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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第四十二話 武舞祭③

 


 続く第二試合。

 カリムが今大会でライバルだと考えている者が二人いる。一人は先日敗北したジュリアン。そして、もう一人はいつも常日頃、行動を共にしているタムマインだ。

 第一試合を両者はなんなく突破していた。

 そして、ついさきほどカリムが観戦する中で、タムマインの第二試合が行われた。

 相手は一組のアレックス・タリスデン。王都の北西に接し、領地が海にも接しているタリスデン赤爵領の次男。タリスデン領には赤珠の神威獣、風馬がおり、アレックスも何の因果か『風馬:赤珠』の刻印術式を所持している。

 強力な刻印術式から優勝候補とも目されていると、カリムは武舞祭出場前に、テオル・ヒタルトから聞いていた。彼は何かと貴族社会の情報を聞けば、一般的な情報はこれといった対価を求めず教えてくれるので、カリムは重宝している。

 タムマインという少し身体能力が優れた少年と、風馬を用いるアレックス。

 観客のほとんどがアレックスの勝利を疑わなかったが、カリムのようなタムマインの強さを身に染みて知っている一部の生徒は、タムマインが勝つだろうと真逆のことを考えていた。

 

 そうして始まった試合は、観客の度肝を抜くものとなった。

 開始早々、アレックスが刻印術式『風馬:赤珠』を発動し、風を凝縮し、馬の形に押し留めた馬を形成する。馬の中身は灰色の風が渦を巻いているが、アレックスは気にもせず騎乗し、水平に木剣を構える。

 すると、風馬の風が一部木剣へと移っていき、風でコーティングされた木剣が、剣の間合いからは遠く離れたタムマイン目掛けて一閃される。

 飛び出す風の刃。空気を裂き、突き進む斬撃。

 タムマインはそれを『身体強化:青珠』の青白い光を身に纏い、跳躍。上から瓦割の要領で下方へと殴りつけ、霧散されてしまう。

 そこからは怒涛の展開だった。

 アレックスが風馬の風を一身に纏い、さながら人馬一体となって果敢に攻めるが、タムマインは冷静かつ確実に攻撃を回避してから一撃、また一撃と風の鎧を剝いでいく。

 追い詰められていき、このままでは勝機を失うと考えたのか、アレックスが風馬に風球による弾幕も並行して行い、タムマインの回避行動を制限する。

 この方法は一発一発の火力ではなく、隙を埋めつつ、面で制圧できる点で非常に有効だが、風馬の風が見る見るうちに減っていく様を見て、カリムはそのデメリットを知る。


「なるほど、強力な風馬も風を全て消費してしまえばなくなってしまうのか。だから、弾幕を張るのを渋っていたんだな」


 あの風馬一体でも相当な魔力を消耗しているのだろうと当たりをつけるカリム。そうでないならば、今頃アレックスは大量の風馬を生み出して物量で制圧していただろう。

 

 とはいえ、アレックスの作戦はメリットも確かにあるものだった。

 身体強化されているタムマインに弾幕でダメージは期待できない。しかし、被弾する度にタムマインに加わる衝撃はアレックスの動きの隙間を埋めることに成功していた。

 また、タムマインが弾幕に対して、回避ではなく迎撃を選択すれば逆もまた然り。風の鎧を纏い、アレックスの猛攻に対処できなくなる。

 効果的な戦術であった。

 惜しむらくはその継続時間が短かったことだろう。


 一度は巻き返したアレックスだったが、その攻勢は長くは続かなかった。

 猛烈な勢いで消費される風馬の風が尽き、最後は呆気なくタムマインに腹に蹴りを叩き込まれ、地に伏した。

 しかし、その攻勢が効果的であったことは珍しく肩で息をしているタムマインから見て取れる。カリムは素直にアレックスの健闘を称える。

 おそらく、カリムにはあそこまでタムマインを追い込むことはできないだろうから。

 

 タムマインの勝利で決着がつき、舞台の上で手を取り合い、何やら話をしている両者を尻目にカリムは控室へと向かう。

 

「俺も負けてはいられないな」


 +++


 舞台に上がったカリムを待っていたのは線が細く、栗色のくせ毛に穏やかそうな雰囲気の少年だった。

 しかし、カリムは油断しない。

 相手はホルベ・ツチツカミ。フルド・ツチツカミという今のところ王位継承争いには参戦していない王族を父親に持つ王族。その権威は次期国王と目されているジュリアンには及ばないものの、貴族などよりもよほど高位である。

