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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第一章 雲散霧消
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第二話 天才

初回投稿その二。


※先帝→先王

 シャルム・ツクミハラ→シャルム・アマガハラに変更しました。


 設定上、先王の名字はアマガハラなのでいきなり変更してしまい、申し訳ございません。

 アマガハラ……王、王太子、王妃、王の子息。

 ツクミハラ……王位継承によってアマガハラの条件から除外された王族。

 ツチツカミ……上記二種以外の王族。

 となっています。

 コウハクがサワリムを伴ってソーカルド領を訪れてから十日が経過した。

 ニイサが言うにはコウハクは一度戻ってくると、三十日くらいは滞在するのだとか。

 そのことが憂鬱で、カリムは深いため息を吐く。


 記憶が定かではないあの日から、カリムはコウハクとサワリムを嫌うようになった。二人と顔を会わせる度、顔が歪まして距離をおけば舌打ちまでする始末で、徹底して嫌っている。

 他にもいくつか変化はあったのだが、それは追々。


 コウハクが戻ってきてからは、ニイサはコウハクと一緒にいる時間が多くなった。

 ニイサはコウハクの妾なのだから、いくらカリムやノルトリムを愛していてもコウハクの相手はしなくてはならない。もしも雑に扱って家を追い出されでもしたら、困るのは子ども達の方である。

 しかし、それが理解できないカリムは一層コウハクのことが嫌いになった。あの男が帰ってきてから良いことがあった試しがない、と。




 ニイサの部屋で、コウハクとニイサの二人が身を寄せ合っている。

 

「コウハク様、どうかカリムのことをお許しください。私があの子の夢を否定してあげれば、あんなことにはならなかったのです。許されないことだとはわかっていました。けれど、あの無垢な我が子の夢を一蹴したくはなかったのです。全ては私のせい。私が悪いのです」


 コウハクはあの日以来、何度も聞かされたニイサの謝罪にうんざりする。

 別にニイサのことが嫌いになったわけではない。あんな無価値な子どもにも愛情を込めて育てているニイサの健気さは愛おしいと思う。

 しかし、同時にあんな夢ばかり見て、現実を見ていない子どものせいで、愛する妾が気落ちする様を見せられてはうんざりもする。カリムのことは心底どうでもいいが、ニイサのことは大事だ。ソーカルド領に来たのだってプライドが服を着たような生意気な正室や側室から解放されて、ニイサに癒しを求めての訪問なのだ。決してこの時間を暗い空気にしてはいけないとコウハクは思っていた。

 だから、コウハクはニイサを慰める。


「いいかい、ニイサ。別に私はカリムのことを怒ってはいないよ」

「本当ですか?」


 噓である。

 王になりたいなどと言い出した日には情動のままに殺めてしまうところだった。今でも怒りはコウハクの奥底で煮えたぎっている。


「もちろんだとも。ニイサは優しいから子どもの夢を壊したくなくて言い出せなかったのだろう? それは仕方のないことさ。そういった役目は身分を問わず、男に任せておけばいい。つまり、カリムのこともニイサの反省も、全部問題なしだ。私は全てを許そう」

「ありがとうございます! コウハク様!」


 これにて、一件落着。

 コウハクは内心でため息を吐く。

 本心ではカリムのことを許すどころか面倒を増やしたガキと罵ってさえいるのだが、表には出さない。当初はニイサに罪はなく、全てカリムが悪いという言い方をしたのだが、どうにもそれだとニイサが納得しなかったのだ。だから、苦渋の決断でカリムも許してやるという論調に切り替えたのだ。


 所詮は密室の戯言だ。適当に言っておけばいい。

 カリムはよりによって、周囲に使用人がいる前で王になりたいなんて宣言してしまったのだ。コウハクにとって、その行為は余談を許さない愚行であったし、一生モノの罪に等しかった。

 そもそも庶子であるカリムが王になるためには、彼一人で即位するなんて都合よく話は進まない。

 では、傍から考えればどうなるか。要するに、庶子であるカリムが即位するには父親であるコウハクが即位し、その後をカリムが継ぐのだと考えられるかもしれないのだ。

 そのために先日はあの場にいた使用人達に期限のない暇を出すことになった。カリムの発言一つで実害が出ているのだ。


 心配のしすぎだと思うだろうか。しかし、今は不味いのだ。先王シャルム・アマガハラが度重なる宮中の疫病と水龍の暴走を治めるために力を使い果たし、前例なき女王シャムトリカ・アマツカミが即位して、都は荒れている。


 だから、今は不味いのだ。

 建国以来、アマガハラ王国は中継ぎ以外の目的で女王が誕生した前例はない。現王シャムトリカが即位するまでは。おそらく、シャムトリカはその伝統に従い、子をなすことができず、その後の王までの中継ぎとしての役割を強制されることだろう。

