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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第三話 剣の師

初回投稿その三。

 弟にボコボコにされたカリムは、翌日には強くなるための行動を取り始めていた。

 具体的には、誰かに剣を師事しようと考えた。王族であるコウハクの別荘地には領軍から精鋭が派遣されている。その誰かに稽古してもらえばいいとカリムは思いついた。

 仮に護衛を理由に断られたとしても、そのときはコウハクの名前は出さず、(ニイサの)許可はもらっているとでも言って勘違いさせよう、と平気で父親の権威を利用するつもりだ。嫌いな相手の権威を利用することに、カリムは不思議とまったく抵抗を感じなかった。


 派遣されている領軍には二種類いることをカリムは事前にニイサから聞き出していた。基本的にニイサはコウハクと一緒にいるのであまり時間がなく、詳しい説明はしてもらえなかったけれど。


 ニイサによれば、領軍の最高戦力である刻印騎士団から一人、ここの護衛に派遣されているらしい。なんでもソーカルド領刻印騎士団は全員が王都にある最高学府、王立術理院で特化型術式である刻印術式を身に宿した精鋭らしい。護衛の名はガルムというらしく、身の丈ほどある大剣に身を預けているからすぐに判別できるとか。

 

「というか武器に身を預けているって、そいつ護衛する気なくないか?」


 カリムは家の周囲にいる領軍の兵士をキョロキョロしながら見分けて、家の周りを一周回りきってしまった。


「おかしい。大剣に身を預けているような怠慢な兵士なんて見当たらないじゃないか」


 一瞬、ニイサが噓をついたのではないかと疑いそうになるカリムだったが、彼女はこれまでたったの一度もカリムを騙そうとしたことはなかったと思い直す。


「さっきからキョロキョロと、いったい何を探してるんだい? 坊や」


 突然、背後から声をかけられ、カリムは慌てて振り返る。

 そこには身の丈ほどある大剣、その柄に顎を乗せて、気怠げにカリムを見つめる線の細い男がいた。

 癖のある短髪、眠そうに細められた目元、細いけれど引き締まった体躯。


 カリムは彼こそがニイサが言っていたソーカルド領刻印騎士団のガルムだと当たりをつける。

 大剣を携えていると聞いていたので、てっきりもっと筋肉質な体格を想定していたが、別にカリムが剣を習うのに相手の容姿なんてものは評価基準にはない。


 必要なのは力だ。今までは勉学最優先だったが、勉学一筋のあのサワリムですら、カリム以上の戦闘能力がある。

 だから、カリムも戦う術を身につけることも必要だと思い至ったのだ。もちろん、勉学に励むことを諦めるつもりはない。カリムは両立するつもりだ。


「あんたソーカルド領刻印騎士団のガルムで合っているか?」


 カリムは既に彼こそがガルムだと当たりをつけているのだが、それとこれとは別だ。確認は必要である。これで違っていれば、以降の剣の時間が無駄になるかもしれない。こういうときは確実性が大事なのだ。

 いきなり名前を言い当てられ、ガルムは不思議そうにしながら、


「確かに俺はソーカルド領刻印騎士団のガルムだが……それがどうかしたのか?」


 と、尋ねた。

 

「どうかしたのか? ……だって! そりゃあないぞ、刻印騎士団ともあろうものが俺に稽古をつけてくれるっていう約束を覚えていないのか?」

「俺はそんな約束した覚えはないな」

「馬鹿だなあ。あんたじゃあないさ、俺が約束したのは。あんたの上、つまりは領主に俺の父、コウハク・ツチツカミから話を通してあるはずだって言っているのさ。……まさか、あんた、王族の父上を相手にそんな話は聞いていない。これから確認してくるなんてふざけた対応をとるつもりじゃあないだろうな? そんな甘っちょろい道理が通るとでも思っているんじゃあないだろうな?」

「はっ、えっ、いきなり何を言って……?」


 寝耳に水なガルムにカリムは畳みかける。


「そちら側の不備なんだぞ! 今! ここで! 俺に剣を指南することを王家に誓うべきなんじゃあないのかと言っているんだよ! ええ、どうした? 早く言え! 言わないか!」

「いや……でも……」

「仕方ないなあ……このことを父上に話してしまおうかなあ? 俺は丸く治めたかったのにガルム、あんたが強情なせいで、領主が父上から叱責のもらうことになるのに……。こんなことはしたくなかったのに……でも、仕方ないよなあ」


 領主のことを出されてはガルムの慌てている場合ではなかった。たとえ真偽がどうでもあれ、万一の場合でも恩人である領主の迷惑をかけるようなことはガルムはしたくなかった。何よりカリムは庶子とはいえ王族の血縁者である。万が一がないと言えるほど、ガルムはまだカリムの家庭の事情には詳しくなかった。


「ああ、もう! わかったよ! わかりました! 俺はアマガハラ王家に誓ってお前に剣を教えてやるよ!」

「ふん、初めからそう言っておけば良かったんだよ。優柔不断は罪深い」


 肩を竦めながら、内心でカリムは安堵する。

 良かった、成功して、と。

 実を言えば、そもそもコウハクから領主にそんな頼み事はされていなかった。コウハクはカリムのことが心底どうでもいいので、願い事なんて聞いてはくれないし、カリムもコウハクにおねだりなど死んでもごめんだった。


 つまり、今までのカリムの口上はすべて、ハッタリだった。

 しかし、意味のあるハッタリだった。

 アマガハラ王国の民にとって、アマガハラ王家への誓いは絶対に守らなければならないのだ。たとえ騙されたとしても、王家への誓いを守らなければならない。罰があるわけではないが、ありとあらゆる信用を失う呪いにかかるという伝承があり、わりと近年でも効果的な誓約だと信じられており、貴族などはまだ誓約を用いることがあるとか。


 とはいえ、迷信は迷信。カリムは突発的な好奇心で行動してしまったが、事後になって普通に頼めば良かったと後悔し始めていた。

 バレたらヤバイかもしれない、と。

 カリムは思慮が浅い少年であった。


 +++


 その日から、カリムは午前中にガルムから稽古をしてもらえるようになった。

 場所はコウハクの別荘地、その庭の中である。彼には護衛という本来の仕事もあるので、他で稽古をするわけにはいかなかったのだ。

 

 そして、今。カリムは地面に叩きのめされ、天を仰いでいた。


「いい天気だ」


 照りつける日差しと、心地良い風にカリムは眠たくなった。ソーカルド領には常に薄い霧が立ち込めているおかげで、寝転ぶと心地良いのだ。


「おい、人に稽古頼んどいて勝手に寝ようとするな、カリム! 俺に一丁前な啖呵きって騙しやがったんだ。ビシバシ鍛えるから早く立て!」


 ちなみに、カリムは罪悪感からすぐにコウハクが稽古の約束をとりつけるように頼んでいないことを白状し、ガルムに謝ったのだが、稽古は取り止めにはならなかった。

 なんでもガルムも突っ立っているだけの護衛に辟易としており、カリムの稽古という名目で運動できるからちょうど良かったらしい。

 やはり、不真面目な兵士である。


 ――こうして。カリムに剣の師ができた。

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