この腕から逃がさない
扉が勢いよく開いた瞬間、冷たい風が部屋に流れ込んだ。
ろうそくの炎が大きく揺れ、影が壁を駆け抜ける。
その声――「ソフィア…!」と呼ぶ声が響く。
ソフィアの瞳が驚きに揺れ、俺から顔を離した。
ほんの数秒前まで、この世界には俺と彼女しかいなかった。
甘い香り、指先に触れる柔らかな髪、胸の奥まで満たしてくれる温もり――
すべてが俺のものだったのに。
だが今、その声が無遠慮に現実を押し込んでくる。
胸の奥がざわめき、喉がひどく乾く。
思い出す――この屋敷に足を踏み入れる前の、自分。
誰かに愛されたいと願うだけの、弱く惨めな俺。
けれど、もう違う。
今はこの腕の中にソフィアがいる。
頬にかかる吐息も、心臓の鼓動も、まっすぐに俺を見てくれたあの瞳も――
俺の世界は、もう彼女だけで満ちている。
「……ソフィア」
名を呼ぶ声は、祈りのように震えていた。
そのすぐ背後で、扉の向こうの足音が一歩、また一歩と近づく。
胸が締め付けられる。
この甘く脆い世界が、今にも壊されてしまう。
彼女を奪われるのではないかという焦燥に、呼吸が熱くなる。
――嫌だ。行かせない。
「……行くな」
思わず彼女の手を強く握りしめ、その体を抱き寄せた。
ソフィアの細い肩が、俺の胸の中で小さく震える。
その震えさえ愛しくて、守りたくて、どうしようもなく切なくなる。
揺れるろうそくの炎が、三つの影を壁に映し出した。




