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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第三十八話 魔物退治②&月下の告白

 

 森の深部。風の玉が生まれては弾けて風の刃を撒き散らす。

 ときに木の幹に深々と傷をつけ、地面を抉る。そんなものが毎回三つくらい生み出されては破裂して、数秒経ってはまた生み出されて、破裂する。

『珠玉の原石』は依然としてハイドリザードを発見できていない。木々が生い茂り、陰がハイドリザードの巨体を隠しているということもあるのだが、ギルドの情報ではハイドリザードの大きいはずなのだ。

 それこそミノタウロスとまではいかないが、オーガくらいの体長はあるはずなのだが、不思議と発見できていなかった。


「……ちっ、どこにいやがる!」


 カリムが舌打ちしながら、破裂する風玉を回避し、次の攻撃までに『見通す目』を使用して四方の足元を伺う。

 視界が明瞭になり、なんでも見通せそうな気分になるが……いない。

 このままでは一方的に攻撃され続けるのも性に合わないカリムは目に頼ることを止めた。

 日頃から刻印術式を用いても敗北し続けてきた経験が活き、発想の転換や試みの変えることは慣れたものだった。

 

「全員聞け! ……風の玉が発生している場所を覚えろ!」

「はあ、なんでそんなことしないといけないんだよ!」

「ああー、そういうこと。わかった」

「俺も承知した」


 タムマイン以外は理解したようなので、カリムは説明しないことにした。どうせタムマインに伝えても、理解までに時間がかかる。現状のそんな猶予はなかった。

 ちなみに、カリムが何をしようとしているのかと言うと、風玉の配置からハイドリザードの居場所を予想しようという魂胆だ。属性持ちになっているとはいえ、ハイドリザードが臆病であることに変わりはない。その場合、風玉の配置でカリム達を狙っていながら位置がズレている場合、そのズレている場所の近辺にハイドリザードはいるだろう、という考えだ。

 また、仮に風玉の標準がズレていない場合、そのときはハイドリザードから物理的に距離があり、ハイドリザードが巻き込まれる危険がないほど遠くにいるだろうと考えられる。

 要するに、ハイドリザードの風玉で索敵をしてしまえという作戦だ。


「まあ、そもそもハイドリザードじゃない場合はどうしようもないけどな」

「そのときはアルタイラの力を全開でゴリ押しさせよう」

「わかった」

「当然のように私に女に尻拭いさせようとか最低な男共ね」

「おいっ! さっきの場所を覚えろってどういうことだよ!」

「うるさい! 馬鹿は黙ってて!」


 風玉が三つ、破裂する。全て的確にカリム達の近くだった。

 つまり、ここにハイドリザードはいない。


「次!」


 破裂する。外れ。


「次!」


 破裂する。一発だけズレていて、カリムは回避する必要がなかった。

 つまり。


「そこか!」


 風玉が意図的に避けた場所を見ると、木陰に身を隠し、顔だけを覗かせているハイドリザードがいた。見た目からして、四足歩行のはずだが、見る限り実に器用に二本足で立ち、じっと縦に裂けた瞳孔でこちらを見つめている。

 目が合い、目を見開き、一目散に背を向けて逃げ出すハイドリザード。足をこれでもかとジタバタさせ、脱兎のごとく疾走する。


「逃げ足、速すぎるだろ!」


 カリムは『見通す目』を用いて、ハイドリザードの逃走先に目算をつけ、腕のスナップを効かせて投げナイフを投げた。まっすぐ投げては刺さらないだろうと、弧を描くように投げた。

 投げナイフは吸い込まれるように逃げ延びようとするハイドリザードの眼球を抉る。

 キュアアアアアアッ、とやたらと高音の叫びを上げるハイドリザード。


「アルタイラ! また、逃げ出す前に追撃!」

「わかった! モンド、壁で私の方向に突き上げて!」

「ああ!」


 モンドが腕をかざし、腕の幾何学模様から青の光が溢れ、ハイドリザードを下から突き上げ、ひっくり返す。そこに雷を纏ったアルタイラが踵落としを決め、ハイドリザードを地面に張りつける。

