流星の雫
「流星の雫 ~めでたしめでたしのあとの話~」の前日譚となります
そちらは童話調ではなく、ギャグになっています。
もし気になる方はそちらの方も読んでいただけると嬉しいです
むかしむかし、あるところに一年中雪が降る「星霜の森」にとても綺麗な女神様が住んでいました。
白く透き通った肌と太陽のように煌く黄金色の髪をした女神様は目が合う全ての人や動物達を虜にしました。
見目麗しい彼女の涙は、頬から滑り落ちればダイヤモンドよりも光り輝く宝石となり、それはこの世のどんなものよりも価値がありました。
その宝石はまるで澄んだ真冬の夜空を流れる星の様で「流星の雫」と呼ばれていました。
しかし彼女が住んでいるのは命を寄せ付けないような過酷な深い森の薄暗い洞窟の中で「流星の雫」を手に入れるのは簡単ではありませんでした。何人もの人々が森へ行って、そのまま帰ってきませんでした。
そこでとある国の王様が「流星の雫」を手に入れてくるように騎士のミッシェル・ブラッケンに命令しました。王様はとても我が侭で自分の思い通りにいかないと、暴れまわってしまうような人でした。騎士は断れず、なんとか成功させなければならないと悩みました。
そこで閃いたのは、頭の良い相棒――優しく、気立てがよいことで有名な青年と共に行くことにしました。彼の名前はヒュレンツ。丘の上のヒュレンツと呼ばれていました。
ヒュレンツは町の人気者で、どんな迷惑な手伝い事も快く引き受けるので、星霜の森に行くことにだって一つ返事で引き受けました。
彼らは意識が遠くなりそうな寒さの中、立ちはだかる大きな毒蜘蛛を倒し、足が縮こまってしまいそうな崖をも越え、ついには女神様のいる洞窟までやってきました。
「女神様、女神様。
この世で最も美しい冬の女神様。どうか貴女の涙を一粒いただけませんか?」
目を奪われている騎士に代わって、膝をつくヒュレンツはそう言いました。
女神様は怒った顔で言います。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
するとヒュレンツは懐から少し萎れてしまった白い小さな花を取り出しました。
「スノードロップです。森の入り口で見かけました。元気はないですが、とても綺麗でしょう?」
寒さの厳しすぎる「星霜の森」の奥深くでは花が咲かないので、初めてみる儚げで可憐な花に女神様は思わずため息をつきました。
ヒュレンツは女神様が感動して泣いてくれるのではと、期待してじっと待ちますが女神様は凛とした顔に戻り答えます。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
それを聞いた二人はトボトボと来た道を帰っていきました。
息も凍りそうな夜が来て、日差しが眩しい朝日が昇った次の日。
「女神様、女神様。
この世で最も聡明な冬の女神様。どうか貴女の涙を一粒いただけませんか?」
寒さに震える騎士に代わって、膝をつくヒュレンツはそう言いました。
女神様は呆れた顔で言います。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
するとヒュレンツは背中に隠していた生き物を差し出します。
「雪うさぎです。真っ白で雪の上を跳ねるところから私達の国では『雪の妖精』とも呼ばれ、幸運の印ともいわれています」
雪うさぎはぴょんと女神様の足元に跳ねると、美しい女神様を見上げました。彼女はそっと手を差し出すと雪うさぎは鼻先を近づけました。
途端にあまりにも冷たい指先に雪うさぎは驚いてどこかへと去って行きました。
予想していなかったことにヒュレンツが驚いていると女神様はあの凛とした顔で呟きます。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
それを聞いた二人は悲しそうな顔をしてトボトボと来た道を帰っていきました。
息も凍りそうな夜が来て、日差しが眩しい朝日が昇った数日後。
「女神様、女神様。
この世で最も慈愛に満ちた冬の女神様。どうか貴女の涙を一粒いただけませんか?」
疲れて言の葉も出ない騎士に代わって、膝をつくヒュレンツはそう言いました。
女神様は両の眉を上げて言います。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
するとヒュレンツは笑みを浮かべて赤くて形が歪で所々にほつれそうな跡がある、やや不格好な手袋を取り出しました。
「これは私が妹に言って急いで作ってもらった手袋です。見た目はこの通りですがどんな辛い寒さも耐えられる素晴らしい手袋です。
もしよろしければお手をお借りしてもよろしいですか?」
女神様はおずおずと手を差し出すと、ヒュレンツはその手をとって手袋をはめました。
