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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第四十五話 武舞祭⑥

ついに来ました。対ジュリアン戦です。武舞祭ではこれが一番の戦闘シーンになります。

(; ・`д・´)

 

 準決勝二戦目。

 カリム対ジュリアン・ツチツカミが舞台上で睨み合う。

 準決勝一戦目はタムマインが苦戦することなく勝利したが、カリムは彼の勝利を疑っていない。

 

「将来の国王が随分やつれたんじゃないか?」


 カリムは驚いていた。

 先日の鷹を思わせる鋭い目つき、そして王族らしい毅然とした態度であったジュリアンの姿はそこにはなかった。

 目には隈ができ、戦闘が始まってすらいないので、猫背になって、肩で息をしている。右手だけは力強く何かを握りしめている。

 返事はなく、うわ言のようにブツブツと何か呟くジュリアンに、カリムはタムマインが警戒を促したのは理由を悟った。

 明らかに平時のジュリアンではない。カリムは一度彼と会い、そして模擬戦闘をしただけだったけれど、少なくともこんな様子ではなかった。

 気を引き締めて、カリムは審判の合図を待った。


 ――試合が始まると、ジュリアンの腕から彼の上半身くらいの火の鳥がカリムへと発射される。

 先日の模擬戦闘の焼き直しである。

 しかし、カリムだって無為に時間を過ごしてきたわけではない。

 横に避けるのではなく、一歩前に進みながら紙一重で回避する。

細部を注視する『見通す目』と、白珠レベルまで出力が上昇した『身体強化』がそれを可能にする。

濃霧は用いない。使用しても効果が薄いことは前回身をもって理解している。


すぐに距離を詰めたカリムはジュリアンの首元に木剣を突き出す。ジュリアンは遠距離特化であるため、その手には木剣はない。

近距離はカリムが優位である。

――そのはずだった。


ジュリアンの無造作に添えられた手が木剣を摘まむ。突進の推進力を利用しての突きが、赤子の手をひねるように容易く静止する。

不健康そうな顔に変わりないジュリアンだが、掴まれた木剣が万力のごとく動かない。

払う仕草で木剣とカリムが宙を舞う。舞台の中央から端までゴロゴロと転がっていく。


すぐに体勢を整えたカリムは間隙を縫うように木剣を投擲した。

一瞬の隙をつく奇襲は確かにジュリアンの腹に命中する。

だが、ジュリアンの表情が痛みに歪むことはなかった。

ただじっと……腹に当たり、勢いを失ってカランと落ちる木剣を見ていた。


「…………ふざけるな!」


 その言葉をトリガーにジュリアンの胸部の古びたお守りから邪悪な漆黒が溢れ出す。

 ジュリアンの身を包み、やがて頭部には鳥のような兜、胴にはボディラインが見て取れる鎧、背からは炎で翼を形成される。

 黒炎の鳥人へと姿を変えた。

 粘りのあるドロドロとした黒炎は悍ましく、やつれたジュリアンのギラギラとした目つきと相まって邪悪であり、カリムは顔色を青くして息を吞む。


「王たる俺にッ、何をするッ!」


 黒炎がジュリアンの腕から溢れ出し、集約する。


「滅びろ、愚か者! 羽ばたけ、『黒炎鳥群』!」


 舞台へと叩きつけられた黒炎が爆発し、無数の黒炎鳥へと姿を変え、舞台を爆発と黒炎で満たす。

 舞台は破壊され、意味を失う。それに留まらず破壊は観客席と第一演習場を遮る結界術式にも着弾し、罅を入れ、破壊寸前まで追い込んだ。

 黒炎鳥の群れにカリムは時折爆風で宙を舞いながら、なんとか生きていた。

 出血は軽度だが、吹き飛ばされた際、何度も地面に身体を打ちつけられ、全身が打撲で悲鳴を上げていた。