 好機だと感じたカリムは、一番決定力のある友人に呼びかける。


「タムマイン、止めを頼む」

「言われなくてもそのつもり……だよ!」


 木々に垂直に張りつき、大剣を振りかぶったタムマインは、返事をしながら弾丸のように地面にひっくり返ったままのハイドリザードに、渾身の一撃を叩き込んだ。

 首元に命中した一撃は、スパンッと綺麗にハイドリザードの首を狩った。

 かくして。属性持ちというイレギュラーなハイドリザードをカリム達『珠玉の原石』によって討伐された。

 ただし、だからと言って、王都に駆け足に帰ろうと思うほど、カリム達のスタミナは残っていなかった。

 だから、主がいなくなり、束の間の平穏を取り戻した森の深部で夜営をすることになった。

 

 +++


 幸い薪に使う枝は生い茂る木々がそこら中にあるから、問題ない。それに魔物にしても、先ほど討伐したハイドリザードが縄張りを維持するために熱心に狩りをしてくれていたおかげで、少なくとも一夜くらいは夜営をしても問題ないくらいには魔物がいなかった。

 テントは事前にモンドが担いできた荷物に用意させていた。


「よくそんなものまで担いできたな」

「アルタイラがもしもに備えて、テントも持ってこいとうるさくてな。……ああ見えて、一番の心配性はこいつだ」

「必要になったんだから別にいいでしょう? ほら、オーク肉で夕食して、早く寝ましょう」

「夜営かあ……懐かしいな。ゴブリン集落を潰しに行った以来か」


 予定通り、オークの肉で夕食をとった。ハイドリザードに意外な苦戦をしたために、各々が腹を空かせていたので、夕食のマナーは最悪で、全員が全員、自分の肉を食いながら、台に置かれた肉を確保するために牽制し合い、激しい攻防を繰り広げながらの食事する野蛮なものとなった。

 夜の見張りは二人ずつ交代となった。ペアはカリムとモンド、アルタイラとタムマインとなった。


「なんでこいつと私なのよ」

「俺がペアで悪かったな」


 互いに睨み合う二人。ペア決めはカリムが早々にモンドと組むことを宣言し、モンドを即座にそれを肯定したので、すぐに決まった。アルタイラとタムマインからは少々文句を言われたけれど、二人は譲らなかった。


 +++


 アルタイラとタムマインがテントの外で見張りに出ると、モンドがカリムに話しかけてくる。


「あいつを気遣ってくれて感謝する」

「別にアルタイラだけのためじゃない。あの朴念仁には強引にでも二人きりにしないと一生友達で終わりそうだからな。俺からすればタムマインのためだ」

「それでも、感謝している。俺達には時間がなかったからな」


 カリムは不思議そうに聞く。


「武舞祭の期間、故郷に帰るって話か?」


 モンドは苦笑する。


「そうなんだが……実のところは少し違う。武舞祭の期間に帰郷するのは本当だ。しかし、ただの里帰りじゃない。俺達は一度帰ればもう戻ってはこれない」

「学院を辞めるということか」

「ああ、確実に戻ってはこれないだろう。先日、故郷から使いが来てな。どうにも俺達が戻らないといけないらしい」

「詳しく聞いても?」

「言えない。古臭い伝統を重んじる田舎でな。事情は話せない」

「そうか……あいつらを二人きりにできたのは良かった」

「ああ、だから感謝しているんだ」


 なるほど、と呟いてカリムは黙り込む。

 モンドもこれ以上言うことはないのか、二人とも口を閉ざす。

 寝転び、モンドに背中を向けるカリム。


「最後に……一つだけ。これは俺の個人的な意見だが、……親に縛られる必要はないと思うぞ。――――王族の庶子に生まれ、それでも親にためになんか生きていく気など毛ほどもない人間を俺は知っている。……だから、お前もそうしたらいいと思う」