 加えて、カリムには過去にジュリアンという王族に敗北している経験がある。その経験から、相手が王族だからといって守られているだけという偏見は抱かない。むしろ、王族だからこそ、より強力な力を持っているのではないかと、警戒心が増していた。

 

 カリムはホルベについてはテオルから話を聞いていないので、相手の刻印術式は分からない。対して、ホルベはさきほどのカリムの試合から彼が幻術を見破ることができる刻印術式を持っていることを把握しているだろうと想定する。

 また、場合によっては王族の権威を使って既にカリムが三つの刻印術式を所持していることも知られているだろうと考えている。


 つまり、初見での奇襲は成立しない。

 そこまで考えて、カリムは普段通りに闘うことを決めた。

 手の内がバレているならば、そこからは創意工夫で闘うより他にはない。

 

「君って庶子なんだね」


 前置きもなく、ホルベは向き合うカリムへと告げた。

 カリムの表情が歪むのを見て、ホルベは頷き、一人で納得する。


「なるほど、苦労はしているようだね。まあ、庶子で王立術理院に来れたなら、少なくとも君は安泰だろうけど、やっぱり王族の庶子だと辛いよね?」


 何かを知っている風に話すホルベに、カリムはふとサワリムの言葉を思い出す。

 ――確か……サワリムは俺達の定められた運命と言っていた。そして、王族について隈なく調べろとも……。

 ホルベ・ツチツカミは名前からもわかる通り、王族である。

 つまり、彼がカリムの定められた運命について何か知っていても、何も不思議なことはないのである。


「お前……定められた運命について何か知っているのか?」

「定められた運命? …………ああ、なるほど。そうか、そうだった。君は聞かされてないのか。考えてみれば当然だった。何せ当事者に話しても良いことなんか何もなかった」

「おいっ、答えろ! お前は何を知っている!」


 勝手に納得してしまったホルベに、カリムが声を荒げるも、邪魔が入る。


「双方、私語を慎みなさい!」


 審判が割って入ったことで、話を中断された。

 カリムには不快極まりなかったが、今は武舞祭の真っ最中。ただでさえ大きな行事であるというのに、今回はシャムトリカ王まで見学に来ているのだ。審判も自分の役目に一層の責任感を感じていた。


「さっきの続きは試合後にでもしよう。今は武舞祭だ」

「……ちっ、わかったよ」


 審判の掛け声で、試合が始まる。

 開始と同時にカリムは前傾姿勢にホルベに向かって駆け出す。『身体強化:黒珠』で身体能力を向上させ、『見通す目:黒珠』でホルベの一挙手一投足に注視しながらの速攻である。

 目を見開き、驚いた様子のホルベだったが、すぐさま少し手を掲げ、刻印術式を発動する。

 

 カリムの目には地中を何か根のようなものが瞬く間に広がっていくのが視えた。

 その一部がカリムの足元を通り、急に向きを変え、カリム目掛けて跳ね上がる。

 

 地面を突いて出てきたは木の根っこであった。太いものから細いものまで次々と地中から地上へと現れて、カリムを串刺しにせんと生き物のように向かってくる。

 

 カリムは見ながら、対処する順番を決めていく。『見通す目』によって、カリムの目にはしっかりと根の動きが見えている。

 ただし、根には一定の追尾機能があるのか、もしくはホルベが目視で調整しているのか直線的な攻撃ではなく、微妙に軌道修正しながら迫ってきている。

 

 だからこそ、カリムは極力大きな回避行動を取らず、一つ一つ、根の刺突に沿うように木剣と身体を使って受け流し、最小限の動きで回避しながら前身をする。

 ときには肉体を滑り込ませるスペースがないときもある。そういったときは無理はせず、一度距離をとった。

 そして、同時に『濃霧』によってホルベの視界を塞ぎ、一気に距離を詰める。

 近距離は根が守られていたために、ホルベに木剣を叩き込む前に木剣で防がれてしまう。


「荒々しいなあ」


 余裕を崩さないホルベに、カリムは違和感を覚える。

 どうにも『濃霧』を利用した奇襲であったというのに、ホルベの対応が早かったのだ。

 近距離の根が切られてから奇襲に気づいたならば、不完全な体勢で木剣を受けても良さそうだが、ホルベは正面からカリムの攻撃を防いでいた。

 それこそまるでそこから攻撃が来ると分かっていたように……。


『濃霧』は一度、解除しておく。決定打を思いつかない内に、魔力を消耗し続けるのを嫌ったのだ。

 カリムは思考を続けながら、最小限の動きで根の攻撃を避け続ける。

 一定の場所に留まらないように気をつけて、ときに剣で根を切り払い、余裕があれば根を壁にして、ホルベの死角に潜むように。

 避けて、切ってを繰り返す。


 そんな攻防を続けながら、カリムは根の攻撃に違和感を覚えていた。

 明らかに追撃できるタイミングを逃しているときがある。

 カリムがホルベの死角に入ると、根の追撃が来ないときがあるのだ。

 しかし、死角にいても根の追撃が来るときもある。

 タイミングを考えると明らかにカリムにとって致命的な隙もあったのに追撃が来ないときがあるのだ。


「遊んでいる? ……いや、できないのか?」


 カリムは思考を続ける。

 ホルベにとって、追撃ができるときの条件は何か?

