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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第二十九話 演習②

 随所で歓声が上がる。

 刻印術式の発動に成功し、学生達が喜色を浮かべて興奮している。カリムも例に漏れず、騒いだりはしていないけれど、内心では興奮を抑えられていない。

 

「いやー、素晴らしい! 今年の新入生はまったく豊作なことよ! 我々の指導にも熱が入ってしまうかもしれないな!」

「ふふふっ、ヴァン様の指導は厳しいですからね。新入生にはまだ早いかもしれませんが……」


 そんな空間を引き裂くように現れた一団。青のローブを羽織って、一様に胸元に統一感のない別々の意匠が刻まれている。一団は全員が成人した大人達によって構成されている。カリムはその一団を見て、遅れてやってきた教員なのかと予想する。

 しかし、一団を見た元刻印騎士は睨みつけ、学士は自分が担当する生徒を伴って距離をとっている。


「おとなしくしていればいいものを……どうして呼ばれてもいないのに出てくるのか」


 ロンドが呆れながら、離れるように指差すので、従いながらカリムは疑問を口にしていく。


「見る限り、好かれてはいないようですが、何者なので?」

「アマガハラ王国の理術機関に所属している術士……ということになっている」

「術士というとアマガハラ王国の理術を一手に担う者達では?」

「昔はね。今はそのほとんどが理術学派に転向し、残ったのは彼らのようなコネしか取り柄のない者達だけさ」


 コネで術士になった者達。彼らが貴賤を問わない王立術理院にいることに、カリムは疑問を覚えた。


「どうしてそんなことが許されているんです」

「簡単なことだよ。彼らは一見すると学院を貶める存在だが、見方を変えれば彼らがいる限り、王立術理院は貴族から多くの融資を頼める。何せ、職にあぶれる貴族を無償で名誉ある職業に斡旋するんだ。見返りは得ているということさ。君達には迷惑なだけだろうが……」

「そんなことは……あるかもしれません」


 自分に正直なカリムに、ロンドは微笑む。


「正直でよろしい。心配はいらない。私も彼らのことは大嫌いだ。それに彼らは置物みたいなものだ。仕事は自由な理術を探求。研究費も少額しかもらえていない。実質的には放任されているのさ。学生の授業だって担当する義務はない」

「じゃあ、どうして来ているので?」

「善意に決まっているだろう? 将来有望な学生を導きたい一心で、わざわざ巣穴から出てきてくれているのさ。ご苦労なことだろう?」


 肩を竦めるロンドに、カリムは乾いた笑いをするしかできなかった。

 傍迷惑な貴族の卒業生。それが現れた術士達の正体だった。

 術士と言っても、王立術理院を卒業してからは技量的な進歩が実質的にはない集団なのが厄介なところだろう。少なくとも新入生よりは全ての知識があるという点で優れており、毎年何名かの貴族の子弟が誑かされるのだから。

 呼ばれていないのに、堂々と授業に割って入ってくる胆力だけは、目を見張るものがある術士達である。

 そして、どういうわけかそんな術士達を師と仰いで寄っていく生徒がチラホラいる。

 

「ああ、ヴァン様。今日はお忙しい中、よく来ていただきました! 感謝します!」

「構わないとも! トーマス君。君の刻印術式『火球:白珠』は強力だ。その才能は是非とも我々の下で伸ばして行くべきだ。君のためなら私達は忙しい中でも駆けつけるとも!」