 つまり、次代の王位継承は間違いなく、荒れる。既に政治の主導権を握るフシャール四家は各々に次代の王に据える神輿を決め始めている。

 そんな魔境にコウハクが飛び込もうものなら、王族とはいえ翌日には毒殺されて終わりだ。事実として、近頃のことだが複数名の王族の知り合いが物言わぬ死体になっている。コウハクにとって、これは妄想ではなく、事実として受け入れなければならない命の危機なのであった。だから、何時如何なるときも飲んだくれを演じているのだ。

 ゆえに、ニイサに告げた言葉とは裏腹に、コウハクは今後一生カリムという危機感のないガキを側に置くことはないだろうと心に誓っていた。


 +++


 気持ちの良い日差しが入り込み、カリムは目覚める。

 この屋敷はコウハクの別荘地ということもあって、一人部屋である。寝床の布団から這い出て、戸を開ける。


 急に眩しくなった日差しに、自然と舌打ちが漏れる。日光は薄い霧が軽減してくれているのだが、カリムは朝に弱いのだ。

 王になりたいという夢を諦めて以来、カリムはよく舌打ちをするようになった。日差しを嫌がったのか、踵を返して机の前に座り、サワリムの部屋から拝借してきた歴史の本を読む。


 今日は姉のノルトリムと領主がカリムやノルトリムの側付きとして派遣してきた娘であるセナ・ソーカルドとのままごとが予定されていて、カリムも参加予定だ。

 断るとサワリムやコウハクと同類になるような気がして、カリムはままごとなんてしたくないと思いながら参加を決めたのだった。

 とはいえ、基本的にカリムの日常は勉学に満ちている。剣と読書の比重は読書に傾き、基礎すらおぼつかない理術より歴史の本を読み進めることにしている。今はちょうど叡智派と武断派という現在のアマガハラ王国にも影響を残す王統の理解を進めており、むしろそういった学習の時間の方が大半を占めていると言えよう。


 同年代の子ども達からすれば、この姿勢は見習うべき模範そのものであったが、カリムが才能に驕ることはなかった。

 というのも、弟であるサワリムが常にカリムよりも秀でているので、自分が勉学に秀でているなんて考えもしなかったのだ。

 ちなみに、カリムが劣等感を抱いているサワリムは既に基本的な知識を習得済みであるので、少数の領軍の護衛を伴って、式魔封術によって着々と手駒の魔物を増やしているのだとか。

 食事時。嫌いなコウハクの嫌いなサワリム自慢によると、フォレストウルフという集団行動をする狼の半数を得て、破竹の勢いで使役できる魔物を増やしているのだとか。


 ともあれ。

 そんなこんなで、ままごとだ。

 カリム自身、こんなことをしている場合ではないと思うのだが、姉のノルトリムを邪険に扱うようなことはしたくなかった。


 +++


「ノルがねえ、お姫様だから!」


 満面の笑みで真っ先に自分の配役を決めた姉のノルトリム。彼女は自分のことをノルという愛称で呼ぶタイプだ。黒髪黒眼で、肩に届く程度の髪を二房にまとめている。最近は母であるニイサとの時間も減って、比較的近所の農家の二枚目の長男に恋心を抱く普通の女の子だ。


「セナはねえ、使用人」

「えっ、あっ、はい! わかりました。ノルトリム様。使用人、頑張ります!」


 他人の配役にはわりと拘りがないのか、真顔で領主の三女セナ・ソーカルドを使用人にしたノルトリムだった。

 このセナだが仮にもノルトリムやカリムの接待役(コウハクが来ているときだけ領主が気を遣って)として来ているのだが、同年代にしても緊張しすぎである。カリム達は庶子だというのに。

 黒髪のおかっぱ頭ではあるが、容姿は整っている。というのに、それをはるかに上回る挙動不審っぷりを発揮して、視線がなかなか定まらない少女である。

 今も頑張りますと言った先から、俯いて、「どうしよう、使用人なんてやったことない」とブツブツ言っている。カリムはその様子を見て、完全に引いていた。

 

「カリムはねえ、……えっと本当はベルム君にやって欲しかったんだけどー……王子様……やって」


 姉がもじもじとしながら、カリムに王子役を与えた。

 大人と子どもくらい年齢差があればかわいらしいと思うのだろうが、そこはこれまでなんだかんだと勉学に励んできたカリムである。くねくねしている姉を不思議そうに見るだけだった。

 ちなみに、お察しの通りベルム君がノルトリムの意中の相手である。ノルトリムは弟と領主の娘を使って、意中の相手とのシミュレーションをするというなかなかな女の子であった。


「ああ、王子様。すぐにでも会いに行きたいけれど、今は会いに行けないの! でも、私、きっとあなたに会ってみせるわ!」

「……なんで会いに行けないの?」

「もうっ、カリムはそこは私もあなたに会いに行きたいって言うところなの!」

「いや、だからなんで?」


 ノルトリムのままごとは設定がガバガバである。だから、ニイサなんかはとりあえずそれっぽいことを言って好きなようにさせていたが、そんな技能をカリムは持ち合わせていない。ゆえに、ノルトリムの話に合わせろというのは無理な話だった。


