第四十三話 武舞祭④
今回は戦闘シーンはありません。(; ・`д・´)
試合を終えると、カリムは休む間もなく、ホルベが退場した出入口へと回り込み、彼を探した。
試合前、カリムの定められた運命について、何か知っている様子だった彼を問い詰めようとしていた。幸いホルベは第一演習場の出口の近くでベンチに身を預け、水分補給をしているところを発見することができた。
「おい」
乱暴に声をかけ、返事を待たずに本題に入る。
「お前は……俺の何を知っている?」
酷く抽象的な質問だが、ホルベはその真意を理解しているようだ。
「ああ……君が言うところの『定められた運命』だっけ? 一応、僕は王族だからね。その具体的な内容まで知っているよ」
「なら、教えろ」
「できない。……別に意地悪をしようってわけじゃない。こっちにも言えない理由がある。少なくとも王族の庶子の運命について、口外することは禁止されている。僕としてはむしろカリム君、君が誰からその話を教えてもらったのかを知りたいね。そいつはアマガハラ王国のルールに反した行動をしている」
「なんだと?」
カリムは衝撃を受けた。あれほど憎らしい弟が既存のルールに反してまで、カリムに助言をしていたというのか。基本的に上から目線の鬱陶しい弟というイメージしかないだけに、すぐには理解できず、固まってしまう。
だが、多少思い当たる節がないわけでもない。サワリムは王族について調べるとき、やけにそのことを秘匿するように念押しをしていた。カリムにはその念押しの意味が理解できなかったけれど、それがサワリム自身も危ない橋を渡っているならば納得できる。
彼は自分を危険に晒してでもカリムに『定められた運命』について知らせようとしてくれていたのだ。
そこまで考えて、ようやくカリムは現状を理解する。
よりにもよって、王族相手に秘匿すべき情報を問い詰めているのだ。サワリムの忠告を考えれば自爆に等しい行為であった。
「ジュリアン・ツチツカミ。彼が前にさっきのお前のように仄めかしてきた。だから、俺は問い詰めている」
一か八かで噓をつく。今のところ、王族の庶子の定められた運命について、カリムが知識を持っているとわかっているのは三名。父親のコウハク、そして弟のサワリム、最後に目の前にいる栗色の髪の少年、ホルベである。
コウハクとホルベ、どちらも王族であるという共通点がある。だからこそ、カリムは王族ならばみな知っているのではないかという推理のもと、ここにはいない、おそらく控室にいるか、試合中であるジュリアンの名を出すことにした。
確証がないので、賭けである。
「ああ……ジュリアン様が……。相変わらず口が軽いんだね、あの人。納得したよ、ごめんね、疑って。次期国王であるジュリアン様が教えたなら、僕からは何も言うことはないよ。補足して説明することもしない。聞きたいならもう一度、ジュリアン様から聞くといい」
「ちっ……仕方ないか」
諦めた風を装って、内心では疑いが晴れて安堵するカリム。
そんな彼に対して、ホルベはベンチに腰掛けたまま、「それよりも」と言って、手を差し出した。
「さっきは完敗したよ。強いね、カリム君は。君が良ければ、今後とも仲良くしてくれると嬉しい」
「カリムでいい」
ホルベの手を取り、握手を交わし、別れる。
「あのっ! カリム様!」
ホルベと別れてすぐのこと、綺麗な金髪を腰元まで伸ばした少女がカリムに声を掛けた。
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次の試合までには昼休憩の時間を挟むので、カリムは昼食を食べるため、王都の屋台に繰り出すつもりだった。
タムマインとは一緒に昼を食べる約束はしていない。彼のライバル宣言後、どうにも話しかける気分にならず、あまり口を聞いていないのだ。
とはいえ、仲が悪くなったかというとそういうわけでもなく、寮の同室でも空気が悪くなるようなことはない。本当に話さないだけだった。
