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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第五話 神威獣の異変

投稿その一。

ようやく神威獣の説明を書けました。

 アマガハラ王国には神威獣(カムイ)と呼ばれる特異な生物が存在する。

 神威獣という大層な呼び名は昔、アマガハラ王国が名づけたものだ。


 神がごとき威を示す獣。

 だから、神威獣と呼ばれたとか。海を隔てた大陸、大炎帝国の西部には砂漠という緩衝地帯の先にインダルという国がある。その国に起源を持つ理術学派は神威獣のことを原生種と呼称しており、呼び名は統一されてはいない。


 世界中に点在する大穴。

 俗に黒穴と呼ばれる高濃度魔素噴出口。そこから噴出する高濃度な魔素は生物にとって蝕む。魔物なら暴走し、狂乱の果てに力尽き、人なら一日あれば衰弱し、翌日には物言わぬ骸と化す。


 神威獣はその高濃度魔素に適応した生物であるとアマガハラ王国では認識されており、その認識はインダルでも同様である。


 魔素との親和性の高い彼らの力は絶大だ。

 アマガハラではその力の有益性によって、神威獣に対して上から紫珠、青珠、赤珠、黄珠、白珠、黒珠という六段階の位階をつけている。

 特に紫珠であるワルミ領の水龍はその力で以てアマガハラ全ての運河、果てはアマガハラを取り巻く周囲の海すら操作する超常生物である。

 神威獣はそこにいるだけで自然環境すら捻じ曲げる。ビンズマ領の森鹿は周囲を森に創り変え、イズカルト領の穀豚は収穫しても収穫しても次々と穀物の実る地帯を生み出し、スナガト領の鉱鶏はただの山を鉱山に創り変え、いくら取っても鉱物が尽きない宝の山に変貌させた。


 また、アマガハラ王国の現王統、武断派が祖と崇める王、マーシャルド・アマガハラは水龍の神威獣の助力を以て後に叡智派と呼ばれる王統との骨肉の争いに勝利している。


 つまり、神威獣とは正しくアマガハラ王国の生命線そのものであり、所領のパワーバランスにも大きく影響を及ぼしている。そのため、アマガハラ王国の貴族は神威獣の位階と同様の爵位を冠していたりする。


 神威獣はアマガハラ王国の王都を除く各領地に一体おり、猫だったり、猿だったり、ときには龍であったりの超常生物であることもあるが、総じてアマガハラ王国と共存関係にある。彼らは基本的に穏やかな性質を持っていて争いを好まない。

 

 当然だがコウハク・ツチツカミが別荘地を持つソーカルド領にも神威獣はいる。

 ソーカルド領を常に薄い霧で覆い、己の住処である社には一寸先が見えなくなるような濃霧を発生させている神威獣。黒珠の霧狸である。

 神威獣の中には山亀というその名の通り、山サイズの亀がいるのだが、霧狸の体長は普通の狸と変わりない。

 ただし、普通の動物とは違い、神威獣の特徴である高濃度魔素への適応した生物である。

 魔素を利用した身体強化や霧の発生など超常的な力を扱う能力は抜きん出ている。霧狸は己よりも明らかに下位の魔物との戦闘すら回避するけれど、その戦闘力は高いものであるとアマガハラ王国では信じられている。


 霧狸が生み出す薄い霧によって、畑の野菜は美味くなる。先祖代々からの信仰と日常的な感謝によって、霧狸はソーカルド領で親しまれているのだ。

 

 常識に疎いカリムだったが、そんな彼でも霧狸を敬う気持ちはある。

 あるのだが……。


「あらあら……また来てしまったようですね。膝をお貸しいたしますね、霧狸様」


 家の縁側でカリムの母、ニイサの膝枕の上で撫でられながらスヤスヤ眠るソーカルド領の神威獣に、どうしても敬いきれないカリムだった。


 今日は珍しくも、コウハクが家にいないので、ニイサと一緒にいるのだ。なんでもコウハクが王都に戻るときの護衛や道程の確認などがあるらしいから、ニイサの予定が空いたのだとか。


