1
「我が歌とは つまり我が人生
誰に邪魔されることなく
媚びることなく
我が歌を唄え」
それが帯刀我歌の名の由来。
本人も気に入っている。
この街の不良グループのひとつであるマッドドックスのリーダー、大熊剛20歳は地面とキスしていた。
夏の夕暮れ時、路地裏ですれ違った女子高生2人組に仲間2人とちょっかいをかけたのだが。
3分後にはコンクリートに転がされていた。
大熊がショートカットのクール系女子の肩に触った瞬間、何かで喉を突かれ、気付けば眼の前に灰色の地面があったのだ。
「げほっ…ぐぅ…」
あまりの衝撃で声が出ない。
両手を突いて、顔を上げた。
両腕を胸の前で組んだ、身長161cmのスタイル良い制服姿の女子高生が見下ろしている。
「いきなり、何すんねん!」
女子高生、帯刀我歌は怒っていた。
そうすると却って、整った顔の美しさが際立つ。
我歌の右手には短めの突っ張り棒が握られている。
「ぐう…そ、それで?」
ようやく出た言葉と共に棒を指す。
「え?」
我歌が眼を丸くする。
「ああ、そうそう。前は竹刀持ち歩いてたけど、愛里沙ちゃんが怖い言うから」
我歌が背後を振り返る。
「なぁ、愛里沙ちゃん」
呼ばれた小柄な女子高生がコクコクと頷く。
凛々しい我歌と違って、こちらはロングヘアーのかわいらしい系女子。
水野愛里沙、我歌のクラスメイトである。
「そんな物で…俺が…?」
喉を押さえ、大熊がフラフラと立ち上がる。
180cmの長身、筋肉質な肉体。
半袖シャツが、はち切れんばかりに盛り上がっている。
顔はゴリラっぽい。
「へー。すぐ立てるなんて、すごいやん。手加減しすぎたかな?」
我歌が首を傾げた。
「くそ…ふざけやがって…」
大熊が突っ張り棒を見つめる。
「何? もう一回、食らってみる?」
我歌が棒の先を剛に向けた。
大きな身体がビクッと震え、思わず後退る。
「俺はマッドドックスの大熊だぞ!」
今さら、大熊がすごんだ。
先ほどから、口をあんぐりと開けている子分2人をチラリと見る。
「は?」
我歌が両眼を細めた。
「何なん、それ?」
訝しむ我歌に、背後の愛里沙が背伸びして耳打ちする。
「え? そうなん?」
我歌が呆れ顔になった。
「群れて悪事って…えらいカッコ悪いなぁ」
歯に衣着せぬ言葉に、大熊のこめかみがピクピクと脈打った。
しかし、我歌に掴みかかる気概は、もはや無い。
「俺がひと声かければ仲間が集まるぜ…」
「よう、そんなこと言えるな。恥ずかしないの?」
「この仕返しは必ずする! 覚えてろよ!」
捨て台詞を残し、大熊が表通りへと走りだすと、ワンテンポ遅れて子分たちも後に続いた。
「しょーもない奴って、ほんまにあんな台詞言うねんな」
我歌が愛里沙に向く。
「変な邪魔入ったわ。ほな、カラオケ行こか?」
「ううん。ちょっと待って」
愛里沙が首を横に振る。
「え? 何で?」
「ごめんね。怖かったから…恵美ちゃん、呼んじゃった」
「ええ!? 恵美を!?」
我歌が驚いた瞬間。
一迅の風の如く、猛烈な勢いで走ってきた茶髪ミドルレングスの女子高生が、2人の前で鶴の拳のポーズを決めた。
「シュナイダー恵美、参上!」
ハーフの彫りが深い顔をキリッとさせる。
「悪者退治はアタシに任せて!」
恵美が今度は蛇拳に構えを変える。
「必殺恵美拳法を食らわせてやるわ!」
「恵美拳法って、カンフー映画の真似してるだけやろ。そんで何で、こっち向いてポーズすんの!?」
我歌が呆れた。
「わ! そだ!」
恵美が慌てて反対側を向く。
キョロキョロと辺りを見回した。
「あれ? 悪者は?」
「もう居らへん」
「えー!? 何よー、せっかくカッコ良く2人を助けようと思ったのにー」
恵美が頬をプクッと膨らませる。
「はいはい」
我歌が肩をすくめる。
「愛里沙ちゃん、カラオケ行こ」
「うん」
「アタシもー!」
「何でや!」
「ええー、冷たーい!」
「いつもこんなもんやろ」
「もっと優しくしてよー」
「アンタはウチの彼女かっ!?」
「え!? 彼女にしてくれるの!?」
「もうええ。どうでもええ」
「やったー! 彼女、彼女!」
「はあ………」
3人の女子高生たちは、かしましく喋り合いながら、カラオケ店へと向かった。