第二十六話 滑稽な愚者
神王通りを馬車が進む。
中には紺の法衣に身を包んだサワリムと顔立ちの整った若い男が向かい合っていた。
「サワリム君、お使いを終えたら、君は晴れて学士として諸国を巡るそうだね」
人懐っこい笑みを浮かべながら、馴れ馴れしく話され、サワリムはため息を吐く。
「年若くして学士になった俺を妬むのは結構だが、そんな態度でいいのか? 学士ドルキルム、俺は確か座主クウガの命を受け、シャムトリカ王への顔繫ぎ役として参加しているのだが?」
「これは失礼。どうにも年の離れた弟を思い出してね。不快な思いをしたなら謝罪しよう」
「必要ない。貴殿は座主から何かしらの大役を任せられているのだろう? 自分の役目に集中してくれればそれでいい」
「最年少で学士となった天才君は私の役目が気になるかい?」
ニコニコしながら聞いてくるドルキルム。
「ならないな。興味もない。俺は自由に生き、研究を続けられたらそれで満足だ」
「賢明だね。クウガ様が気に入るわけだ。今後とも仲良くしていきたいものだが、君はどう思う?」
「そうしたいのは山々だが、生憎とこの用事を終えればエチルゴ領に所用がある。当分顔を合わせることはないだろう」
「残念だね。でも、機会ならこれからいくらでもあるさ。戻ってきたら顔を見せてくれればいいよ」
何気ないドルキルムの言葉にサワリムは薄く笑みを浮かべ、
「滑稽な愚者」
と一言。
それを耳にして、ドルキルムは氷のような眼で射抜く。
「……それは、どういう意味だい?」
だが、サワリムは笑って誤魔化す。
「すまないな。別にドルキルム殿を笑ったわけではない。王都に来て、勉学に励む兄のことを思い出して、つい笑えてきたんだ」
「ほう? どういったお兄さんなんだい?」
「愚者とは言ったが、それほどまで愚かしくはない。あいつは最善を尽くして学び、期せずして最善の道を掴んだ」
「すごいじゃないか。愚かしさは微塵も感じない」
まさか、さっきの言葉は私に向けた言葉なのかとドルキルムの圧が強まるが、サワリムは飄々と続ける。
「そうだ。どこには失敗はない。だというのにあの兄は、今の王都でも一際面倒で、厄介事の種がいる王立術理院に在籍している」
そこまで言われて、ようやく合点がいった様子を見せるドルキルム。
「それは……なるほど、確かに傍からみれば愚かにも見えますね。最善を進み続けた先で、悪い目を出してしまったら」
「だろう? …………神通門に到着したようだ。ドルキルム殿はここでお待ちを。私が門番に話をつけてくる」
「ええ、よろしくお願いします」
笑顔のドルキルムに見送られ、馬車から降りたサワリムは小さく呟く。
「愚者は貴様だ、ドルキルム。せいぜい短い春を謳歌するといい」
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天地宮。謁見の間。
外で花弁が舞い続ける光景とは打って変わり、謁見の間は静寂と、薄い灯の連続が照らしていた。
地に伏して、シャムトリカの許しを待つサワリムとドルキルム。
この場にはシャムトリカと護衛の王剣百士数名が控えるだけで、高位貴族が軒を連ねることもない。天地宮は王の御所ゆえに人は少ない。
「面を上げよ」
許しを得て、二人は顔を上げる。上座には床につかんばかりの長い黒髪に、王冠を被ったシャムトリカ王。
ただ座っているだけの姿に、サワリムとドルキルムは呑まれた。
そこにいるだけで目が吸い寄せられるようにシャムトリカを見つめ、見入ってしまう。
美醜ではない。まるで人の形をした超常を見せられているように息が詰まる。
「うん? ……ああ、すまない。魔素を抑えるのを忘れていた」
急に不可避の力から脱した二人は、ただただ息を整えることしかできなかった。
アマガハラ王国の聖人。建国王、ジークムントの直系の王族の底知れぬ力に興味と恐怖が混在してしまう。
「時間も惜しい。手短にいこう。理術学派の使者よ、名乗れ」
端的な言葉だが、先ほどのような圧迫感がない。
そのことにいち早く気づいたのはサワリムだったが、先に名乗ったのはドルキルムだった。
「理術学派が学士、ドルキルムと申します」
「同じくサワリムと申します」
名乗りを受けて、「続いて用件を」と続きを促すシャムトリカ。
「私は座主クウガより命を受け、アマガハラ王国における更なる繁栄のため、理術活用の相談役として、私を活用していただきたく参上いたしました」
「理術活用……か。このままアマガハラ王国を乗っ取ろうとでも言うつもりか?」
可笑しそうに言うシャムトリカだが、ドルキルムは優しく微笑んで否定する。
「いいえ、違います。考えてもみてください。シャムトリカ王、元々このアマガハラ王国は国王の地鎮の力に依存し過ぎています。王が倒れれば国が倒れる。そんな国はこのアマガハラ王国以外にありません。大陸の覇者、大炎帝国にしても、理術学派の祖国、インダルにしても王と国が文字通り、一心同体ではないのです」