 ちなみに、ノルトリムはセナを連れて広場でままごとに行っている。カリムは既に前回のままごとで戦力外通告を受けてしまい、誘われることもなかった。まあ、辟易としていたカリムにとっては僥倖だったろうが。


 さて、ソーカルド領の守り神のような存在の霧狸だが、その姿を見てカリムが驚くということはない。そもそもソーカルド領で生きていれば、頻繫に走り去る後ろ姿を見かけることもある。

 何より、霧狸はコウハクの別荘地によく足を運ぶ。目的はニイサの膝枕のようだが、寝心地も重視するのか、決まって晴れの日に来ることが多い。

 要するに、カリムにはわりと見慣れた光景なのだ。


「俺は生まれてこの方、霧狸様と水龍様以外の神威獣を見たことがないんだけど、母上は見たことありますか?」


 ニイサと同じく縁側に腰かけ、そっぽを向きながら尋ねるカリム。


「うーん、私はあまりないけれど、故郷のイズカルト領で穀豚様を見たことがあるわ。といっても、遠目で見たことがあるだけだけれど。穀豚様は食べることが大好きで、いつも自分で実らせた穀物に囲まれて、自分で食べているから」

「そんな神威獣もいるんですか? 自分の力で食糧をつくって自分で食べるって……なんだかもう、すごいですね」

「本当にすごいのよ。位階だって青珠だし、穀豚様の穀物園はアマガハラの食糧庫なんて呼ばれているくらいなんですからね」

「国の食糧庫かあ……そう言われたら凄さがわかります」


 そこからは特に何か話すこともなく、薄い霧に囲まれてゆっくりと過ごす。空を仰げば、曇っていたけれど、カリムの気分は悪くなかった。

 嫌いなコウハクのいないし、大好きな母とゆったりした時間を過ごせている。カリムにはそれで十分だった。カリムは諸々あって態度が悪くなっているけれど、基本的にニイサの前では良い子のままでいることを心掛けている。

 

 けれど、少しするとカリムの剣の師匠であるガルムが、タムマインを伴って現れた。


 タムマインと出会ったその日の夕食。カリムのことなんて心底どうでもよさそうなコウハクを尻目に、ニイサが空気を読まずに「友達はできましたか?」と期待した顔で尋ねてきた。母の期待を裏切ることに罪悪感を覚えたカリムは咄嗟にタムマインの顔を思い出し、できたと言ってしまったのだ。


 剣に、読書に、勉強熱心なことは美徳だが一向に友達ができない息子に友達ができたとあって、ニイサは歓喜した。

 何せ彼女の子どもと言ったら長女以外の男は全て勤勉にもほどがあるのだ。

 サワリムの教育はもうコウハクが主導権を握ってしまっているので、余計にカリムのことには口を出してしまうのだ。

 具体的にはタムマインを別荘地に呼ぶことをコウハクに認めさせた。


 カリムは今でも覚えている。自分の別荘地にカリムの友人、加えて平民を招くことに尋常ではなく渋い顔をしながら嫌々頷くコウハクの姿を。

 コウハクはカリムのことは大嫌いだが、彼もまたニイサには甘かったのだ。多少の我慢をするくらいには。


 タムマインの姿を見て、過去の言葉を後悔するカリムであった。

 彼が来てからというもの、ガルムからの直接指導の時間が減って、代わりにタムマインとの模擬戦が増えたのだ。挙句ガルムから剣術を教わり、強化されたタムマインに、既にカリムはボロ負けしている。

 元々剣術も何も習っていない我流でも負けていたので、タムマインが効率的な動きを学んだら万に一つも勝てなくなった。

 勉学ではサワリムに、剣術ではタムマインに圧倒されて、カリムは散々だった。


「ニイサさん、今日もお邪魔します」

「いいのよ、タムマイン君。むしろ、毎日だって来てくれても構わないのよ?」


 ニイサの提案に喜色を浮かべるタムマインに、カリムが「真に受けるんじゃない」と射殺さんばかりの視線で睨みつける。途中で気づいたタムマインは慌ててニイサに断りを入れた。

