その愛は、私を壊していく
「君さえいれば、俺の世界には何もいらない」
そんな言葉をかけられたのは、生まれて初めてだった。
最初は心臓が跳ねるほど驚いた。
けれど三日も経てば、その言葉はもう“日常”のように降り注ぐ。
――いや、正確には、気づいてしまったのだ。
彼は、きっと何かの術にかかっている。
深い湖の底のように光を失った赤い瞳。
ときおり、初めて出会ったときのような冷たい無表情が、一瞬だけ顔を覗かせる。
幻のようにすぐ消えるけれど、そのたびに胸がひやりと凍る。
食事の時間になると、外から使用人が静かに食事を運んで来る。
何重もの鍵を外す金属音。皿が置かれるかすかな音。
そして、扉が閉まる――その瞬間、彼の瞳はまた空っぽに沈んでいく。
わかっている。この溺愛は、かりそめのものだ。
だからこそ、胸の奥にぽっかりと空洞が広がる。
虚しさと、理由のない怒りが、じわりと込み上げてくる。
この人は悪くない。むしろ被害者なのに。
それでも――許せなかった。
ほら、やっぱりね?
甘い言葉をくれる人なんて、結局、信用できない。
「愛してる」という言葉は、私にとって、甘くて苦い呪いそのものだ。
気づけば、愛おしかった“あの人”の顔を思い出すことも、少しずつ減ってきている。
もしかすると、私自身も、知らぬ間にこの屋敷の呪いに囚われているのかもしれない――。
だって、こんなにも彼に心を揺らされているのだから。
早く……ここから出なければ。
⸻
夜は、静かに長い。
耳鳴りのような沈黙が、体の芯まで染み込んでくる。
閉ざされた部屋の空気は冷たく重く、息をするだけで胸が痛む。
ふと、頭にそっと何かが触れた。
彼の指先が、私の髪をゆっくりすくい上げる。
優しさに似せた仕草。けれどそこにあるのは、優しさではなく、切ないほどの独占欲。
「……逃げないでよ」
背中に落ちた低い声に、肩が小さく震える。
動けば、何かが完全に壊れてしまいそうで、私は息を潜める。
――愛してる。
その言葉をずっと待っていたはずなのに。
いま耳元で囁かれるそれは、甘さよりも重さが勝って、
胸の奥をじんわりと締めつける、逃れられない呪いのようだ。
目を閉じた闇の中で、私はただ、静かに震えていた。
それでも、なぜか胸の奥が、きゅっと疼いてしまうのだった。
ああ、憎らしい。この屋敷に捕らわれ、私はまたひとつ、心を失ってしまったのだ。