 モンドは軽くカリムの背中を小突く。


「俺はその人間を心底尊敬する。…………だが、どうも俺はそいつと違って弱い人間らしい。責任からは逃げられん」

「……そうか」


 +++


 テントの外。タムマインとアルタイラは木陰に腰掛け、腕を組み、揃って相手から視線を外し、味気ない地面を眺めていた。

 しばらくそうしていると、月が顔を出し、アルタイラが一度深呼吸。

 そして、チラチラとタムマインを伺いながら身体を丸め、口を開く。


「今日が最後なんだ」

「何が?」

「……王立術理院に通って、あんた達と馬鹿なことしてられるの」

「……そっか」

「うん」


 会話を始めると、アルタイラは少しタムマインとの距離を詰める。


「詳しくは言えないんだけど、故郷に帰ると私とモンドも故郷を守るために、命を懸けて戦わないといけなくなるわ」

「魔物か?」

「ううん、人」

「それは嫌だな」

「うん」


 アルタイラはタムマインの服の袖を掴む。掴んだ手は小さく震えている。


「魔物ならね、別に怖くもないの。今日戦ったハイドリザードよりも何倍の強い魔物だって、何百の魔物の大群だって倒してやるわ。…………でも、人と殺し合うなんてやったことない。やりたくもない!」

「おう」

「帰りたくないけど、帰らないといけないの! 私が逃げたら故郷のみんなが死んじゃうから! 私がやらないといけないの!」


 頭を抱え込み、蹲るアルタイラ。

 その様子に言葉を失うタムマインだったが、彼はすぐにニヤリと笑う。


「いやー、ゴリラ女にはしおらしいところがあったんだなあ。どんだけ鍛錬しても勝てないから、てっきり本当の中身はゴリラに違いないと思っていたが違ったかー」


 顔を上げ、綺麗な黒髪から覗く瞳でタムマインを睨む。


「人が真剣な話をしてるっていうのにこの馬鹿は……」


 アルタイラが言葉を続ける前に、タムマインは彼女を抱きしめていた。


「怖いなら俺を呼べ!」

「えっ……」


 言葉を失うアルタイラに、タムマインは顔を真っ赤にしながら続ける。


「だから、お前がそんなに怯えるくらい怖いならっ! 怖くなったら俺を呼べって言ってるんだよ! 助けてやるから! どんだけ遠くにいようが全部投げ打って救ってやるから! わかったか、アルタイラ!」

「でも、私……」

「でもじゃねえ! 返事は、はいしか許さねえ!」

「いや、でも……あんたにそんなことする義理とかないし……」


 歯切れの悪いアルタイラに、タムマインの顔はもう真っ赤っかである。

 タムマインは抱擁をやめ、アルタイラのしなやかな肩を掴み、下手くそな口づけをして、思いの丈を吐き出す。


「ああ、もう! 惚れた女が助けてほしいって言ってるんだから助けるのは当然だ! 黙って俺を頼りやがれ!」


 アルタイラは目を見開き、呆然とする。

 そして、タムマインの言葉をじっくりと噛みしめて、赤面する。


「あんた……私のこと好きなんだ?」

「……おう。悪いかよ」


 恥ずかしくなって、アルタイラのことが見れなくなったタムマイン。

 アルタイラはその様子を見て、微笑み、何かに納得したかのように頷き、身につけたネックレスを彼に突き出した。

 赤い石のネックレス。石の内には黒の狼の姿がいる。


「私の宝物。あなたが私を助けてくれるっていうから、そのお礼」

「いや、宝物なんだよ。アルタイラが持っておけよ」

「いいから黙ってもらいなさい!」


 アルタイラは強引にタムマインに背中を向けさせ、ネックレスを付けてしまう。

 

「あなたがいつでも助けてくれるみたいだから勇気が出たわ、ありがとう。私が助けてほしいときはお願いね」

「おう、任せとけ」


 手を出し、握手を求めるアルタイラに、タムマインも握手で応じる。

 だが、その手を引っ張られ、体勢が崩れたところをアルタイラがタムマインに口づけをする。

 そして、悪戯っ子のような意地の悪い笑みを浮かべる。


「やられたままは嫌なの、私」


 この月下の野営を『珠玉の原石』の面々は一生忘れないだろう。

 それだけ彼らの思い出に残るものであった。


 タムマインとアルタイラの絡みが特に難産でした。( ;∀;)

 難しいよー( ;∀;)

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