第二十八話 演習①
ようやく刻印術式の授業に入ります。(-_-メ)
「ようやく演習の授業だ!」
白の制服から、動きやすい黒の運動着に着替えた生徒達が第二演習場に移動して来ていた。
集まっているのはカリムやタムマインと同じ五組の生徒達。演習場は王立術理院に二つあるが、それぞれの一年次はそれぞれの組が別々で演習場を利用するので、特に順番が回りきるのが遅く、五組は最後から二番目だった。これが二年、三年になってくると、それぞれ自分の刻印術式の特徴を把握できているので、似た系統の刻印術式を持つ生徒達を一纏めにして合同で演習をするといったようなことも増えてくる。
そういった事情もあり、一年次は意外に演習の授業機会に恵まれていない。だからこそ、王立術理院も部活動での刻印術式の習熟を勧めている。
「張り切っているな、タムマイン」
「当たり前だ。いい加減身体を動かさないと頭がおかしくなりそうだ」
「良い機会なんだから勉強でもすればいいものを……」
「うるせえ! 主席には俺の気持ちはわからねえよ!」
カリムはやる気満々のタムマインを白けた目で見る。
今日に至るまで、カリムには書庫での調べ事があったが、対するタムマインはろくに部活動もできず、鬱憤が溜まっていたようだ。カリムも何度か模擬戦を頼まれたものの、流石に『身体強化:青珠』という化物級の刻印術式を暴発されることが恐ろしく、書庫を理由に悉く断っていた。そういったこともあり、タムマインはやる気に満ちているのだ。
そうこうしているうちに、演習の時間となり、五組の担任と鎧の騎士や下敷きに書類を留めたものを脇に抱える大人達がぞろぞろと姿を見せる。
「みなさん、集まってください。これから演習の内容について説明します」
担任は生徒が集まったことを確認し、淡々と説明した。
一年次における演習の目的は、各々の刻印術式の性能を把握すること。身体強化系ならば実際に使用することでどこまでのことができるのか、おおよその限界を把握することを目的とする。一年次の後半ではその情報を基にして、活用方法を模索していく期間となるらしい。
「聞くだけだと単純に思うかもしれません。しかし、刻印術式の演習には毎年怪我人が出る危険な授業であることを自覚してください。もちろん、どの授業でも治療術式を得意とする学士の方々や治療術式研究会の部員によるバックアップ体制は整えていますが油断することはないように気をつけてください」
説明を聞きながら、自然と生徒の視線がトーマスへと向かう。
「なんだよ!」
本人が威嚇するように声を発したので、スッと視線を逸らす。また、トーマスは説明中に声を上げたので、担任から注意を受けた。
その後、担任は淡々と説明を再開した。
「刻印術式は十人十色。一律の授業に意味はなく、各々にあった方法で把握していくことが近道となります。幸い我が学院では元刻印騎士の教員や学士の教員が多く在籍しているので、個々の刻印術式をそれぞれ監督することが可能です。……それでは系統ごとにグループ分けしていきます」
文字通りの身体強化系。
火球や火槍といった属性系。
身体強化系や属性系以外の特殊系。
大きくこの三つに分けられるのだが、カリムはどこにも参加できずに立ち尽くしていた。
ぼっちで仲間に入れてもらえないといったことではない。
理由は単純だった。
身体強化、濃霧、見通す目。三つの刻印術式を持つカリムはこの系統において一種の身体強化系及び二種の特殊系に該当しているので、どちらに参加するべきなのか、判断ができなかったのだ。
しかし、棒立ちにカリムに対して、担任はしっかりと対応を考えていた。
「ああ、カリム君。刻印術式が三つある君は身体強化系か特殊系のどちらに参加してもいいですよ。選択は君の判断に委ねます」
さらっとカリムが刻印術式三つ持ちであることを口にした担任に、生徒は驚き、カリムへと好奇の眼を向ける。一部の貴族からは妬みの視線が刺さる。
カリムの個人情報を晒してしまった担任だが、彼は態度を変えない。
厄介な事になったと思いつつ、カリムは特殊系のグループに参加する。その選択にはタムマインと模擬戦なんてさせられたら、絶対に怪我するという打算が働いていた。
また、カリムの移動を見届けてから、褐色肌の少女、アルタイラが身体強化系のグループへと向かった。
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最初にすることはどのグループも同じだった。
一人一人に術式が記された紙が手渡されていく。
「これは?」
カリムは脇に控えていた金髪短髪の学士に尋ねる。
「式符というものだ。理術では一から理術を組み上げないといけないだろう? これは術式を記述してあるから魔力だけで発動できる。便利なものさ。作る手間と使い捨てという事実に目を瞑ればね」
「流石はアマガハラ王国の最高学府ということですか」
「いいや……式符の作成と活用が趣味の研究バカが実験するために持ち込んだだけさ」
小声で自分を指差して、微笑む男にカリムは察した。
