赤い瞳に囚われて
何がどうなっているのだろう。
頭の奥が霞のようにぼやけ、足元さえ頼りなく揺らいでいる。
――私は夢を見ていたのだろうか。
赤い瞳の彼に恋をしていた。
いや、恋などという浅い言葉では表せない。
命さえ惜しくないと思うほど、すべてを差し出したいと感じていた。
名前も、生い立ちも、何ひとつ知らないはずなのに――
ただ、燃え上がるように惹かれてしまった。
ほんの一瞬の出会いのはずなのに、彼は私のすべてを埋め尽くしてしまったのだ。
けれど今、その熱は冷水を浴びせられたように静まりかけている。
そう、彼が現れてしまったから。
赤い瞳の彼が剣を突き立てている相手――エドガー様が。
ああ、どうして私は見失ってしまったのだろう。
エドガー様を忘れるなんて、あり得るはずがない。
これは幻想? 幻覚?
それとも、心の隙間を突かれただけ……?
「……やめて」
掠れるように落ちた声は、息と変わらないほど弱かった。
胸が苦しい。
私の言葉に、赤い瞳の彼がわずかに反応する。
剣を握る手は震えているのに、その瞳だけは燃えるような執念に染まっていた。
「俺には……君しかいないんだ」
掠れた声は、狂おしいほどの熱を帯びて耳に絡みつく。
命令のように抗えない響きで。
どうして――。
彼と過ごした断片が、鮮やかな記憶となって胸に押し寄せる。
触れられた手の温もり。
耳元で囁かれた秘密。
笑い合ったひととき。
忘れようとしても、心が勝手に覚えている。
――それでも。
「やめて……」
唇を震わせて拒むしかなかった。
涙が視界を滲ませる。
「あなたは伯爵と一緒に、私を陥れようとしたわ……」
彼は一歩、こちらに近づく。
冷たい靴音が響き、剣先がわずかに揺れた。
「君を失うくらいなら、罪人でも怪物でも構わない」
低い囁きが心臓を縛る。
「憎まれてもいい、拒まれてもいい……泣いても叫んでも、絶対に逃がさない。
ただ……俺の前から君が消えてしまうのだけはいやなんだ」
その瞳は哀しみではなく、激しい執着に濡れていた。
全身を絡め取るような熱に、呼吸が乱れる。
怖いのに、恐怖の奥に甘美なものが混じっている。
「わ、わたしは……」
声にならない声が零れ、頬を伝う涙が熱い。
――その瞬間。
「ソフィア!」
世界を震わせる声が響いた。
「俺を見ろ!」
叫びは怒りでも哀願でもなく、抗えない命令だった。
「伯爵に操られているだけだ。
もう君を手放さない。
これからは、必ず俺が守る」
その眼差しに捕らえられた途端、胸の奥がじんわりと熱くなり、支配されていくような感覚に囚われた。
気がつけば、赤い瞳の彼が私を背後から抱きしめている。
――ああ、私はどうしてしまったのだろう。
エドガー様だけを想うはずなのに、抱き寄せる腕に縋るように指先が触れてしまう。
その温もりが、怖いほど心地よくて。




