第六話 霧狸の社探検隊とキング・ライダー①
投稿その二。
そろそろバトル要素とかも入ってくるので、分割です(-_-メ)
「とりあえず、俺はこのことをギルダ様にお伝えしてくる。言うまでもないことだが、決して霧狸の所に向かおうなんて思うなよ。いいか、フリじゃあないからな。神威獣の様子がおかしくなる事態なんざ、ろくでもないことの前兆でしかない。だから、冗談じゃなく家で大人しくしているんだ」
日頃は大剣に身を預けて現を抜かしているガルムが、珍しく目つきを鋭くさせて注意してくるので、カリムはただ事ではない事態を悟った。
しかし、同時にカリムは思ってしまった。今、ソーカルド領の領主であるギルダ・ソーカルド黒爵はカリムの父、コウハク・ツチツカミの対応に追われている。平時ならばともかく、あの厄介者の対応中では神威獣の異変についてなど後回しにされないだろうか。
カリムの父親に対する信頼は地に堕ちているので、こういった事態でも自然と足を引っ張るという計算となってしまう。まあ、コウハクにしてもカリムは余計なことしかしないと確信しているので、似た者同士と言えなくもないのだが。
だから、ガルムがコウハクの別荘地を去り、ニイサから、「外は危ないかもしれないから、タムマイン君も家でゆっくりしていきなさい」と声をかけられ、タムマインがそれを了承してもカリムの思考は、如何に家から抜け出して霧狸の異変を突き止めるかに執着していた。
父親への信頼のなさから、自ずと自分が行動しなければ大変な事態になるのではないかという直感が彼の思考を支配していて、子どもが余計なことをするべきではないというサワリムに似た小憎らしい理性が語りかける自制には、耳を傾けようとはしなかった。
「タムマイン、ちょっと来い」
小声でタムマインに呼びかけ、庭の奥へと彼を引っ張っていく。ここから脱走しようと思っていることを素直に伝えようものなら心配するに違いないニイサには聞かれたくなかったのだ。
「いやさ、カリム。いくらお前が俺がここにいることが気に食わないって言ってもさ、この状況は仕方なくないか? 別に俺がどうこうって話じゃあない。神威獣の異変なんてことが起きているんだ。今日くらい、せめて事態が把握できるまでは俺がここにいることも仕方ないってわけだ。わかってくれよ」
家にタムマインが居座ることに、カリムが怒っていると考えたのだろう。タムマインはカリムを宥めるように口数を増やした。
しかし、カリムは今、そんなことを気にしていないし、どうでも良かったのでタムマインの頭を軽くはたいて黙らせた。
「そういう話じゃあないんだよ」
カリムはタムマインの肩を掴んでしゃがみ込み、如何にも内緒話をしていますという体で話しかける。
「今日は家にアレがいないだろ?」
「はあ? アレってなんだよ?」
察しの悪いタムマインに、カリムは機嫌を悪くする。
「アレって言ったら決まっているだろう。この別荘地の主で、俺の父親的なアレだよ」
「父親的なアレって……お前ら血が繋がってなかったりするのか?」
「いいや、繋がっている。残念ながらな」
「あっ、そう。それでその父親がどうかしたのか?」
ようやく一歩話が前進し、カリムは続ける。
「あの父親……コウハク・ツチツカミって言うんだが……今、領主邸にいやがるんだ」
「なっ……ツチツカミってお前、てっきりどっかの貴族の庶子かと思ってたが、お前王族だったのか!」
「声が大きいぞ。母上に聞こえるだろうが! それに俺は王族じゃない。王族の庶子だ。初めて会ったときにも言っただろう? ただのカリムだ。それ以上でも以下でもない」
「お……おう」
「厄介なのは霧狸様の異変を領主が調べようにも、うちのクソ親父が足を引っ張って、すぐには調べられないかもしれないってことだよ」
タムマインが怪訝そうな顔をする。
「はあ? いや、流石に王族だからと言ったって、いやむしろだからこそか? 神威獣の異変なんて事態に自分の予定を優先するか? 普通に許可してくれそうなものだが……」
「お前は何もわかっちゃあいないな。王族なんて言っても、王都から離れて妾と乳繰り合いに来ているような色ボケだぞ? 信用できると思うか?」