 それを考えながら、攻撃を回避し続ける。

 思考に重きを置くために、剣での切り払いや距離を詰めるといった行動はしない。

 ひらすら回避行動をとり、死角に逃げ続ける。


 すると、根はカリムを探すように漂うばかりで、追撃がまったく来なくなった。


「?」


 知らぬ間に、ホルベの追撃に必要な条件を突破している。

 そう仮定して、カリムはこれまでとさっきまでの動きとの差異を考える。


 止めたのは剣での切り払い、そして距離を詰めること。

 おそらくはこのどちらかでホルベはカリムの位置を把握している。

 カリムはさっそく試してみることにした。

 

 まず、ホルベには近づかず、剣での切り払いを積極的に用いながら、死角へと逃げ続けてみる。

 すると、根による追撃はしつこくカリムを捉え続け、複数のかすり傷を負った。


「よく避けるね。でも、僕の『森術:黄珠』からは逃げられないよ」


 剣で根を切り払うと位置が特定されるようだ。

 おそらく、根の魔力が途絶えるといった感覚で大まかな位置を把握し、その一帯を攻撃しているのだろうとカリムは予想する。


 次は、『濃霧』を用いて視界を悪くし、漂う根をまったく切らずに距離を詰め、さきほどのような奇襲を試みる。

 すると、今度は慌てた様子でカリムの攻撃を塞いでいた。体勢も整えておらず、カリムの奇襲を把握できていないことは明白だった。

 つまり、間合いによってカリムを把握しているわけでもない。


 そこまで状況を把握して、カリムは『濃霧』による奇襲戦法で闘うことにした。

 もちろん、そのときには決して根を切り払うようなことはしない。

 最小限の動きで、距離をつけ、根を切るのはホルベを取り囲む盾の役割をしている根を退けるときだけだ。

 

 奇襲をして、霧に隠れ、また奇襲をする。

 ホルベは続けて行われるカリムの攻撃に息を整えることもできず、五回目の奇襲時に首元に木剣を添えられて、負けを認めた。

 

 カリム対ホルベ・ツチツカミの勝負はカリムの勝利に終わった。

 

 +++


 観客席にて。

 その闘いを熱い眼差しで、見つめる少女がいた。


「カリム君……あんなに強かったんだ」


 少女の名は、ムルオレア・シルキ。

 今朝、カリムとぶつかって、王立術理院まで送ってもらった少女である。

 ホルベという見知った少年が試合をするということで来てみれば、カリムの勝利で終わったのだ。

 しかし、ムルオレアはホルベの敗北を嘆いてはいない。

 カリムの芸術的とも言える流麗な剣捌きに、彼女は魅せられた。

 

 ムルオレアは常々思っていた。一緒になるなら英雄がいいと。

 幼少期から英雄譚や冒険譚といったフィクションに魅せられた彼女は、いつしか親に縁談を持って来られても悉く断り、自分は英雄と結婚するのだと親の頭痛の種をつくっていた。

 ――そんな彼女が、カリムの剣技に魅せられた。


「待っているだけじゃいけないわ。英雄の心を射止めるために私も行動しないと!」


 +++


 貴賓席。

 退屈そうに肘をつき、武舞祭の進捗を眺めていたシャムトリカだった。

 しかし、そこにカリムという最近とある事情で知ることになった少年の名前を見つけて、興味深げに試合を観戦していた。


「ほう……サワリムといい、このカリムといい、コウハクの庶子は優秀な子が多いんじゃな」


 シャムトリカは安堵する。

 彼らがこれだけ優秀ならば庶子でも生き残れるだろう、と。

 これから義妹の家族になるのだ。シャムトリカにしても、いないよりは少しでも多く親族がいる方がイノヴェリエも幸せだろうと思い、少し機嫌が良くなった。


 今回はタムマイン対アレックス・タリスデン、カリム対ホルベ・ツチツカミの戦闘二本立てでした。(; ・`д・´)

 

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