「ああ、王子様。どうして私を残して死んじゃったの!」

「えっ! なんで王子様死んじゃったんだ? 一体過程で何が起きた?」

「王子様は死んじゃったの! だから、黙ってて!」

「……はい」


 理不尽な怒りをぶつけられ、納得のいかないカリムだった。

 その後、セナは一言も話すことはなかった。何か一人でブツブツと台詞を求められたときの対策を練っていたようだが、どうやら今日は使用人の出番はなかったらしい。配役しておいて酷いことをする姉である。


 ノルトリムの独裁が続き、カリムがちょうど思考を放棄しようとしていると、ちょうど玄関からサワリムが出てくるところだった。

 ままごとをしていた庭からは玄関が見えていたので、自然とカリム達とサワリムの視線が交錯する。

 彼の手に何かただならぬ意匠の施された紙が何枚か握られていた。

 いつもなら、このままサワリムがどこかへと向かうのだが、今日はままごとで気分がハイになっているノルトリムがいた。

 カリムは何も言わないが、殺気を込めて睨みつけ、今にも舌打ちしそうな勢いだ。

 彼女も日頃なら気まずそうにサワリムから目を背けるのだが、今日は機嫌が良い。

 だから、気負いなく話しかけた。


「サワリム! あなたも一緒にままごとするっ?」


 しかし、相手はサワリムである。彼は人生全てを勉学や理術に捧げているのではないかというほどに、自己研鑽に時間を費やしている。そんな彼にこういった質問をすればどうなるか、カリムはおおよそ予想がついた。


「誰がやるか。そんなつまらない遊び。時間の無駄だ」


 ため息を吐いてから、サワリムはカリム達に指を突きつけ、続ける。


「ノルトリム、カリム。お前達はずっとそうしていろ。俺達にとって貴重な……無駄にはできない時を浪費し、塚の下に沈むがいい」


 その言葉に、我慢ならなかったカリムが駆け抜けるように飛び出して、殴りかかった。

 サワリムは軽々と避けて、カリムを蹴り飛ばし、バックステップで距離をとった。

 そして、意匠の施された紙を一枚抜き出して、眼前に掲げる。


「式魔術式起動。ゴブリン形成、継続時間六〇、強度設定一。術式開放」


 紙から意匠が抜け出し、青白く発光。

 そこには緑の肌に、小柄な体、小さな角を生やし、口元が醜悪に歪んだ鬼が現れていた。


「ゴブリン、武器の使用を禁ずる。そこに這いつくばるカリムを素手で痛めつけろ」


 淡々としたサワリムの命令通り、ゴブリンはカリムに馬乗りになり、再び青白い光になって紙に戻るまでの六〇秒間顔を殴り続けた。

 サワリムは顔を腫らして、今にも意識が飛びそうなカリムに近づき、見下ろしながら口を開く。


「あのなあ、カリム。俺は別にお前のことを嫌ってはないんだぞ。そこの考えなしの馬鹿な姉はともかくとして、お前のことは嫌いじゃあないんだ。お前は俺の書斎から度々本を盗って読んでるんだろう? ……安心してくれ。別に責めたりはしないさ。学ぶ機会があり、その意思があるならば学ぶべきだろう? 何せ俺達庶子は近所の農民以上の待遇で、その実は農民以下の人生なのだから」


「何度でも言うぞ。学ぶ意思があるのならば、学ぶといい。そして、価値を示せ。詳しいことは言えないが、俺達はいつだって気を抜けば塚の下に沈むことになる。いいか、よく心に刻むんだ。天才と持て囃されているこの俺ですら慢心し、努力を怠れば塚に沈むのだ」


「だから、カリム、ままごとなんていう小事に俺達が現を抜かすことは駄目だ。罪深くはないけれど、愚かしくはある。死の運命に抗わない奴の末路は悲惨だ。後悔は先に立たない。全てを投げ打ってでも今は己の価値を高めろ。そうしなければ先はないぞ」


 淡々と、それでいて、今まで見たこともないほどに熱のある弟の眼を見て、カリムは思った。

 何か違う、と。

 この助言は確信は持てないけれど、今までのカリムを馬鹿にするような態度とは決定的に違うと。

 いつも嫌味だと思って、耳を塞いではいけないと。

 しかし、カリムがサワリムを嫌いなことに変わりはないのだ。感謝など絶対にしない。カリムは頑固なのだ。


「うるへえ、弟が大人みたいな説教してんじゃねえ!」

「……残念だ。お前は学び続ければ、学士となって活路を開けたかもしれないのに……」


 突いて出たのは、反抗的な言葉だけだった。

 ただし、深く胸に刻まれたことはあった。

 サワリムですら努力しなければ生きてはいけないらしい。

 何故そうなるのかは見当もつかないけれど、そうらしい。

 ならば、それ以下のカリムはサワリムの言う通り、全てを賭けて挑まなければならないだろう。

 薄れる意識の中、カリムは決意する。

 ――生き抜く決意を。

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