 観客席にすら被害を出しかねない攻撃だったが、審判は黒炎鳥の群れに吞まれて、場外で煙を上げて倒れていた。

 控えていた学士はひび割れた結界術式を修復している。

 結界の外が事態への対応に追われる中、結界の中で原因であるジュリアンはカリムへと追撃の準備を終えていた。

 ジュリアンの突き出した腕、そこに凝縮された黒炎を見て、カリムは本能的に身を投げ出して横へと飛ぶ。


「悉くを穿て、『隼』」


 ジュリアンの突き出した手元で大きな爆発が発生し、ロケットのように一羽の黒炎鳥が射出される。

 黒炎鳥が射線上を蹂躙する。綻んでいた結界術式を破り、勢いそのまま観客席の一角を爆発で満たした。

 ――一瞬の静寂の後、観客は無秩序に客席を飛び出して、出口へと押しかけた。

 命を奪われるかもしれない恐怖に支配された観客達に教員と派遣されていた刻印騎士の多くが対応に追われる。

 唯一ジュリアンを止めることができる戦力である王剣百士で、動かない。

 いや、動けなかった。


 +++


 次期国王と目されているとはいえ、王の命や観客の命を守るため、動き出そうとした王剣百士達を引き止める男がいた。


「貴様達、何をするつもりだ! 試合をしているのは次期国王であるジュリアン様だぞ! 試合を止めることなど許しはしない!」


 その男、ナルカマカロ・ナンロは声の限り、王剣百士を引き止める。

 ナルカマカロは宰相の地位につき、王に次いで王剣百士に命令権を持つ。そんな彼の命令を無視できるだけの権限は王剣百士にはない。

 王の勅命さえあれば、王剣百士はナルカマカロを無視できる。

 しかし、その王はただ呆然として、悍ましい黒炎に身をやつすジュリアンを見つめているだけで何か命令することができる状態ではなかった。


 ただし、ナルカマカロにも余裕があるわけではなかった。

 彼はジュリアンがあのような姿になることを想定していなかった。

 だが、ジュリアンが武舞祭を台無しにしたという汚名を背負ったままに事態を収拾しては二頭体制など夢のまた夢。ゆえに、王剣百士を引き止め、結果を先延ばしにする他なかった。

 ナルカマカロは頭を搔きむしり、眼下で暴走するジュリアンを殺意を持って、睨みつける。


「……ジュリアン・ツチツカミ。一体お前は何をしている? ……このまま平穏無事にさえ、武舞祭を終えていれば二頭体制で王位を確かなものにできたものを……」


 絞り出すように小声で発せられた恨み言はジュリアンが起こす爆発によって、かき消された。

 ナルカマカロは事態を停滞させて、考える。

 ただ己の望む未来に繋げるため、事態の解決など後回しにして。


 +++


 カリムは息を切らしていた。

 絶え間ない黒炎鳥での攻撃は、一撃一撃がカリムを致命傷に追い込むほど強力である。

 幸いカリムは『見通す目』でその全てが命中することを回避できていた。

 しかし、疲労によって確実に集中力は低下してきている。また、打撲やすり傷も積み重ねていくと集中を阻害する要因になり、悪循環に陥っていた。


 そして、隙を突かれる。

 貫通力と速度に特化した『隼』がカリムの頭部目掛けて強襲する。

 カリムが気づいたときには黒炎鳥が視界いっぱいに羽を広げており、カリムは死を覚悟した。

 

「させねえよ!」


 しかし、間一髪のところで『隼』は文字通り、殴り飛ばされた。


「忠告したのに何で死にそうになってんだ、カリム」

「……無理難題を言うな。あんな化物になったジュリアンは想定していない」


 助けに来たタムマインと軽口を言い合い、二人は破壊された瓦礫が散見できる第一演習場でジュリアンと向き合う。彼はあちちと黒炎鳥を殴った腕を振っている。どうやら無傷とはいかないらしい。