なので、昼食を一緒に食べる約束をし忘れており、一人で昼食を食べる……はずだった。
「カリム様はいつもどこで昼食を食べるんですか?」
「学院では購買のパンを買って食べている」
「そうなのですね! 私、あまり屋台などに詳しくないですが、カリム君は詳しいですか?」
「いや……俺も元々地方出身だから屋台といったものにも疎くてな。申し訳ないが案内ならできないぞ」
「なら私とカリム様はお揃いですね!」
「うん? まあ、そうなるのか?」
ホルベとの話の後、急に声をかけてきた金髪の少女、ムルオレアは昼食に誘われて、カリムは共に王都の通りを巡っていた。最初は断ろうとしたのだが、どういうわけか何か言う度、ネガティブな内容の返事をポジティブに変換され、いつの間にか一緒に行動することになっていた。
そして、あまり女子との交流がなかったカリムにとって、ムルオレアの存在は対処に困るものだった。
とかくどう対処すればいいのかわからないのだ。
しかし、ムルオレアは別である。
フシャール四家のシルキ家の令嬢として生きてきた彼女は貴族社会で生きてきただけあって、会話を途切れさせることはない。
「宜しければ、私の行きつけのお店で昼食を食べませんか?」
そして、気がつけばカリムはムルオレアに言われるがまま、これまでの人生で絶対に行くことはなかったであろう貴族御用達のカフェにいた。
カリムは混乱していた。どうしてこんな高級店に自分がいるのか。そして、お代は払えるくらいの値段だろうか。そして、隣で楽しそうに笑っているムルオレアは何が目的なのか全てはわからなかった。彼女は今日出会ったばかりだし、そのときはカリムのことを様付けなんてしていなかったはずである。一体、何が起きているのか。
一品一品が長い名称のメニューにうんざりすると、すかさずムルオレアがオススメを教えてくれる。
「これはオーク肉のステーキです。午後から試合が控えているカリム様はしっかりと栄養補給が必要なのでオススメです」
「いや、でも……お代が……」
「もちろん、お代は誘った私が出します。カリム様は気にせずに英気を養ってください」
カリムはムルオレアの気迫に押されて、渋々ながら了承する。自分で食べる分くらい自分で出すべきだとは思ったけれど、ムルオレアに反論する気にはならなかった。
平民のカリムだが、あまり店で浮くことはなかった。どうにも試合の服から制服に着替えているからだろう。他の客もわざわざ一人一人の学生の意匠を注視するということもなかった。
加えて、二人が座っている四人掛けテーブルの脇には、ムルオレアの従者がいる。従者がいる時点で身分が高いと、想像したのかもしれない。
ムルオレアは少なめのパスタを頼み、食事よりもカリムへと話しかけることに注力していた。
「私、カリム様の華麗な剣術に感動しました!」
ムルオレアは如何にカリムの剣術が素晴らしかったのかをカリムに説く。目の前の本人はひらすら褒められて逆に恥ずかしくなっていた。
「いや、あまり言いたくはないが、俺よりもタムマインの方が強かったと思うんだが……」
実際、何度も敗北しているので、負けるつもりはなくても強弱ではタムマインが上だと思っているカリム。
しかし、ムルオレアは「そういう話ではないんです」と否定する。
「確かにタムマイン君は強いでしょう? 強力な身体強化と天性のセンスで勝ち上がっています。でも、私はカリム様の磨き上げられた剣術に魅せられたのです!」
「あの水が流れるような自然で、華麗な剣捌き。そして、霧を用いた戦術は正に物語で読んだ建国王ジークムントのような芸術的な試合運びは本当に素晴らしかったです!」
熱烈なファンと対面してしまい、カリムは押され気味に「ありがとう」と感謝を述べるしかなかった。
また、ムルオレアが金髪の美少女ということもあり、目を背け、顔を赤くしていた。
その後、食事を終えるとカリムは逃げるように第一演習場へと向かったが、ムルオレアは笑顔で送り出していた。




