。その男のそばにいるべきじゃない」


声が震えた。

どれほど理性的に振る舞おうとしても、言葉の端が乱れる。


彼女は何も答えない。

ただ、赤い瞳の男を見つめていた。

その眼差しの奥に宿る決意を見た瞬間、

私は悟ってしまった――もう、届かない。


手を伸ばせば、触れられる距離なのに。

その一歩が、永遠の断絶のように遠い。


「……わかった」


それだけを搾り出す。

声が震えたのは、寒さのせいではない。


ソフィアが小さく息を呑む。

彼女の頬に、一瞬だけ迷いの影が過った。

だが次の瞬間には、もう決意の色に変わっていた。


「……エドガー様、どうかお戻りください」



もう、なすすべはなかった。

何を言っても、彼女の意思は変わらない――そう悟った。

私は最後に、ほんの一瞬だけ彼女を見つめ、そして静かに背を向けたのだった。


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