第三十一話 出場決定
「ぶはあっ!」
「ごはっ!」
春が終わりに近づき、初夏。
早朝。王立術理院。
第二演習場では学校が始まる前から、刻印術式の修練や模擬戦闘に励む生徒達の姿が見られる。その中に腹を押さえて、地面を転がり回るカリムとタムマインがいる。
「毎度進歩のないわね、あんた達」
二人の醜態を見ながら、アルタイラは背を向け、脇に用意していた水分を補給しに行く。
カリムとタムマインはアルタイラと二対一で模擬戦闘を行っていた。
演習の翌日。アルタイラを恐れたタムマインから朝の修行に誘われ、カリムと二人、ソーカルド領での日々を思い出しながら稽古を行っていた。しかし、そこにアルタイラが乱入し、そこからは悲惨だった。まずは予定通りにタムマインが赤子の手をひねるように倒されて、不完全燃焼のアルタイラは標的をカリムへと変え、敗北。
それからは特に約束をしたわけではなかったけれど、カリムとタムマインは二人で強敵アルタイラへと挑み、あっさり敗北するということが習慣になっていた。
アルタイラといつも行動を共にしているモンドも朝練を見に来てはいたけれど、これまで彼が参加したことは一度としてなかった。彼はいつだって大柄な身体に見合わず、傍観者だった。
地面に腰掛けて、水を飲むアルタイラを隣で見下ろしながら、彼女の昔馴染みである大柄な少年、モンドが周囲に人影がないことを確認してから、声を掛ける。
「お前は毎回やり過ぎた、アルタイラ」
「ふーん、モンドはあいつらを庇うんだ? あー、やだやだ。男ってすぐに互いを庇いたがるのね」
「マウンテルの神童が大人げないことをしていれば、文句の一つくらい言いたくもなる」
「私、大人じゃないし……」
「その通りだが、身体強化と雷装でクラスメイトがあんな醜態を晒しているからな。もう少し加減できなかったのか? 一応、お前は『身体強化:白珠』『雷装:白珠』の二つの刻印術式持ちということになっているのだから、やり過ぎるな」
「仕方ないでしょう。あいつら未だにあそこで倒れてるけど、カリムは器用だし、タムマインは体力バカだからまとめて戦うと厄介なのよ」
「だろうな。少なくとも俺は相手をしたくない。……しつこいかもしれないがアルタイラ。カリムとタムマインと仲良くするのは結構だが、役目は忘れるなよ」
「…………わかってるわよ」
三角座りをして、組んだ腕に顔をうずめる返事をするアルタイラだったが、モンドはそれ以上言及することはなかった。代わりとばかりに、慰めの言葉を紡いでいた。
「今度、思い出でも作りにカリムとタムマインを誘って、魔物討伐でも行くか?」
「今、私に釘を刺したばかりなのにどういう風の吹き回し?」
「役目をしっかり果たすなら多少の息抜きくらい許されるだろう。考えてもみろ。俺達が故郷に帰った後、待っていることはなんだ? 自由を勝ち取るための血生臭い戦争だ。ならば、今だけは……学生の内だけは何者にも囚われず、楽しんだっていいだろう?」
「……モンドのくせして生意気。故郷に帰ったら、おじさんにチクってやる」
「やめてくれ、父上に冗談は通じない」
二人は笑い合う。
「おい、アルタイラとモンド! 俺達の無様を笑いやがったな!」
「いいや、違うぞ、タムマイン。笑われていたのはきっとお前だけだ。俺を巻き込むな」
「何言ってやがる! お前も一緒に腹を抱えて転がり回っていただろうが! 十分無様だったよ!」
「なんだと!」
騒がしい学友だったが、アルタイラにとっても、モンドにとっても、気安く付き合える貴重な友人である。
+++
一年五組。
教室には白い制服に身を包んだ生徒達が整然と着席している。机の上には歴史の教科書を開き、教壇に立って説明する教員の言葉に真剣に耳を傾けている。
――――一部の生徒を除いて。
カリムとタムマインである。
朝の修行でアルタイラに雷を纏った拳や蹴りを身体に叩き込まれ、彼らの辛うじて着席していたけれど、上半身は机の上に突っ伏していた。
「……ええ、このように現王統は叡智派と武断派という二つの王家の争いに勝利した武断派の王統からアマガハラ王を排出しています。この争いは互いに武力行使によって規模が拡大していき、最終的にはワルミ領の紫珠の神威獣、水龍の助力によって終結しました」
「この争いにおける水龍の活躍はあまりにも破格でした。当時、両派閥とも王には即位していない状態であり、互いに実力は拮抗しており、水龍の助力がなければ戦争は長引き、アマガハラ王国の地鎮が揺らいでいた可能性もあったことでしょう」
「故に水龍は唯一無二の神威獣として紫珠という地位を武断派の祖、マーシャルド・アマガハラから与えられました」
眼鏡をかけた細い体つきの男性教員がカリムを指名する。教壇から見て、やはりずっと机に伏せっている二人は気になったらしい。
最初に体調が悪いかどうかを事務的に質問し、その答えが否であったことから教員の表情が歪む。
「カリム君。いくら君の成績が優秀とはいえ、そんな態度では学力を維持することはできないぞ。……そうだな、マーシャルド・アマガハラが水龍への感謝から行ったことが二つある。一つは先ほどの紫珠の位階。もう一つを答えたまえ。カリム君」
「……えっと……龍の巫女……です。マーシャルド・アマガハラは水龍への感謝から……実の娘を巫女として派遣し、王位が次代の王へと継承されるまで水龍へと仕えさせました。……現在もこの伝統は継承されており、先王シャムトリカ陛下のご息女であるイノヴェリエ様が水龍に仕えています」
額は机に伏したまま、カリムは回答した。
「……ふん、わかっているならいい。……ただし、そこまで理解できる頭があるなら、授業態度も気をつけたまえ」
「ふぁーい」
顔を上げる気力もないのか、カリムは伏したまま返事をした。
それが教員の怒りに繋がったのだろう。男性教員は鋭い目つきでもう一人の生徒、タムマインへと睨みつける。
「次、タムマイン君! マーシャルド・アマガハラが即位した後の叡智派はどうなっているか。おおよそでいいから説明しなさい!」
「…………」
タムマインが答えることはなかった。
「先生、タムマインは寝てますよ」
赤髪短髪の生徒、テオル・ヒタルトの密告により、タムマインが爆睡しているという事実が周知された。
「やれやれ……タムマインは後で反省文を書かせよう」
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その日の夜。
寮でカリムとタムマインは互いのベッドに腰掛けて、紙に目を落としていた。
――一月後、この王立術理院にて開催される武舞祭。
王立術理院の各学年各組から戦闘能力における成績優秀者を選出し、学年ごとにトーナメント方式で競い合う王立術理院でも一大イベント。アマガハラ王国中から多くの貴族が観戦にしに来たり、それ以外にも出店などで周辺も賑わう。
そんな行事に二人揃って、五組の代表者として選出という旨が紙には書かれていた。
本来なら教室で渡されるはずだったのだが、今日は二人とも終始机に突っ伏しており、話ができる状態ではなかった。
そういった事情もあって、二人は帰り際に紙を手渡され、
「武舞祭参加が決定したから、寮で確認しておくように」
とだけ言われたのだ。
だから、今になってようやく紙の内容を読んだ二人だったのだが、納得いかないことがあった。
「「……なんでアルタイラじゃないんだ?」」
彼女の強さを身をもって知っている二人からすれば、当然の疑問であった。