「色ボケってお前……仮にも父親だし、お前が裕福な生活を送れているのもそのおかげだろうに……」
「話を逸らすな。どうだ、そんな奴を信用できるのか?」
顔をぐいって寄せて、詰問するカリムに、タムマインは苦渋の決断を下す。
「いや……まあ、そこまで熱弁されてしまうと、ちょっと信用はできないけどさ」
「だろう? ならば、後はわかるな? 俺達で霧狸様の社へと赴き、異変の正体を突き止めるんだよ」
「いや……でも、それとこれとは……」
「いいよな?」
「…………はあ、仕方ねえなあ。わかったよ。まったくお前のそういう頑固で他人の言うことを一向に聞こうとしないところは直した方が……って聞けよ」
一度、これが正解だと決めつけた人間の行動力はすごい。カリムは自分の行動が正しいと信じて疑わなかったし、タムマインの説得にしても言葉を交わしてはいるが、実質的には自分の考えを認めさせるだけのものでしかなかった。
「母上、タムマインと先ほど話し合ったのですが、どうもタムマインは家族のことが心配でならないとのこと。霧狸様の異変もあり、家で事態の収束を待ちたくはありますが、タムマインを家まで送って来ようかと思います」
「うーん、今は外出してほしくないのだけれど……。そうだわ、なら警護してくださっている領軍の方々に護衛を頼んではどうかしら? もちろん、護衛を頼むのはタムマイン君一人で、カリムは家で大人しくしているのよ」
「いや……それは…………そうですね、そのようにします。母上はここで待っていてください。護衛は塀の外にいくらでもいるでしょうから、外で護衛をお願いしようと思います」
「ええ、気をつけてね」
カリムとタムマインはこうして家を抜け出してしまった。
もちろん、領軍に護衛なんて頼むはずもなく。ニイサに噓をつくのは心苦しいことだったが、カリムには霧狸の異変を突き止めなければならないという大義があった。そして、その大義の下では罪悪感もなくなっていた。
いきなり、コウハクの別荘地を飛び出して行ったカリムとタムマインに領軍の者達は目を丸くしていた。するすると子どもならではの近道を突き進み、領軍が呆然としている間に姿は見えなくなっていた。
そして、運が悪いことに。別荘地を抜け出した二人を追う影が二つ。それと子ども達が向かう方角を見て、舌なめずりをする領軍の一団がいた。
「運命の神は気まぐれだぜ。せっかく領軍に潜入したが、無駄に終わるかもしれないと思ったときに予想もしなかったチャンスを恵んでくださるときた。ここで動かなきゃあ、山賊キング・ライダー様の名折れだなあ」
「悪いことが重なるってことは聞いたことがあった。事実、これまでの俺の人生は悪いことの連続でカイルガ領の秀才である俺様が、気づけば山賊に身をやつすくらいには酷いことの連続だった」
「しかし、だ。今日はとかくツイているぞ。ソーカルド領刻印騎士団随一の腕を持つガルムがいない。それも自分から道を譲るように親切にいなくなった。そして、間もなくアレがソーカルド領を襲うだろう。そうすれば確実にソーカルド領の中枢は麻痺するだろう。そしてそして、今時分に起きたことだが、領主から身代金をいただけそうなガキが自分から護衛の山から抜け出しやがったときた」
「これはもう……神が俺に金を恵んでくれているってことだよなあ。リスクは少なく、利益は大きい。ならば、やるしかないよなあ? 誘拐ってやつを」
カリムの父親への反発は、動くつもりのなかった悪党の悪事を誘発することになった。
自称、キング・ライダー。本名、トム。アマガハラ王国の最高学府である王立術理院を卒業し、その身体に刻印術式を身に宿すアマガハラ王国でも名の知れた山賊が、一行を狙って動き出す。
事ここに至れば、コウハクがどういう言動をするはずで、領主が神威獣の異変を突き止めることを最優先にしないかもしれないというカリムの仮定には何の意味もない。カリムは自分の想定を確信して行動し、その結果としてソーカルド領に迫っていた脅威とは別の事件が発生した。
要するに、そういうことである。