プロローグ
この光景には見覚えがある。
どこかの国で見つけた小さな教会だ。
たまたま居合わせた若い神父さんにお願いして、ふたりだけの儀式を行った。
「あなたはここにいる−−を、病めるときも、健やかなる時も、富めるときも、貧しきときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
名前がよく聞き取れない。
けれど、隣りにいるーーは、間髪入れず答える。
「はい、誓います。」
この言葉を耳にするのは、実は入籍してから初めてのことだ。
挙式はせず、身内だけの顔合わせとお披露目だけで済ませたから。
「あなたはここにいる−−を、病めるときも、健やかなる時も、富めるときも、貧しきときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
この新婦は「わたし」だ。
これは、「わたし」の記憶だ―――。
はい、誓います。
わたしも迷わず、誓いの言葉を口にする。
順序通りいけば、このあとはキスを交わすはずだ。
しかし、神父さんは首をかしげ、思っても見ないことを言った。
「本当に?」
え?
「本当に永遠の愛を、誓いますか?」
え?
はい、誓います。もちろん…
何の確認だろう。
もしかして日本語が通じなかったんだろうか?
改めて神父さんのほうを見上げると、先程までに見知った顔ではなくなっている。
もっと少年のような、青年のような、日本人のような、外国人のような、よくわからない姿に見える。
思わず隣の夫の手を握ると、ぐにゃり、と地面が大きく歪んだ。
バランスが取れない。
立っていられない。
ジェットコースターや飛行機に乗っているときみたいに、お腹の中がふわっとして踏ん張りがきかない。
夫の手をとっている感覚はあるのに、視界も覚束ない。
ただ、少年のような、青年のような、高くも低くもない声が頭に直接響いてくる。
「じゃあ証明して見せてほしいなあ、君の永遠の愛ってやつをさ…!」
その瞬間、轟音と大きな衝撃と共に、体がどこかへ吹っ飛ぶ感覚に襲われた。