「流石はヴァン様、このトーマス! 感服いたしました!」


「暇人が何を言っているんだ」と、カリムの隣でロンドが毒づく。

 キノコヘアーが印象的な五組のクラスメイト、トーマス・ミノウミ。入学式の日、諍いを起こしていた少年だった。


「また、あいつかよ」


 カリムはため息を吐かずにはいられなかった。

 面倒が面倒を呼んできた。今回はそういうことらしい。

 災いが通り過ぎるのを待つように、気を取り直してロンドに刻印術式について質問しようとした矢先のこと。


「そうだ、ヴァン様。この間相談していた件を覚えていますか?」

「うん? 相談というと確か平民風情が、身のほど知らずに貴族である君に口答えをしたという件かね?」

「はい! 成績にしてもどんな汚い手を使ったのか、入試の筆記試験で満点を取ったとかあまり良い噂を聞かない奴です」

「それは酷い。一度、私が先達として教育をしてやる必要があるね。その生徒はどこに?」


 深刻そうな表情でカリムを指差すトーマス。指差された張本人は首を微かに左右に動かしながら「やめろ」と連呼していたけれど、聞こえるはずもなく。


「あいつがカリムです!」


 術士達の値踏みするような視線がカリムを見つめる。そして、カリムを取り囲む。


「君がカリム君か。困るなあ、トーマス君は君と違って、将来有望な貴族の子弟。反省しているなら、地に頭を擦りつけてトーマス君に許しを請いなさい」

「は?」


 会って間もなく土下座を強要され、カリムの口からは意図せず間抜けの声がこぼれていた。


「いや、そもそも俺はそこのトーマスの嫌がらせを注意しただけなのですが……」

「ああ、いいから。私はそういう言い訳を聞きたいわけじゃないから、早く謝りなさい。貴族のトーマス君ならいざ知らず、平民の減らず口を聴いていたらキリがないね。君の噓には耳を貸すつもりはないんだ」


 貴族の言うことが絶対で、平民は噓つき。

 そういった価値観で会話すらならないヴァン。


「謝る必要性を感じません」

「……そうかい。聞き分けがない平民は特に度し難い。……仕方ない。ここは私が直々に教育してあげるとしようか」


 ローブを靡かせ、手の甲に刻まれた刻印術式を掲げるヴァン。


「カリムとか言ったな。思い上がった貴様の性根を叩き直してあげよう。私と模擬戦をしたまえ。貴様に拒否権はない」

「はあ?」


 いきなり術士から模擬戦を申し込まれたカリム。

 そこに、口元を手で押さえ、ヴァンに聞き取られないよう、傍らにいたロンドが小声でカリムに言う。


「奴はああ言っているが、もちろん君に拒否権はある。親の七光りとはいえ、術士が学生に模擬戦を強制する資格はないし、ここには多くの教員と君の無実を証言をしてくれる生徒達がいる。君が望むのなら、今すぐにでも教員達で彼らを鎮圧した後、然るべき罰を与えることができる」


 カリムはロンドの言葉を確かめるように周囲を伺う。すると、元刻印騎士は抜剣した得物を身体で隠しており、学士は学生に説明しながら式符を手にした者が数多くおり、カリムはロンドの言葉を信用した。

 しかし、その上で。


「気遣いありがとうございます。ですが、手助けは要りません」


 断った。

 ロンドはそれを受けて、取り出した式符を掲げるて、赤く発光させる。

 周囲の教員はそれを確認し、興味深そうにカリムを見てから、臨戦態勢を解き、各々の生徒を引き連れて観戦するようだ。

 カリムは進み出て、ヴァンと相対する。


「アマガハラ王国が術士、ヴァン・コーズルーだ。戦闘準備はいいのか?」

「必要ない。あなたはその見え透いたルーティーンをしないと刻印術式を発動できないのか?」

「生意気なガキが! 『雪腕:白珠』!」


 ヴァンの言葉に呼応して、彼の手の甲に刻まれた刻印術式が青く発光する。ヴァンの右隣に刻印術式が出現。そこから舞い上がるように雪が舞い、ヴァンの身の丈ほどある氷の腕が一本、現れる。

 辺りが涼しくなり、雪腕が拳を握った状態で、滞空する。

 カリムはそこを見ても、何もしなかった。いや、実際には何らかの三つある刻印術式をいくつか発動しているのだろう。無防備に下ろした手の甲に刻まれた、カリムの刻印術式は青く発光していた。彼の場合、刻まれた術式の中に三つの術式が複合しており、発光した状態からいくつの刻印術式を発動しているのかを見抜くことはできない。