ああ、この男が用意してくれているのか、と。
別の学士が集まった特殊系グループの生徒に式符の使い方を説明する中、カリムは金髪の学士に続けて質問する。
「この式符はどういった術式なのですか?」
「魔力知覚さ。刻印術式はあまりにも容易に特定の術式を発動できるようにしてしまう。だが、多くの学生は魔力を操作できないから刻印術式が発動できない。だから、この式符で強制的に魔力を知覚してもらい、刻印術式を発動する感覚を掴んでもらう」
「俺、発動はできるんですが、やる意味ありますか?」
「ないね。むしろ、やらない方がいい。式符の無駄遣いだ。学長から周知されているのだが、君とタムマイン君は既に魔力と纏うことができるのだろう?」
「できます。……ならお返しします」
「いただいておこう」
式符を金髪の学士に返却し、カリムは慌てて身体強化系のグループの様子を伺う。
タムマインは式符を発動していないだろうか。
しかし、その心配は杞憂に終わる。
何があったのか、タムマインは先日トーマスと一触即発だったアルタイラという少女に式符を取り上げられていた。
状況はさっぱりわからないが、どうやらタムマインは大丈夫そうだ。
カリムは安心して、金髪の学士へと向き直る。
「そういえば、あなたのお名前は?」
「ロンドだ。再利用できる式符の作成を研究している」
+++
身体強化系のグループでは式符を奪われたタムマインがアルタイラに文句を言っていた。
「おい、返せよ。それがないと俺の刻印術式が制御できないだろうが」
「別に返してもいいけれど、本当にいいの? この術式、魔力を知覚させるだけで制御する効果なんてないわよ」
「……マジで?」
「あんた説明聞いてなかったのね? 術式を読めるわけでもないなら、大人しく聴いていればいいのに」
次の式符が配られ、説明を聴き、この式符こそタムマインが求めていたものであることを知り、タムマインはアルタイラに頭を下げる。
「ありがとう。俺が間違っていたみたいだ」
タムマインに感謝されるも、アルタイラは不機嫌そうにしている。
「別に……あんたよく主席の男と一緒にいるでしょう? あいつには前に借りがあるけど、私は特殊系じゃないから代わりにあんたに教えてあげただけ」
「ふーん、意外と律儀な奴だな」
「そんなんじゃないわよ……。……あんた模擬戦で私の相手しなさい。ボコボコにしてやるから」
「酷いな。やめとけ、やめとけ。俺の刻印術式『身体強化:青珠』だから殺しちまう」
「大丈夫よ。あんたに負けるような鍛え方してないから」
「やだね。親切な女を一方的にボコボコにするような真似はしない」
「だから、大丈夫って言ってるでしょう!」
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次の式符がカリムに配られる。
「その式符は君の目的のものさ。刻印術式は身体に直接術式が刻まれるだろう? だが、実際には体内も刻印術式が発動しやすいように組み換えられ、各々の刻印術式に特化してしまっている。このままでは日常生活を送る中で意図せず発動してしまうこともあるだろう」
ロンドの言葉に、カリムはうんうんと頷く。実際、カリムはそれが心配でこれまで刻印術式を発動しないよう、魔力を一切操作することなく生活してきたのだから。
「そこで、この式符だ。術式自体は局所的に魔力の流れを堰き止める効果があるだけ。ここで躓く生徒が多いから気を抜かないように。まあ、魔力操作できるカリム君は一度経験すれば問題ないかもしれないけど……」
「イメージは魔力によって魔力の流れを堰き止める感じさ。具体的に言えば、魔力を用いて、体内で魔力が刻印術式を形成することを阻むんだ。それを常態化することで、さながら鍵を閉めるように刻印術式の発動を妨害し続ける。頭の中で魔力を色分けしてみるのもいいかもしれない。要は妨害する魔力だからね。反発し合う性質こそ望ましいんだ」
ロンドの説明に、カリムは刻印術式の暴発しないための方法を明確に想像することができた。
そして、式符を使用し、魔力が魔力によって堰き止められる感覚を覚えていく。
――数分後。
式符の効果がなくなるが、カリムはすぐに式符の感覚を再現することに成功していた。
「うーん、俺の場合、三つも鍵をしないといけないのか。あと、常態化するなら適正な魔力量も早く把握したいな。限られた魔力を可能な限り活用したい」
「刻印術式の鍵を早々に成功して、すぐにそれまで考えられるとは……うん、やっぱり主席は伊達じゃあないね。興味があれば、私の研究室に顔を出しなさい。歓迎するよ」
「ええ、是非」
こうして。カリムは刻印術式の暴発を防ぐ術を得た。
ちなみに、タムマインも演習時間を目一杯使って鍵のイメージを掴むことに成功していた。
次はアルタイラの戦闘シーンにするか、カリムの戦闘シーンにするか悩み中です。
戦闘が少なかったので、順序はともかく両方の戦闘シーンは書くつもりです。私も説明ばっかりは嫌なので!(; ・`д・´)




