第三十二話 王位を戴く者①
サブタイトルのわりに大した内容ではありません(; ・`д・´)
王立術理院の本校舎の隣には塀で囲われた空間がある。
そこには二階建ての屋敷と庭があり、王立術理院の厄介者の巣窟。名義上は教員で、それでいて実質的にはハリボテのように実が伴わない者達、術士。彼らだけの居場所として塀を設けられ、彼らの活動が外界に晒されることはない。
特別扱いと言えばそうだけれど、見方を変えれば下手に出てこないようにするための処置でもある。
いるのは当然ながら、せっかく王立術理院を卒業しているのに下手なプライドが邪魔をして、私にふさわしくないだの、私はこんなところで無駄な時間を費やすつもりはないだのとあれは嫌、これも嫌と常々言ってきた貴族の子弟達。彼らの終着点として、ここは役目を果たしている。
朝礼をして、己の刻印術式が如何に華美かを披露し合って褒め合って、昼食。昼からは各々が刻印術式の可能性を研究。一仕事したからとティータイム。茶で喉を潤し、甘味で頭に栄養補給。後は後輩の指導だったり、政について話し合ったり、あちこちで一定数のグループに分かれて行動している。
そして、そんな術士でも一部の上位者だけが立ち入ることができる奥の間。
術士達を束ねる立場のライオネル・エチルゴの対面に、王立術理院の生徒が座る。白い制服に桜の紋様。アマガハラ王国でこの紋様の意匠を身につけることができるのは王族の証であった。
「わざわざ私共の屋敷までお越しいただきありがとうございます、ジュリアン殿下」
「感謝など不要だ。長きに渡り、王家を支え続けてくれた臣下の頼みを聞くのも王家の務め。私が王になってからはこういった機会を早々に設けることはできないのだ。ならば、私が学生である内に貴殿らと縁を結びに来るのは当然のことよ」
「流石はジュリアン様。私共は教員などしておりますが、これでも各地の所領の領主の血縁。この縁に決して無駄にはなりませんとも」
「だろうな。私は言葉を飾るつもりはない。だから、来たのだ」
ジュリアン・ツチツカミ。現時点ではツチツカミ姓を名乗ってはいるが、ナルカマカロが構想している二頭体制が確立すれば王位を戴く者。実質的には現時点で最も有力な次期国王ということになる。
ジュリアンとライオネル、二人が主導で会話を続け、互いに今後とも良き関係を築いていく未来を語り合う。
ジュリアンの脇には従者がごとく背丈の高い大柄な生徒と、細目で細見の生徒がいて、事あるごとに「ジュリアン様、流石です」と太鼓持ちをしている。
ライオネルの脇にはジュリアンの覚えを良くしようと、術士達が我先にとジュリアンを褒め称える。
王たらんとするジュリアンには心地よい空間であった。高い食事に腹を満たし、王位を戴いたときを見据えて貴族との繋がりを強化しておく。無駄がない愉快なとき。
会が終わりに近づくと、ジュリアンに近づく術士の勢いは落ち着いていた。
そろそろ帰るか、ジュリアンがそう思った時分のこと。
「ジュリアン様、耳に入れていただきたいことがあります」
そう意見してくる術士がいた。先日、カリムに無惨に破れ、恥をかき、他の術士からの評価も地に堕ちた男、ヴァン・コーズルー。
名を聞き、そんな事情など知らないジュリアンは、コーズルーという王都に接する黒爵家というブラントだけを意識して彼の話を聞いた。
「今、王立術理院にはカリムという平民が分不相応にも身分を弁えず、貴族に抗おうとする輩がいます」
「ほう。カリムと言えば私と同期の主席だった男か。そうは見えなかったが、本当なら度し難い」
「ええ、そうなのです! 奴と来たら、私が懇意している貴族の子弟に罪を被せるばかりか、私に恥までかかせる始末……」
「酷いものだな。……で、其方はどういった恥をかいたのだ?」
興味深そうに尋ねるジュリアンに、ヴァンは声を詰まらせる。
「こ……ここでは言うのはとてもできないことです!」
「それほどなのか……」
「ええ、そうなのです! ……そこで提案なのですが、ジュリアン様直々に奴に釘を刺していただきたいのです」
「其方らの尻拭いをしろと?」
「とんでもない! あんなものでも奴は主席の男。私はただ今年の武舞祭に出場が決定しているジュリアン様の練習相手として適役かと思ったまでのこと。願いはほんのついでに過ぎませんとも!」
「ふむ……よかろう。私の力試しのついでにはなるが、よく言い聞かせておこう」
「ありがとうございます!」
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食事を終え、術士の屋敷を出てきたジュリアンとそのお供二人。
「ジュリアン様、あの男の言葉を信用して、本当に宜しかったので?」
細目のお供の言葉をジュリアン様は鼻で笑う。
「信じてなどいるものか。あんな負け犬、コーズルーの家名がなければ、余計な言葉を囀る前に無礼打ちにしている。……とはいえ、あんなでも貴族の血縁だ。無下にして、私の治世で悪事を働かれては面倒だからな」
