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第二十四話 包囲

 

 十二月に入り、豊臣方が籠る大坂城を、徳川方二十万余の兵が取り囲んだ。


 これに対する豊臣方は、淀川を決壊させて、海抜が低く湿地帯の多い大坂全体を水没させ、大坂随一の高所である上町台地にそびえる大坂城だけを浮島のようにして抗戦するつもりであった。謂わば、湖に浮かぶ城である。

 そのような状態の大坂城を如何な大軍で取り囲もうと、遠く離れた対岸からでは如何なる攻撃も出来ない。そうこうするうちに、大軍で包囲する徳川方の方が膨大な兵糧や軍費に窮し、撤退することになる……という読みである。

 さらに、孤高に戦う豊臣の姿は、亡き太閤殿下の威光と恩義に報いようと、豊臣方に馳せ参じる諸大名を誘引するだろう――。

 少なくとも、淀殿はそう信じていた。


 しかし――。

 徳川幕府となってすでに久しく、これといった功のない秀頼が当主の豊臣家に恩賞を頂いた大名も少数。石高では、徳川家は四百万石以上を誇り、対して、単独で百万石以上を有するのは加賀の前田家のみでは、徳川家に敵対してまで豊臣家のために戦おうとする者はいなかった。

 恩義に報いるのが武家なら、利に聡いのも武家なのである。


 結果から見れば、この豊臣方の大坂水没計画は徳川方の妨害に遭って失敗し、実現しなかった。



 家康は大坂城の南の茶臼山に、秀忠はその東の岡山を、それぞれの本陣とした。

 しかし、家康はいつまでたっても攻撃を命じない。苛立った秀忠は、茶臼山の家康の本陣を訪れた。やって来た秀忠をみて、家康が、


「何じゃ、秀忠。何用じゃ?」


と、問えば、秀忠は開口一番、


「父上! 何故、総攻撃をご命じなさいませぬっ!?」


と問い掛けた。家康は眉を顰め、


「何?」


と、秀忠に問い返した。秀忠も激しながら、言った。


「いつになれば、〝大坂城を攻めよ〟とご命じなさるのです!?」

「大坂城を攻める必要がどこにある?」

「何とっ!? 父上はここまで出向いておきながら、〝攻めるな〟と仰せか?」

「〝攻めるな〟とは言わぬ。焦って、攻め急ぐな――と申しておる」

「そのような物言い、詭弁でござる!」

「何じゃと?」

「弱腰では、他の大名は付いてきませんぞ!」

「〝無暗に攻めるな〟と申したまでのこと。そちも、大坂城がたやすく落ちるとは思うておるまいが」

「それは……そうです」

「それみい。無暗に攻め立てて、兵を失うな――と申しておるのじゃ。儂はな、足軽一兵卒であっても、出来るだけ死なせずに帰してやりたいのじゃ」

「は……それは……もちろんでございます」

「分かればよい。城攻めは()いてはいかん。急いても、やたらと兵を失うだけじゃ」


 家康は、この巨大な城がやすやすと落ちるとは思っておらず、もとより長期戦の構えだったが、若い秀忠はすぐさま攻撃を――と主張したのだ。そんな秀忠を家康は叱責し、被害を最小限にして戦うよう、諭して指示した。


 そんな家康の言葉を象徴するように、大坂方の挑発に乗って、大きな被害を受ける戦いが起こった。

 真田信繁の籠る真田丸での戦いである。



 

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