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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第三十三話 王位を戴く者②

 

 ホームルームのとき、急遽今日の演習が一組との合同演習に切り替わったことを担任から告げられた五組の面々。なんでも演習場の使用にブッキングが発生したとかで、カリムも不審には感じなかった。

 更衣室で運動着に着替えて、タムマインと話しながら第一演習場へと向かう。

 途中、下駄箱近くの掲示板に、でかでかと各学年の武舞祭出場者の名簿が掲示されている。

 五組には当然、カリムとタムマインの名があった。


「げっ、わざわざ掲示しなくてもいいのに」

「広報にも目的があるらしいぞ。王立術理院の卒業生には刻印騎士、才覚ある者は王剣百士に就職することが多いだろう? どうやら観覧する来賓が将来の部下を見定めるという側面があるらしい。まあ、テオルの受け売りだが」

「俺達は見世物じゃないっての」

「将軍になりたいんだろう? まずは重宝され、活躍の機会をもらえないと話にならないだろう? むしろ、お前はここで存分に活躍するべきだ」

「カリムは活躍しなくてもいいのか?」

「官人に戦闘能力は求められてない。必要なのは頭の出来だ」

「なら心配いらないな」


 そうこうしている内に、第一演習場に到着する。

 なんだかんだと入学からおおよそ半年程、第二演習場ばかり使用して演習を行っていた。だから、第一演習場で演習するのは新鮮だった。

 演習場を囲むように観覧席があり、演習場全体を冷房の術式が効いている。

 明らかに第二演習場とは設備に差がある。

 しかし、それも仕方のないこと。なぜなら、この第一演習場は武舞祭の舞台であり、来賓に貴族が来ることを想定して設備である。

 つまり、王立術理院のみでの使用が目的である第二演習場よりも対外的な使用が目的である点がそのまま差となっているのだ。

 目新しい演習場に目移りしてしまう五組だったが、この演習で五組と合同演習をする一年一組の生徒達は驚いた様子はない。

 当然だ。一組は日頃からこの第一演習場を使用しているのだから。毎年一組がここを利用するという慣習なんてないのだが、今年は例外だろう。なぜなら、一組には次期王位継承者として有力なジュリアン・ツチツカミがいるのだから。

 政の世界では即位に王手をかけている王族を無下に扱うわけにはいかなかった。

 そんなとかく周囲の目を引くジュリアンはその背筋は良くて、小柄な少年だった。目つきは鷹のように鋭い。彼の両隣を大柄な少年と細見の少年が護衛のごとく固めている。


 合同演習が始まる。

 とはいえ、やることは別にいつも変わりない。

 個々の刻印術式の理解を深め、活用方法を模索するだけだ。

 たとえば、カリムならば『濃霧:黒珠』を使用して、特殊系の生徒達と一緒にその効果範囲を調べたり、『見通す目:黒珠』を使用して、一日中クラスメイトの演習を見学しながらどこまで、何を、見通すことができるのかを調べたりしている。

 反対にタムマインならば『身体強化:青珠』を用いてずっと元刻印騎士の教員と模擬戦闘をしたり、身体強化系の刻印術式を持つ生徒達を全員相手どったりしている。

 最近だとカリムは演習の時間に学士ロンドと戦闘で運用するための式符が用意できないか相談しているところであった。

 毎朝の同期の美少女にボコボコにされるという経験は、カリムから一年の内から式符という道具に頼るという選択をする罪悪感を薄めてくれた。切実に打撃が効きすぎて、対応しないと座学に支障があることは経験済みなのだ。


 +++


「ジュリアン様が俺に何の用で?」


 授業が始まって早々。各々移動していく生徒の波に真っ向から逆らって、ジュリアンとそのお供二人がカリムの前に仁王立ちしていた。


「端的に言う。俺と一年の主席、カリムよ。俺と闘え。負けが許されない武舞祭を前に、俺はお前というライバルの実力が知りたいのだ」

「別に俺の座学の結果はともかくとして、戦闘能力ならタムマインをオススメする。あいつの方が俺より強い。……ほら、ちょうどあそこにいるから、あいつと模擬戦闘をするのはどうだろう?」


 次期国王候補の王族という厄介な相手に、カリムは早々に友人を売ることを選択した。

 別にタムマインなら大丈夫だろうと思っていた。そして、何よりカリムはジュリアンとあまり話したくなかった。どうやら彼がコウハク・ツチツカミの庶子であるという事実は知られていないようだが、下手に興味を持たれて余計な詮索なりをされて、嫌いなコウハクから要らぬ文句を言われるのも御免だった。

