その手が血に染まるとき
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投稿ミスで(本来入れるべきで抜けていた)第7話を直前に追加しました。
(この子は、いったい……)
水谷と同じ狐面をつけた……小学生と言われても違和感がないほど小柄で華奢な少女。それでもそのセリフも行動も、見た目にはそぐわない。彼女という人間、キャラクターをどう捉えたら良いのか、蓮華は戸惑っていた。少なくとも……虫が沸いてきたと思われる穴……を指摘していた頃までの少女は、心なしか不安げで、今の彼女とは雰囲気がまるで別人だった。もっとも、体が変わったわけではない。体つきから考えて、どう考えても戦闘員ではない。
(でも、今の動きは……戦い慣れている人っぽかった……)
「ボケッとしない!来るよ」
強い口調で檄が飛んでくる。それでも、蓮華は全く不快感を感じなかった。……むしろ、変な胸の高まりのようなものさえ感じていた。
(不思議。)
そんな場合じゃないはずなのに、どこかワクワクするような気さえした。
(ハイになっているのかもしれない)
明らかに調子がおかしい気がした。見た目はどう見ても少女のはずなのに、抱き締められた感触を思い出すと動悸がして、顔が……全身が熱くなってくるような気がして、蓮華はそんな自分の感覚を振り払う。
(水谷さんと同じお面だから……、なのかも。)
蓮華は自分の頬を叩いた。
(きっと、緊張感でテンションがおかしくなっているんだわ。)
“光”が、まるで獲物を締め付けくびり殺してから丸飲みする大蛇のように……それでいて、“炎”のような熱を帯びて、襲いかかってくる様子が、スローモーションのように、知覚できる。迫ってくるだけで、火傷しそうなほど熱い。
(本物の炎みたいね。)
実際は、“特殊能力”の炎は現実の火炎とは別のものである。“能力”による“炎”は、あくまでもイメージであって……その“イメージ”の“伝わりやすさ”―――“特殊能力の感受性”の高さに比例して効果を発揮する。
最も感受性が高いのが同じ“人間”で、動物なども“人間”に近い存在……動物でも高等生物、哺乳類などであるほど特殊能力の感受性も高く、効きやすい。いっぽう、最も効果が出にくいのは生物ではないもの、鉄筋コンクリート製の建物や岩石などただの無機物で、これらの特殊能力感受性はゼロではないものの低く、強い能力をもって技を発動しても効きにくい特徴があった。
無機物ほど、特殊能力感受性は低くはない、が、生物ではないもの……たとえば木造建築などであっても、普通のレベルの“特殊能力”では、それがたとえ炎のイメージでも、直接火をつけることはおろか熱することさえ難しい。いっぽう、そんな“炎”でも、特殊能力感受性が高い“人間”相手なら十分な殺傷能力を発揮する。それが、“本物の炎”との違いと言えた。
ただ、人間などに発動した後……本人に炎として効いてしまった後には、その人間が身につけた衣類が発火する場合もあり、燃え始めた着衣の炎は、特殊能力の“炎”ではなく、普通の燃焼であるため……それが種火となって、周囲が延焼することは起こりうる。
あくまでも、直接的に影響できるかどうか、という部分のちがいであり―――かんたんにいえば、人間にとっては普通の炎と同様に危険なもの、だった。
………が、なぜか蓮華は恐怖心を感じなかった。
(これくらいの攻撃、返せる。)
理屈は分からなかったが、蓮華はなんとなく察知した感覚に従って、左手を翳す。そうして、炎を弾き返すように振り払った。――喩えるなら、手持ち花火と……一帯を焼きつくす火炎放射器ほどに、相手と蓮華とでは根本的な“能力”の威力が違っていた。格の違う強い“能力”に弾かれた炎のようなイメージが、光の勢いを増して、発せられた場所に遠ざかっていった。
「ぎゃあぁぁぁ!」
誰かの声がした。攻撃意図をもった存在の気配が途絶える。
呆気なく感じながら、蓮華はふと我に返った。
「え、……?」
(もしかして、今の 私が……?)
今、蓮華が技を返したことで……相手はどうなったのか。それ以前に発砲した時もである。……どうして相手の反応の数が減り、突き刺さるように感じていた殺意……攻撃の意図も感じなくなったのか?
(生きて……いる、ことも、ある……よね?)
――殺してしまったのか。分かっているはずなのに、分かりたくないと思って現実から目を背けたくなる。それでも蓮華は確認せずにいられなかった。
「もしかして、今の、私がやった……のかな?」
心のどこかで違うよと言ってほしかったのかもしれない。ショックなはずなのに、冗談だと思いたいのか、笑える気持ちなんかじゃないはずなのに、自分の顔が笑っているのが蓮華は自分でわかった。
「……そうだよ。」
さっきまで檄を飛ばしていた少女の表情は見えないものの、口調は淡々としていた。
「上出来だと思う。」
蓮華は唇を噛んだ。
(人を傷つけたくない、なんて思うくらいなら、そもそも、ここに来るべきじゃなかった……んだ。)
握った拳の爪が皮膚に食い込む。
“人を傷つけたことを気にして悔いる人間に戦闘員は向いてない”
蓮華を戦闘員にさせまいとした、ポーターとしてつけさせることにも難色を示していた……担当の水谷が言っていた言葉を思い出していた。
(もう手遅れだわ。)
悔やんだところで、時間は巻き戻すことはできない。自分の両手が、血で染まってしまったような気がした。
(……え?)
小さな手が、蓮華の頬に触れていた。
「やらなきゃ、やられてたよ。」
少女は淡々と言った。
「さっきのボーガンだって、あたってたら、大ケガは確実だった。 そうやって、レンが命を落としたら、ここにいたみんな全滅だし、そうならなくても、このままおいておいたら数時間で、レンを助けたあの男も死んじゃうだろうね。……そのほうが、よかったわけ?」
人を殺してしまった自分。……を悔やんでしまう気持ちを和らげようとしてくれているのがわかる。涙が目の奥から沸いてくる。
「ごめんね、なんか 緊張してるせいかな、情緒が安定しなくて。……ありがとう。」
小さな体が蓮華をぎゅっと抱き締める。蓮華も、華奢な体に腕を回した。
「みんな一緒に助かろう。」
少女の細い腕に強い力がこめられる。震える声を低めて「守れなくて、ごめん」と呟いた言葉が、蓮華の心の深い部分に波紋を広げていくような気がした。
(!)
ふと、背後に感じた新たな気配に蓮華は少女から腕を外した。攻撃的な意図に、蓮華は反応する。
(戦うと決めたなら、やらないと。)
少女から教えられたことを頭のなかで復唱する。――罪悪感に囚われて迷っている場合ではない。味方ごと皆殺しにされるわけにはいかない。
一瞬、蓮華の脳裏に走馬灯のように、たくさんの映像がよぎった。記憶を失った蓮華にはそれがいつのことなのか、そもそもどういう場面だったのか、すら、理解することはできなかった。
それでもその最後のページで、懐かしい……金色の髪に空色の瞳をしたとびきり美しい少年が微笑みながら言った言葉だけは、なぜか……すとん、と落ちた。
“技に名前をつけようか。”
蓮華はすう、と息を吸い、そっと目を閉じた。
一瞬の“溜め”の次に蓮華は迷いなく、その記憶どおりの技を繰り出す。
「“炎刃乱舞”っ!」
イメージのなか、熱を抱く光の刃が無数に飛んでいく。
「……どこで。こんな技……を……」
少女がポツリと呟いたのが聞こえた。