「ですが、相手は平民でしょう? 武舞祭までの練習相手なら、ナルカマカロ様に手配を頼めばいいのでは?」
「それは既にいる。負け犬のプライドなどどうでもいいが、一年の主席、それも日頃耳にしない優秀な平民の力を知る機会は欲しかったのだ。良い機会だから、承諾したまでのこと。……王は遍く民を超越すべし。……俺は常に勝者でなくてはならないのだ」
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王立術理院敷地内にある庭。昼休み。
日差しを遮る木の影に位置取って腰掛け、カリムとタムマイン、そして、アルタイラとモンドは購買のパンを食べていた。
「で……だ。どういうつもりだ。ゴリラ女……って痛っ!」
「誰がゴリラだ」
アルタイラに頭にチョップを受けて、痛がるタムマイン。
それを見ながら、カリムが引き継ぐ。
「まあ、タムマインの言い方はともかくとして、本当にどうしてお前は武舞祭に出場しないんだ? どう考えてもお前が選ばれるべきだろう?」
「そうは言っても、私は『身体強化:白珠』と『雷装:白珠』の刻印術式しか使えないのよ。選ばれなくて当然よ」
「いや、タムマインはともかく俺は全部黒珠だぞ?」
「でも、術士を倒したじゃない?」
「威張り散らすしか能のない奴な。そういうお前は同じ日に元刻印騎士の教員を瞬殺していただろうに。……普通に考えて、評価されるべきはどう考えてもアルタイラだ」
「むー」
「確かにな。その二つならどう考えてアルタイラが選ばれるべきだろう」
「あ、モンドが裏切った」
「客観的な意見だ。裏切る裏切らないという話じゃあない」
モンドは「まあ、別に隠すようなことじゃあないんだが……」と前置きと言って、モンドは続ける。
「武舞祭の期間は俺とアルタイラは故郷に戻る予定がある。それを理由に断ったというのが真相だ」
「なんだ、里帰りか。じゃあ、仕方ないな。というか断ったって一度は選ばれてるじゃねえか!」
「あー、うるさい、うるさい。馬鹿は騒々しいから嫌いだわ」
「なんだと!」
やいのやいのと騒がしくなった二人を放っておき、カリムはモンドに尋ねる。
「そう言えば、二人の故郷はどこなんだ? 俺やタムマインは王都から近いソーカルド領だから、帰郷するにしてもそれほど時間はかからないんだ。やっぱり遠いのか?」
「遠いな。アマガハラ王国の最西端ブンガ領の出身だからな。故郷に戻るとなると、ちょっとした長旅になる。とはいえ、無視できない用事だから戻らないというわけにもいかない」
「用事の内容を聞いてもいいか?」
「大したことじゃない。互いの親が一年に一回は故郷に戻ってこいってうるさくてな。ちょうどいいと思って武舞祭に帰る予定を組み込んだ」
「それで武舞祭を断るなんて良い性格してるよ、お前ら」
「ありがとう」
「褒めてない」
昼食を終え、残りの昼休みの間、彼らは耳をビュービュー吹き抜ける風に頬を撫でられながら、寛いでいた。
「思い返してみると、はじめて刻印術式の演習を受けたときはアルタイラやモンドと仲良くなるなんて思いもしなかったな」
「確かに、俺なんかあの日、アルタイラから直々にボコボコにしてやるって宣言されたからな」
そこから、昔話になった。
具体的には朝練でアルタイラとモンドと、急激に仲良くなってからのこと。
「確かアルタイラとタムマインがせっかく王都にいるんだから、もっと王都を満喫したいとかで、ギルドで雑用をやらされたな。飲食店の皿洗いに、ドブ掃除、大工の手伝いとか明らかに満喫はできてなかったが……」
「飲食店はもうごめんね。タムマインが皿洗いをしているんだが、皿を割りに来ているのかわからなかったし、弁償代で給金のほとんどを持っていかれたからね。ね、モンド?」
「働いているのに成果がほぼなかったからな。あのときは働く意味について深く考えさせられた」
「……あのときは悪かったよ」
落ち込むタムマイン。続いて、カリムが「そう言えば」と何かを思い出す。
「学長のハゲ疑惑を突き止めてほしいって依頼、アレは酷かった」
「あれはなあ……最終的に依頼を達成した上で、依頼人と一緒に学長に謝罪しに行ったからな」
「王立術理院の先達にも馬鹿なことを考える生徒がいるだと知る良い機会ではあったな」
「あれね……実際、カツラだったわけだけど、本当に無駄に苦戦したし。足元をすくって転ばしても頭だけは常に守っていたし、直接引っ張ろうにも索敵の術式でも展開しているのかすぐに気配を察知されたからね。何者よ、あのハゲ」
「やめろ、アルタイラ。その事実は墓まで持っていく誓いをしただろう。学長のテリトリーで露骨な表現をするんじゃない!」
昔話で盛り上がり、カリム達の楽しい昼休みは過ぎ去った。
前話でアルタイラとモンドと急激に仲良くなったので、どういう時間を過ごしたのか少し補足的な内容を盛り込みました。(-_-メ)