 しかし、ジュリアンはカリムが指差す方角を見向きもしない。


「いや、君でいい。君はタムマイン共々五組の戦闘能力が優秀な人材として選ばれているのだ。相手にとって不足はない。……それに俺は噓が嫌いだから正直に言うが、不本意ながらヴァンとかいう術士から懲らしめてほしいと頼まれていてな。その用事もついでにこなす予定だ」

「随分な言い方だな。それに不本意なのか?」

「不本意だとも。どうして王になる俺があんな男の頼み事を忠実に聞いてやらねばならんのだ。だから、事のついでくらいがちょうどいい」


 不敵に笑い、握手を求めてくるジュリアンに、カリムは術士や嫌味なトーマスように悪い印象を持つことはなかった。

 むしろ、本音で話してくるので、拍子抜けしてしまい、おずおずと握手に応じてしまった。

 強く手を握られる。


「王は全てで民を超越すべし。カリム、模擬戦闘とはいえ俺は負ける気はないぞ」

「まだやるって言ってないんだが……」

「なんだ? 怖気づいたか?」


 試すようなことを言われ、カリムは眉をぴくりと動かす。


「やらないとも言ってないぞ」


 思いっきり握り返し、カリムはニッコリと笑う。


「そうこなくてはな」


 +++


 模擬戦闘は元刻印騎士の教員が審判を務め、副審として学士が二人、治療術式を使用できる教員が脇に控えた行われることになった。

 ジュリアンに万が一のことがあってはならないと教員が全員反対したものの、当の本人が一向に模擬戦闘をやると聞かないものだから取られた措置であった。

 

 カリムはどう闘うべきか悩んでいた。

 ヴァンから話を聞いたということは、ジュリアンはカリムの刻印術式が『濃霧』であることを把握しているということになる。身体強化に関しても想定されているかもしれない。

もっと言えば、ジュリアンは王族の特権を活かして、カリムの刻印術式の情報を事前に収集している可能性も否定できない。

 だが、カリムの対応方針を変えることはなかった。

 というのも、彼がジュリアンの刻印術式の詳細を知っているならば対策の一つでも立てようという気になったかもしれないが、彼は知らない。ならば、これまで王立術理院で模索してきた戦闘方法で対処する以外にないと思い直したのだ。


 開戦の合図に合わせて、カリムは辺り一帯を濃霧で包み込んだ。

 まずは距離をとり、様子を伺う。相手が動かないならば『濃霧』と『見通す目』で確保している視界のアドバンテージを活かして、奇襲する。

 これがカリムの基本戦術であった。相手がタムマインやアルタイラならば、ここから石を投擲することもするのだが、流石に演習の模擬戦闘でそこまでするつもりはカリムにはなかった。

 さて、どうする? とジュリアンの様子を伺おうとしたカリムだった。

 しかし。


「いいのか? 俺を相手に様子見なんて。俺の『火鳥:赤珠』はお前を捉えているぞ?」


 手の甲に刻まれた刻印術式が青く輝きを放ち、ジュリアンの前に火の鳥が形成させる。

 そして、彼が腕を振れば、その動きを合図に火の鳥が霧を裂くように一陣の線となって、カリムへと直進する。

 瞬間、眼前に迫ってきていた火の鳥に、カリムはなりふり構わず魔力を纏い、地面に転がって回避した。


「ふむ、避けたか? 回避行動が早いな。初見で回避するとは目が良いな」


 ジュリアンの攻勢は続く。

 今度は小鳥のような大きさの火の鳥を十体生み出し、カリムの逃げ場を奪い、詰めていくようにカリムの逃げる方へ、逃げる方へと順次小さな火の鳥を射出していく。

 カリムは這う這うの体で逃げる以外に手がない。

 ジュリアンの刻印術式『火鳥:赤珠』は遠距離攻撃や偵察に特化した術式であった。仮にカリムが初めから優位に戦闘を運びたいのなら、彼は開始と同時に魔力を纏うなり、身体強化を使用するなりして、ジュリアンとの距離を詰めて近距離戦に持ち込むべきだった。

 しかし、そんなもしもはない。

 カリムは遠距離を得意とするジュリアンとの間合いからの闘いを余儀なくされる。

 せっかくの霧がジュリアンの火の鳥によって照らされ、視界のアドバンテージが上手く活かせていない。だが、霧を解けば、カリムは少しの効果あるアドバンテージを逃すことになり、解除すれば良いという話でもない。

