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大熊と8人の手下たちは全員打ちのめされ、地面に這いつくばり、情けない声で呻いた。
その中心に我歌が立っている。
「もう、悪さするんやないで」
大熊たちにそう言うと、愛里沙と恵美の前へ歩いた。
「我歌ちゃん!」
愛里沙が抱き付く。
我歌が、よしよしと頭を撫でた。
「ごめんな。ウチのせいで巻き込んでしもて」
「ううん、大丈夫」
「ふ、ふ、ふ。アタシにも礼を言うがよい」
恵美が両腕を組み、胸を反らせる。
「ありがとう、恵美。助かった」
「いいってことよー」
「アンタは江戸っ子かっ!?」
「あはは!」
3人は笑い合った。
「ほな、帰ろか」
我歌の言葉に、倉庫奥に座っていた八岐がユラリと立ち上がった。
3人に向かって近付いてくる。
その不気味な雰囲気に、我歌が2人を背後に庇った。
「女。俺と立ち合え」
八岐の双眸が、蛇の如く光る。
「は? アンタは関係ないやろ?」
「お前の剣を見て、やりたくなった。いいから勝負しろ」
「お断りや。行こ行こ」
我歌が八岐に背を向ける。
「立ち合わないなら、その女たちを襲う」
八岐が愛里沙と恵美を顎で指した。
「………しゃーないなー」
我歌が再び八岐と向き合う。
その眼差しは冷たい。
「恵美、愛里沙ちゃんを頼むで」
「う、うん」
八岐の不気味さに、さすがの恵美も真面目な顔で愛里沙を伴い、後ろに退がった。
我歌が正眼に構えた。
「いつでもええで」
我歌の言葉が終わると同時に、八岐は突進した。
猛烈な勢いで打ち込んでくる。
我歌の木刀が、それを的確に受け止めた。
しかし、八岐は止まらない。
次々と激しい剣撃を繰り出した。
その尋常ではない迫力に、愛里沙と恵美が青ざめる。
「我歌ちゃん!」
「我歌!」
「大丈夫!」
激烈な攻撃を完璧に捌き、我歌が2人に微笑む。
「くっ」
逆に八岐の顔が引きつる。
明らかに焦っていた。
八岐が攻撃を止め、一旦退がった。
下段に構える。
我歌も正眼に戻った。
「アンタ、強いやん」
相変わらず八岐を見る我歌の眼は冷たい。
「何で他人を傷付けるん? それは武道から外れることやわ」
「うるせえ…」
八岐の瞳が憎悪に燃えた。
「俺は他人を打ち負かすのが好きなんだよ。自分を強いと思ってる奴をボコボコにするのがな」
「へー。でも、こんなことしてたら強なられへんわ。それどころか、どんどん弱くなる」
「な、何だと!?」
「根っこが間違ってるねん。強さって、そういうことやない」
「黙れ! 俺は勝つ!」
再び八岐が我歌に突進した。
猛烈な斬撃。
しかし、その全てが我歌に届かない。
八岐は顎から汗を滴らせ、息があがってきた。
「くそ! くそぉぉぉ!」
「もうええ」
我歌の木刀が八岐の左腕を強かに打つ。
怯んだ一瞬で、胴をなぎ払った。
「ぐおぉぉ!」
八岐が悶絶し、その場にへたり込む。
「性根入れ替えて、一からやり直すんやな」
我歌が構えを解いた。
「「やったー!!」」
愛里沙と恵美が駆け寄る。
「すごいよ、我歌ちゃん!」
「アタシの次に強い!」
「よう言うわ」
3人が喜ぶ前で、地面に這いつくばった八岐がガクガクと全身を震わせた。
「うぐぁぁ…負けたくない…絶対に…負けたくない…」
突然、場の空気が変わった。
八岐の頭上に黒い靄が現れ、妖しく渦を巻く。
「あ!」
我歌はすぐに、それが霊だと気付いた。
愛里沙と恵美を再び、自らの背に庇う。
靄は戦国時代の侍のような姿となって、八岐の身体に重なった。
先ほどまで動けなかった八岐が立ち上がる。
人とは思えぬ禍々しい邪気を発散し、双眸が爛々と赤く輝いた。
「負けたくない…負けたくない…」