初めての戦闘
投稿ミスで抜けていたので追加した話です。
申し訳ありませんでした。
暗闇に閉ざされると、逆に見えてくるものがあるような気がした。それは蓮華がまだ訓練生だった頃、唯一得意と言えるレベルだった拳銃の腕を磨こうと足繁く通いつめた射撃訓練所からの帰りに、受けた悪ふざけともいえる襲撃事件の際もそうだった。
緊張感に支配される。だが、しん……と静まり返った湖面のように、不思議と蓮華の心は落ち着いていた。
(周りのものの輪郭が、わかる。)
それは“特殊能力の感受性” を詳細に関知して、状況を詳細にイメージできる、比較的珍しい“能力”だった。ゲームの世界における地図機能にイメージとしては近いかもしれない。そして、
(人の“能力”が光って見える……)
もうひとつ知覚できるものは、人の特殊能力を感知しイメージを描き出せる能力で、モノの温度関知し図式化するサーモグラフィの映像に似ていた。……少し異なるのは、人によって光の強さや色合い、光りかたが違って見えることだろうか。
(……来る。)
暗闇のなか、蓮華には、暗闇の向こう側から迫ってくる複数の影……敵襲も、そのすべてがスローモーションのように明確にとらえられる気がした。
(まずは、普通に、撃つ)
蓮華は暗闇のなか、まっすぐ拳銃を構えた。基礎訓練の帰りに無料ぶんを使いきり、給与を前借りする形で自費で通った射撃演習。……担当の水谷からは誉められるどころか、「ギリギリでメニュー組んでいるのに、そんなペースで飛ばすとつぶれる」、頑張れば偉いと誉められると思ったの?等と、思いのほか厳しく注意されて……けっこう凹んだ記憶がある。
(……叱られてしまうかもしれないけど、)
今、ここには自分以外に戦える人間は残っていない気がした。正気を保った戦闘員は逃げていき、一部は混乱し、一部は混乱したものを止めようとして……あるいは巻き添えになって、あるいは固い壁や床の跳弾により負傷したようだった。
出入り口を塞がれたトンネルの中同様に、明かりを落とされれば、完全な闇の世界。本来であれば、構造に慣れない侵入者側に不利な状況にされたわけであったが、初心者で経験値もない蓮華には、かえって緊張をやわらげ本来の“能力”に集中する助けとなったかもしれない。
(“見える”。)
攻撃意図を纏う数人の人影、物の位置も輪郭はなんとなくわかる気がした。
落ち着いている気持ちだった――それでも、緊張ゆえか、何発撃ったか自信がなかった。残弾があるのはわかっていたが、弾切れで焦ることが怖くて……蓮華はマガジンポケットから弾が満タンに充填された弾倉を取り出し、人差し指で弾頭を確認し交換した。
安全装置を跳ねあげ、スライドを引く。装填された音を耳で確かめ、引き金に指をかけた。
小さな的と思って撃つと当たらない。射撃練習時も、蓮華は的を中心を起点に拡大して、その真ん中を穿つイメージで撃つようにしていた。すると、(発砲の反動を抑え込むには筋力が不十分であるがゆえに)上下方向への弾道のブレは起きてしまうが、左右へのブレはほとんど起きなかった。
そのイメージのまま、蓮華はまっすぐ引き金を引く。立て続けに2弾ずつ。相手が防弾チョッキを着ていても連続2発くらわすことができればそれなりに衝撃はくるはず……と考えた。
敵意ある者の人影のいくらかは、身体を屈めているのか、背が低くなったように見えた。……消えたものもある。
(効いた……?)
懸命に練習は積んだものの、実践経験はゼロの蓮華には、見えなければ分からなかった。
(でも、向こうからも私の位置がわかるはず……)
遮蔽物に隠れなければ、とりあえず荷物の陰にでも……と蓮華が思ったとき、小さな手が腕をつかんで引っ張った。
「(指はずす。安全ロック、銃口前のまま右腕横に)」
(え!?)
思いがけない強い力にも戸惑ったが、それ以上に有無を言わさぬ口調に、蓮華は困惑した。
「安全装置かけてってば。早く、早く伏せるよ!」
小さな体は蓮華をぎゅっと抱き締めると、そのまま倒れるように横倒しになった。
「きゃっ」
非力なはずの小さな体は、銃を握った蓮華の右腕の向きや角度をホールドしつつ、蓮華を抱えたまま受け身をとった。
一瞬の間をおいて、蓮華は自分の頭上、元いた位置の二ヶ所を、鋭い何かが高速で通過していくのを感じる。もし、あのまま立っていたらどうなってたか。ぞくり、と背中が凍るような感覚を覚えた。
「っ!」
蓮華の左手……親指と人差し指の間の、ツボでもあり押すと痛い部分__に痛みが走った。小さな手につねられる。
「戦うんでしょ。やるなら徹底してやらなきゃダメ。」
狐面をつけた少女はまっすぐ蓮華を見据えて言った。
「ベテラン戦闘員の言葉と思って聞いて。……必要最小限の攻撃なんて、考えるのは10年早い。思いきって攻撃しないと、自分と仲間が死ぬ。……私の中の誰かがそう言ってる。」