 提案を断れたニイサは残念そうだが、カリムは当然といった面持ちである。


「お前、母ちゃんが好きなのか?」


 ガルムとの稽古の前に、声を潜めて確認してくるタムマインに、カリムは顔を顰め呟く。


「父親よりかはな」


 そうして。ガルムとの稽古が始める。

 ガルムの教え方は一つ型を教えては、後は模擬戦でその内容を組み込ませ、実戦で使えるようにする、というものだ。ガルム曰く、型の反復も大事だが、実戦で使えなくては意味がないとのこと。とはいえ、わりと適当でガルムが退屈してきたら模擬戦に割って入ってきたりと自由気ままな師であった。元々そういう気質の男ではないのだろう。

 

 木剣を手に素振りをして、既に習った型の復習。そして、新しい型と返し技などを習って模擬戦。

 三人いるのに、カリム一人だけ打撲が増えていく。そんな親からすれば悪夢の光景に、ニイサは友達と仲良くしていると思って、ニコニコとしている。

 だが、カリムも親の前でひたすら同年代の男にボコボコにされて、何も感じないような人間ではなかった。


 いつもなら剣の技能を高めるために自重していた急所への攻撃に、事前に拾っておいた砂利での目潰しなど、卑怯な戦い方も気にせず行った。模擬戦でそこまでやるかと思われるかもしれないが、残念ながら、ここまでしてもタムマインに対応されて、最終的には負けるのだ。


 頭に強烈な一撃をもらい、カリムは涙目でタムマインを睨みつける。


「お前の方が強いんだから加減しろよ」

「平然と急所も狙ってくるし、目潰しまでしようとしたお前にだけは言われたくねえよ!」


 休息する二人に、ガルムが声をかける。


「せっかくニイサ様が見学なされているんだ。カリムもいい所を見せたいだろう? だから、今から二人まとめて相手してやる」

「意味がわからんな。ガルムと模擬戦しても怪我するだけだろ」

「そう言うなって、格上との模擬戦からは得るものも多いんだから」

「じゃあ、タムマイン肉壁な。遊撃は任せろ」

「ふざけるな! お前の実力だと遊撃は無理だろう! 俺が遊撃でお前が壁しろよ!」

「はあ!」「ああ!」


 ニイサの前であることも忘れて、醜い言い争いをする二人に呆れたガルムが無言で襲いかかる。

 ガルムは少し厚みと長さ、そして重量のある木剣を使用している。

 二人はバックステップでガルムの初撃を回避する。


「奇襲とはせこい師匠だな!」

「本当だよ、性格がひん曲がってやがる!」

「ごちゃごちゃ言わずに構えろ」


 カリムがガルムに斬りかかり、腕の力だけで弾かれる。入れ替わるようにタムマインが踊りかかり、数合打ち合って、吹き飛ばされる。

 そして、またタムマインが踊りかかり、その背後からカリムがタムマインの攻撃の隙間を縫うように刺突でガルムの張りつけにする。


「カリム、てめえ、いつの間に俺の後ろを定位置にしやがった!? 代われっ、俺もそっちがいい!」

「やっぱりタムマインは壁役が適しているな。だから、このままだ!」

「この野郎!」


 その後。なんだかんだと二人は数分間、ガルム相手に粘った。もちろん、ガルムは手を抜いているが、そういった事情を含めても二人の連携は隙が少ないものであり、軽々と対応しながらも末恐ろしいとガルムは感じていた。

 

 ――そろそろ、終わらせようかとガルムが動こうとした、そのときだった。


「キュッ! キュウーーーーーーーン!」


 突如、ソーカルド領の神威獣、霧狸がニイサの膝に立ち、鳴き声を上げた。

 一跳びでニイサの膝から下り、四方八方に頭をキョロキョロとする様子は霧狸を見慣れたソーカルド領の人間にとっても見たこともないものであった。

 

「キュッ! キュッ! キュッ! キュウウウウウウウ!」


 恐慌状態。

 霧狸はそう言って差し支えなかった。鳴き声を上げるのをやめると、唸り声を上げ、走り出して、霧狸はコウハクの別荘地からいなくなってしまった。


「霧狸様……一体どうしてしまわれたのかしら?」


 ニイサの疑問に答えられる者はこの場にはいなかった。

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