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カラオケ店の部屋に入った我歌の視線の先に、半透明のサラリーマンが浮かんでいた。
50代ほどで眼鏡をかけている。
我歌と眼が合うと申し訳なさそうに頭を下げた。
「うーん」
我歌の顔が曇る。
幼い頃から霊やモノノケの類が見えた。
すっかり慣れてしまって、今では余程危険なものでなければ慌てはしない。
そもそも帯刀家は戦国時代には隠密として活躍した一族で、現在は警察に解決できない妖怪や幽霊絡みの事件を取り締まる「魔狩り」を生業としているのだった。
未成年の我歌は、まだそちらの仕事には参加させてもらえない。
我歌の持つ突っ張り棒が幽霊を指し、部屋の外に向かって振られた。
サラリーマン霊が頷き「済みませんね」と口だけ動かして、スーッと消えていく。
大抵の霊は、こうして追い払える。
少々、手強くても、我歌が木刀で叩けば霧散するのだった。
「ん? 我歌ちゃん?」
愛里沙が心配する。
恵美はさっそく席に座り、歌を選んでいる。
「ううん、何でもない」
愛里沙に微笑むと、我歌もソファーに座った。
カラオケ終わりで2人と別れた我歌は、住居でもある帯刀道場へ帰ってきた。
今日の稽古はもう終わったのか、祖父である鳳我と我歌の父、我聞、そしてかつての門弟で今でもたまに稽古に顔を出す神崎直也の3人が立ち話をしている。
「神崎さん!」
我歌が瞳を輝かせる。
3人の傍に駆け寄った。
「やあ、我歌ちゃん」
神崎が微笑む。
黒スーツに身を包んだ長身の美男子。
年齢は26歳。
「元気かい?」
「はい! 神崎さんは?」
「僕はそこそこだよ」
「ふふふ。相変わらずイケメンですね」
「ええ!? そんなこと言ってくれるの我歌ちゃんだけだよ」
「そうなん? 神崎さんの周りの人、見る眼ないわぁ」
「ははは! そういうことにしておくよ。我歌ちゃんも、どんどん綺麗になるね」
「ええー! ほんまに!? 嬉しいー」
「ゲフンッ、ゲフンッ、ゲフーン!」
我聞が、おかしな咳をした。
両眼が吊り上がっている。
「帰るのが遅い!」
「えー? ちゃんと連絡したやん」
「連絡すればいいってもんじゃない!」
我歌と我聞が、にらみ合う。
「早く着替えて来なさい!」
「はーい」
我聞に急かされ、我歌が道場の奥へと去っていく。
「まったく…いつまでも子供で困る」
我聞がため息をついた。
「17歳ですよね。眩しいなぁ」と神崎。
「おい! まさか狙っているんじゃあるまいな!?」
我聞が鼻息を荒くする。
「ええ!?」
神崎が怯んだところに鳳我が「そろそろじゃな」と口を開く。
すると他の2人の顔が、急に真剣になった。
「早すぎませんか?」と我聞。
「我歌は剣術ではお前さんより、はるかに強い。中学生の我歌に秒で1本とられたのを忘れたか?」
「ゲフンッ、ゲフン! あ、あれは…あの時は少々体調不良でして…あと星占いも最下位で…」
「何なら、もう一回試合してみるか?」
「えー!? いや最近、腰の調子が悪くてアイタタタ!」
我聞が腰を押さえ、苦しそうな顔をする。
「問題は霊力の方ですね」
神崎が顎に右手を当てる。
「そう! そうですよ!」
我聞の腰がピーンと伸びた。
「我歌には、まだ守護精霊様も居ませんし! 危険です!」
「それは追々、何とかなるじゃろ。わしはもう我歌は魔狩りとして立派に戦えると思うておる。あとは経験だけじゃよ」
「お義父さん…」
我聞が、しょんぼりする。
「我歌さんが修業するなら、僕が面倒を見ますよ」
神崎が満面の笑みで申し出た。
「駄目だ! それだけは許さん!」
「ええ!? どうしてですか!?」
「理由はない! お前はとにかく駄目だ!」
「そ、そんな…」
我聞と神崎のやり取りを横目で見る鳳我が「ふっ」と笑う。