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この屋敷に、味方はいない


到着したのは、かつての“牢獄”。

鋭い鉄柵が空を突き刺し、曇り空の下に沈むように佇む石造りの屋敷。冷たく、重く、息が詰まる。


——ああ、帰ってきてしまった。


ここでの毎日は、息をするのも怖かった。

自由なんてなかった。ただ、伯爵の“人形”として、黙って生きていただけ。


「おお、到着したか」


聞きたくもない声が、門の向こうから響く。

湿った声。べたつく笑顔。まるで獲物を待つ蜘蛛。


朝の記憶がよみがえる。

——私は、反射的に目を逸らしまった。


「私の愛しいソフィア。公爵家では辛かったろう? もう大丈夫だ」


優しさに似た言葉。でも、肩をぐいと引き寄せる腕は容赦ない。

痛い。鉄のように冷たくて、逃げられないように力が込められていた。


「……あの、手が……」


小さく抗議しても、聞く耳なんて持っていない。

いや、わざとだ。きっと、わかってやってる。


「さあさ、もう遅い。疲れただろう? 夕食は部屋に運ばせる。今宵は2人でゆっくり過ごそう」


——何も聞いてない。昔と同じ。全部、勝手に決められていく。


通されたのは、客室の中でも一番豪華な部屋。

金の縁取り、深紅のカーテン、象牙のベッド——


“囚われ”の象徴みたいな部屋だった。


ソファに沈み込み、目を閉じる。

頭の中はごちゃごちゃで、もう何も考えたくなかった。


けれど、静寂はすぐに破られる。


ふと、気配。

顔を上げると——


壁にもたれた青年。


乱れた黒髪に、赤い瞳。

冷たい視線が、私を上から下まで値踏みするように滑っていく。


「……なに?」


思わずそう言いたくなった。失礼すぎる。

でも彼は眉一つ動かさず、ただじっとこちらを見ていた。


「なんて失礼な——」


その瞬間、突然頭を掴まれた。


「なっ……!? 痛いっ、痛いっ!」


アップにしていた髪が乱暴にかき乱され、髪留めのピンがカランと床に落ちる。

ロングヘアが肩にばさりと落ち、跳ねた。


「こっちのほうがいいね。派手な女は好きじゃない」


満足そうに、ひとりで頷く青年。


……なんなの、この人。


髪を直す暇もないまま、私は呆然と立ち尽くしていた。


知らない。名前も、素性も、何もかも。

でも、この部屋にふたりきりってことは——


まさか……


心がざわつく。


この人……伯爵の言っていた婚約者?

この、冷たい目をした男が?


「…冗談じゃない。」


手のひらがじわっと冷える。

怒り? 恐怖? 自分でもわからない。


でも、はっきりしていることがひとつだけある。


——この屋敷に、私の味方はいない。



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