「アマガハラ王国の現状は、王に負荷がかかり過ぎている。加えて、貴族達はその現状を当たり前のように享受し続け、現在のように理術学派の結界術式がなければ生きてはいけない無様を晒している」
「それはアマガハラ王国への侮辱か?」
「ドルキルム、口が過ぎるぞ」
サワリムが注意を挟むが、ドルキルムは動じない。
「違います! アマガハラ王は代々遍く国中を救い続けている。これは他国の誰にも真似できないことであり、間違いなく偉業です! しかし、陛下を支えるべき貴族がいけない。彼らは蜜を啜るばかりで、王の地鎮が揺らぐなど考えもしなかった様子。盲目的に信じるばかりの者達が本当に忠臣だと言えるでしょうか? 私にはそうは思えません」
「加えて、疑問なのはシャムトリカ王を中継ぎと憚らず、王を替えの利くモノと扱う始末。……そんな者達しかいないなら、我が理術学派が王の手足となり、アマガハラを支えたい。そう思ったまでのこと」
「元は卑賎の身なれど、この命、過去の厄災で先王に救われた折に終わったようなもの。ゆえに、国のために費やすことをお許しください」
言いたいことだけ言い切って、床に頭をつけるドルキルムを見て、シャムトリカは深く息を吐く。
「ドルキルム、貴様の思い、よく分かった。ゆえに、もう良い。今日のところは帰るといい」
「なっ、陛下! どうか私に機会を! あなたのお手伝いをさせていただきたいのです!」
「もう良いと言っている。……散々な物言いだったが、貴族にもアマガハラ王国の明日を考えてくれる者達もいる。もちろん、貴様が指摘したように王に甘えすぎなところもあるが、アマガハラ王国を最善へと導こうとしてくれている。余は彼らを信じたい」
「そんな……」
「……だが、別にドルキルムを排除しようとも思っていない。理術学派とは今後とも良い関係を築きたいとも思っている」
サワリムは話の展開が予想とは違ったことに驚く。てっきりドルキルムがシャムトリカの逆鱗に触れてしまったかと思っていたが、どうやら彼は気に入られたようだ。
「半端な答えになってしまうが、ドルキルムよ。余は臣下に甘く、貴様には不快極まりないだろうが、それでも私に――――アマガハラ王国に、力を貸してはくれないだろうか?」
「はい、喜んで」
サワリムは劇でも観賞しているような気分になって、呆れる。ドルキルムの言葉にも、シャムトリカの返答にも、彼はまったく心を打たれなかったからだ。
だが、この結末をサワリムは覆そうとはしないし、できない。まあ、彼にとっても悪くない結果であったので都合が良かった。
そして、意気揚々とドルキルムは謁見の間を去り、どういうわけかサワリムだけが残された。
自分は付き添いでしかないからと、一緒になって逃げようとした彼だったが、シャムトリカに一言残るように言われては断ることはできなかった。
「それで……どういった経緯で其方のような子どもが使者に選ばれたのだ?」
心なしか会った当初より機嫌が良くなったシャムトリカが尋ねる。サワリムという子どもを相手にしているからか、声のトーンが明らかに変わっていた。どうやら彼女は子ども好きらしく、表情も柔らかくなっていた。
王様を相手に下手に噓を言うわけにはいかない。そう考えたサワリムは正直に自分の身の上を話していく。
コウハク・ツチツカミという叡智派の王族の庶子であり、式魔封術という先天的才能を見出された理術学派で学び、先日学士となったこと。ここには王族の庶子であるという血縁的理由と正式な理術学派の学士であるという二点からクウガに選出されたということを話した。
一通り話し終えると、シャムトリカは納得してくれた。
そして、そこからは何を思ったのか、コウハクのことを聞いてきた。
これにはサワリムも苦悩しながら、発言することになる。
なぜなら、父のコウハクはシャムトリカの次代の王位継承争いから逃れるため、飲んだくれを演じているのだ。
それをよりにもよって、王に直接演技をしているなど伝えるわけにもいかない。人の口に戸は立てられぬと言うが、王に口止めできる人間など、少なくともこのアマガハラ王国にはいないからだ。知られたが最後、サワリムはコウハクから恨まれること間違いなしだ。せっかく学士といいう身分を手に入れ、自力救済を果たしたというのにそんな失敗で後の人生を縛られたくはなかった。
ゆえに、サワリムは父を尊敬してはいるし、優しくしてくれるが、毎日お酒ばかり飲んでいるという伝え方をするしかなかった。
「ふむ、コウハク・ツチツカミ……か。……適役かもしれない。話を聞かせてくれて感謝する。部下に送らせよう。ありがとう、サワリム」
「勿体なきお言葉」
もしこのときのことを後のコウハクが知ったら、彼は本気でサワリムに殴りかかっていたことだろう。
――しかし、ここは天地宮。サワリムがコウハクについて話したことを知る者はいないし、王剣百士は見聞きしたことを絶対に広めない。
ゆえに、コウハクがこの事実を知ることはない。
とりあえず、天地宮での話はここまで。
次は王立術理院の話に戻ります。