「こんなことなら、式符を持ってくるんだった」

「ルール違反だろうが。武舞祭だったんだ。タイミングが悪かったと思うしかねえよ」

「くそ……タムマイン、前衛を頼む。俺は瓦礫を投げて、あいつの注意を引く」

「また、楽な方を……と言いたいところだが、その身体で近接戦闘したらすぐにやられそうだもんな」

「……今度、寝てるときに奇襲してやるから覚えていろ」

「やっぱ性格悪いな、お前!」


 立ち向かってくる二人に、ジュリアンの顔が怒りで歪む。


「王の前に立ち塞がるなぁ!」


 そこからは短くも濃密な時間が続いた。

『黒炎鳥群』で手当たり次第に範囲攻撃を繰り出され、死にもの狂いで逃げる。

 タムマインが刻印術式『身体強化:青珠』で近接戦を挑めば、ジュリアンは逃げることなく、タムマインと殴り合った。

 近接戦では最強に近いタムマインだが、ジュリアンとは互角だった。

 いや、身体強化は同レベルでも黒炎を纏って攻撃できるジュリアンの方が優勢ですらあった。

 今回は合間でカリムが瓦礫から石を集め、隙を見ては寸分の狂いなくジュリアンに投擲し、目潰しを狙っていたのでタムマインと互角になったけれど。

 距離をとったタムマインは苛立っていた。


「どうなってんだよ! あいつ遠距離特化じゃねえのかよ! なんで身体強化を使って俺と互角なんだ!」

「死ぬかもしれない強敵なんだろう? そういうこともあるだろうさ。お前が言ったことだぞ?」

「……悪かったよ」

「まあ、互角なら良い方だろう。お前、アルタイラには負けてたしな」

「そういうことじゃねえ。あいつはアルタイラと違って、力そのものが俺と互角だって言ってるんだ。アルタイラには技術で負けてた」

「だから、良い方だろう? アルタイラ相手なら今頃二人揃ってやられてる」

「……それもそうだな」


 ジュリアンとの戦いは二人にとって、キング・ライダー以来の死闘と言えるものだった。

 広範囲攻撃の『黒炎鳥群』、一点突破の『隼』、そしてタムマインと互角の身体能力と自由に空を飛べる黒炎の翼。

 それでも、なんとか二人はジュリアンを倒すことに成功した。


 一撃ごとに風圧が轟く殴り合いの果て、突然ジュリアンの動きが鈍り、カリムの投石が命中。その隙にタムマインが渾身のストレートを叩き込んだのだ。

 二人の成果というより、ジュリアンのスタミナ切れのような幕引きだった。


 今にも倒れそうになりながらも、二人は倒れたジュリアンへと近づき、膝をつく。


「まったく、てこずらせやがって」

「危うく死にかけた。今度からは持ち込み禁止でも式符は持参してやる。ルールよりも命優先だ」

「そうしろ、そうしろ。またジュリアンみたいな奴がいたら今度こそ死んじまう」


 ――ジュリアンは倒れ伏しても、意識を失ってはいなかった。

 誰の耳にも届かないほどの小声で、ブツブツと口を動かし続ける。


「俺が……王だ。……見ていてくれ、父様、母様。俺が王になるから。王になって二人の誇りになるから。シャムトリカ様、心配はいらない。俺がアマガハラ王国を導いていく。疫病からも、バルバリアントの脅威からも全てからこの国を……」


 ジュリアンの身体がドクンと跳ね起きる。

 首から下げたお守りが黒い輝きを強めていき、やがてジュリアンの身体の内へと溶け込む。

 苦悶の表情を浮かべたジュリアンから、絶叫が響き渡る。

 声は上げるほどに低くなり、全身を黒炎が焼く。

 最後には、黒炎で覆われ、黒炎の羽を持つ化物が生まれた。

 化物は叫ぶばかりで言葉を発しない。既にソレに知能はなかった。


「おいおいおい」

「これは……無理だな」


 二人は既に限界だった。今の力ではジュリアンどころか武舞祭に選出されていない生徒にも容易く負けるほど疲弊していた。


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