 しかし、『濃霧:黒珠』は発動していないだろう。この術式に関しては目に見える効果があるからだ。

 ゆえに、カリムが発動しているのは『身体強化:黒珠』か『見通す目:黒珠』のどちらか、あるいはその両方である。

 そんなことは露知らず、ヴァンはカリムの様子を勘違いしていた。


「ふふふっ、私の雪腕に怯えて動くことすらままならないか! そのまま我が腕に破れるといい!」


 意気揚々とヴァンが拳を突き出すと、連動して人間サイズの雪腕がカリムを強襲する。

 だが、カリムはそれを見ても、退屈そうに、


「王の腕と違って醜いな。お前の腕は……」


 そう言って、舞うように雪腕をギリギリで回避した。


「ふん、運の良い奴だ! だが、次はないぞ!」

「うん……初動を速めて正解だった。慣れた魔力を纏うのと違って、慣れない身体強化だと出力が弱い。タムマインのように身体強化を頼りに戦闘を組み立てると不味いな」


 ヴァンの言葉を全て聞かず、カリムは自分の力を考察しながら戦闘を行っていた。

 入学式以来の二度目の発動であり、探り探りの戦闘をするしかなかったとも言える。

 身体強化を継続しながら、カリムは『濃霧:黒珠』でヴァンの視界を奪う。

 先ほどの攻撃。ヴァンの腕の動きに連動して雪腕が動いたことから、視界を奪った場合、狙いがつけられないのではないかと考えたのだ。

 予想は的中した。


「どこに行った! 卑怯者! 姿を見せて戦え!」


 ヴァンはカリムを見失っている。

 その哀れな様子をカリムは最後の刻印術式『見通す目:黒珠』によって、普段通りのクリアな視界で見つめる。

 奇襲を嫌ったのか、手当たり次第に雪腕を振り回すヴァン。

 カリムは安易に近づくことはせず、考える時間ができたとばかりに自分の刻印術式について考える。


「俺の刻印術式は複数あるが、基本的に攻撃に直結するのは身体強化だけ。だが、この力も現状だと魔力を纏うだけの方が出力高いように思える。……ダメだな。やっぱり攻撃力は後々の課題として道具などで補強するとしよう」


 カリムはゆっくりとヴァンとの距離を詰めていく。そこに焦りはない。

 彼は身体強化を解除して、慣れている魔力を纏う形の身体強化へと移行する。既に刻印術式が暴走する危険はない。ならば慣れ親しんだこちらのスタイルの方が動きやすいと考えたのだ。

 途中、雪腕が迫っても最小限の動作で回避し、ヴァンの前に立ち、自然な動作でその顔面に拳を叩き込む。魔力を纏った拳は雪腕という強力な武装を振り回してはいるが、当の本人は常人のままであるヴァンには致命的だった。


 濃霧が解除されると、鼻血を出して仰向けに倒れ、多くの生徒や教員に気絶した姿を晒すヴァンの姿が現れる。

 教員達の心からの拍手を受け、カリムは啞然としているヴァン以外の術士達に一言。


「次はどなたですか?」


 その言葉に答える者はなく、術士達は意識のないヴァンを連れて、忙しない足取りで帰っていく。

 そして、残されたトーマスの肩に、カリムは手を置き、微笑む。


「お前は残って、俺と模擬戦しようか。なあ、トーマス」

「い……いやー、僕はちょっと今日体調が……」

「遠慮しなくていいから」


 肩に力強く握られて、トーマスは引き攣った顔で頷く。

 その後、演習が終わるまでトーマスは悲痛な声が第二演習場に響き渡った。

 カリムがしっかりと手加減していたこともあり、最後まで教員達が仲裁に入ってくることはなかった。彼らもまた自分達の授業に術士達を招いたトーマスに対して、少なくない怒りを感じていたのだ。


 さて、今回はカリム対術士(笑)ヴァンとの対決でした。

 次は、アルタイラのバトルを書くつもりです(-_-メ)

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