 唯一有効に使用できているのは、『見通す目』だけだろう。この術式は単純に視界を明瞭にするというだけでなく、相手の攻撃の兆候を把握することにも使用でき、意外と便利であった。おかげでカリムも今までのジュリアンの追撃を早い初動で回避することができている。

 しかし、一向に近づけない。

 ジュリアンはまだまだ刻印術式に余裕があるのか、火の鳥の追撃が衰えることはない。

 カリムの躊躇が続く。負けず嫌いということもあり、模擬戦闘前にあれほど煽られたので、カリムはあっさりと負けることだけは我慢ならなかった。

 だから、無理をすることにした。


 カリムの身体能力には限界がある。

 そもそも素の身体能力でタムマインに劣っており、刻印術式の性能でもタムマイン以下であった。魔力を纏うことで『身体強化:黒珠』と同様の強化が可能だが、同じ結果を得るだけでは意味がない。

 ――カリムは王立術理院で学ぶ中で、常々考えていたことがある。

 術式による身体強化と魔力纏い。

 この二つは同時に発動することはできないだろうかと。

 刻印授与の際、幸いにもカリムは学士テスラから重要なヒントを得ていた。

 理術や刻印術式は魔素によって発動している。魔力はあくまで呼び水に過ぎない。

 ただし、ずっと課題だったのは身体強化系の術式には術者の魔力を用いるということだ。

 つまり、身体強化も魔力纏いも魔力を用いているので、同時に使用し、身体能力を爆発的に向上できないという結論だった。

 

 これまではそこで思考を停止していたが、今回は一歩先へと強引に進む。

 魔力纏いは自身の魔力を用いるとして、刻印術式を大気中の魔素を用いて発動できないだろうか、と。

 学士テスラ曰く、魔素適応能力は早々上昇するものではない。だからこそ、カリムはその作業を己の刻印術式に代用させることにした。

 出力に差こそあれ、一つの術式を使用するために肉体を最適化する刻印術式ならばそういったことも可能だろうと。


 小さな粒をかき集め、薄皮一枚で肉体に貼りつけていくイメージをする。

 しかし、カリムが思うように魔素が集まらず、酷く疎らな魔素らしく粒がほんの少しカリムの身体に触れるかのような感覚だった。

 それでも一応成功はしたので、カリムは体表の魔素ごと魔力で纏う。

 

 ――すると。

 不思議と身体が軽くなる。感覚的には幼少の頃、黒珠の霧狸に身体強化をしてもらったときのような全能感に近い。

 いや、それ以上かもしれない。

 

 カリムはゆったりと動く視界でジュリアンをしっかりと捉え、踏み込む。

 ドンッ、と予想していない飛距離でジュリアンに体当たりすることになったカリム。

 どうにか肉体の制御を得ようともがくと、軽く振った腕でジュリアンを吹き飛ばしてしまう。


 二人は慣性に逆らえず、地を転がる。

 カリムは唐突に全身を襲う痛みに意識が遠のき、薄れる視界の中、教員が慌てふためく様を最後に見て意識を失い、ジュリアンも治療術式が使える教員が一目散に駆けつけ、模擬戦闘どころではなくなった。

 模擬戦闘は引き分けという幕引きとなった。

 しかし、当人がどう思うかはまた別の話だった。


 +++


 王都の北部には多くの貴族の屋敷がある。

 王族であるジュリアンはナルカマカロより、北東に彼だけの屋敷を与えられていた。

 夕日に照らされた自室で嘆息していた。


「王は全てで民を超越すべし。例外はない。負けてはいけない。今日のような事態が起きないよう、武舞祭までに一層の鍛錬を積まなくてはならない」

「ジュリアン様、例のお客様がお見えです」

「……ああ、もうそんな時間か。すぐに向かおう」


 +++


 夜。ジュリアンの屋敷。

 彼は息を切らし、何かが入ったお守りを両手で大切そうに抱えながら、焦点の合わない瞳で、ぼそぼそと呟く。


「俺が……俺が王だ。王だから勝たねばならん。負けることが許されない。許されない。許されない。王として勝つ。……ああ、何人も俺に歯向かう者は許さん。武舞祭は何としても俺が勝つ……王ゆえに」


 VSジュリアン・ツチツカミの戦闘でした。(; ・`д・´)

 次はまたカリムの嫌いなアイツが天地宮に!? (-_-メ)


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