冬の女神様は寒さなんて今まで一度だって感じたことがありませんでしたが、たしかにこれはとても温かく、心地の良い手袋の感触に思わず口元が緩みました。
ヒュレンツは両手に手袋をはめると最後に右手を手に取ってその甲にキスをしました。
女神様はびっくりして、目線を彼から外してこう言います。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
それを聞いたヒュレンツは微笑みながら来た道を帰っていきました。その後に騎士がやや怪訝そうな顔でついて行きます。
その帰り道です。
痺れを切らした騎士がヒュレンツに言いました。
「一体、いつまでかかるんだ? これじゃあ、王様が機嫌を悪くして、俺は罰せられてしまう。殴って、脅してしまえばイチコロじゃあないか」
ヒュレンツは彼の横暴さに顔を顰めながら首を振ります。
「それはダメです。それにきっとそんな悲しい涙よりも女神様の嬉しい涙の方が価値があるに決まっている」
「涙ならどちらも変わらない、違いなんてわかりゃしないさ。俺にいい案がある。今度は俺にやらせろ」
騎士はそう言いながら、自分の家へと帰っていきました。
ヒュレンツも彼の後ろ姿を見送ると、丘の上へと帰っていきました。
星も月も凍りそうな夜が来て、日差しが雲に隠れて薄暗い朝が来た数日後。
「女神様、女神様。
冬の女神様。どうか貴女の涙を一粒いただけませんか?」
そわそわして落ち着きのないヒュレンツに代わって、膝をつく騎士はそう言いました。
女神様は顔を顰めて言います。
「いいえ、私は泣きません。
貴方が何をしようと泣きません」
騎士はいつもヒュレンツがしているみたいに懐からあるものを取り出しました。
それはクリームをたっぷりと塗り、イチゴとベリーをふんだんに使ったとてもとても美味しそうなケーキでした。
「国一番のケーキ屋に作らせました。王様も好きなケーキです。ぜひ女神様にも食べていただきたいのです」
そう言いながら立ち上がり、女神にケーキを渡そうしましたが、受け取るための手をだしません。
騎士が困っていると女神は微笑みながら言います。
「そうですか。ではせっかく持ってきたのですからあなたが先に食べてください。私はその後で食べさせていただきます」
騎士は驚いて、何か言おうと口を開きますが言葉はでてきません。
「どうしたのですか 先に食べてください。それともこの中に毒でも入っているのでしょうか?」
「め、めっそうもない!」
騎士は慌てて否定しますが、その手は震え、額の汗が雪の上へと落ちていきました。
意を決して、騎士はケーキを一口食べました。
「ほ、ほら、なんにもありません!」
そう言って、ケーキを女神に食べさせようとしましたが、彼は力なく倒れてしまいました。
「騎士様!?」
ヒュレンツは驚いて騎士に近づきます。
彼の頭に手をやると、まるで火に手をかざしているかのような熱さでした。
「ど、どうしましょう! このままでは騎士様が死んでしまいそうです! もう『流星の雫』などどうでもいいです。どうか、どうか助けてはいただけないでしょうか?」
苦しそうな顔をする騎士を女神は見下ろします。
「どうやら、魚熱の毒ようです。一晩熱にうなされますが、命は無事でしょう」
そう女神は言うと、ゆっくりと瞬きをしました。
すると、その綺麗な瞳から一つぶ、二つぶ、三つぶと小さな雫が流れ落ちました。
まるで夜空を走る、流れ星のようにキラキラ光りながら地面の上に落ちるそれにヒュレンツは目を奪われました。
「こんな卑しい者の心配もするなんて、貴方はとても心が清らかなのですね。
ここに来る人間はどれもこの騎士のように狡賢く、意地汚い者ばかりでした。
貴方がここに来るようになって私は嬉しかったのです。貴方のような人間になら、これを渡していいと思いました。
どうかその心を忘れず、これを使って人々のために役立ててください」
ヒュレンツはそれを受け取ると、それを空へと掲げました。
太陽の光を反射して虹色に輝くそれはまさしく、この世で最も価値のある至高の宝石――「流星の雫」でした。
正直者のヒュレンツは女神に感謝を伝えると、それを持ち帰り、その宝石を金に換え、女神の言ったとおりに人々のため使いました。
彼のその心について行く人は多く、やがて彼はこの国の悪逆非道な王を退け、新たな王として国を治めることになりました。
それがこの国、ハーデスト王国の始まりでした。
めでたしめでたし――
ちなみに、一晩たって熱が下がった騎士はよろよろと国へ帰っていきました。
しかし「流星の雫」を手に入れたのが、騎士ではなく庶民のヒュレンツだとわかると王様は激怒し、彼から騎士の称号を奪って僻地へと追いやりました。
めでたしめでたし――
こちら2022/1/30に大幅に内容を書き直させていただきました
前まで書いてあった内容は「流星の雫 ~めでたしめでたしのあとの話~」のプロローグとして載せています。こちらも多少書き換えています。