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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第二十五話 二頭体制

天地宮での話です。この話ともう一話、サワリムが登場する話を書いて、カリム側に戻る予定です。

 天地宮。

 王都の最奥にこの場所はある。王都の玄関口である神王通りを一直線に進んだ先、神通門を潜った先にある王の御所。

 特別な許可なく、自由に出入りを許されているのは貴族の中でも一握りの者達だけ。

 梅と桜の花が年中咲き誇り、花弁が宙を舞う様は幻想的だ。

 もし迷い込む者がいれば、この幻想的な光景に現を抜かすことだろう。


 そんな光景を見飽きた女が一人、足を崩して肘掛けで頬杖をついている。

 縁側の床に届くほど長い黒髪の女。

 彼女こそアマガハラ王国の現王、シャムトリカ・アマガハラであった。


「憂鬱じゃ。……幼い頃より憧れ、父の如くなるのだと夢を見て、女の身には余る大役と知って落ち込んで、諦めて、予期せぬ厄災に父が倒れ、流れ流され我が世の春。しかして、その実態は――次代の王への繋ぎ役。……余は望まれて王になりたかった」

 

 彼女の独白に答える者はいない。

 一部の貴族や護衛は出入りを許されている。しかし、貴族は許可をとってから、護衛は影ながら守るので、一々気にしていられない。

 ゆえに、シャムトリカの独白に答える者はいないのだ。

 彼女の傍らには煌びやかな王冠が無造作に置かれている。いつも王として振る舞うときは肌身離さず身につけており、本来は代々王に受け継がれる大切なものだ。


「しかし、務めは果たそう。フシャール四家はこぞって次代の王を掲げようとしている。厄災の年を経て、アマガハラ王国は揺らいでおるというのに」

「地鎮が乱れ、理術学派に頼らねば国も維持できない無様を晒している。だというのに、どいつもこいつも業突く張りの狸ばかりで、危機感がない。誰を次代の王にしろ、誰が次代の王に相応しいだの……そこまで王の後ろ盾になりたいか? 忌々しい。……忘れておるのだろうか? 黒穴が天地宮にあり、地鎮が揺らげばアマガハラに生きる全ての人が、等しく滅ぶということを」

「次代の王に後ろ盾の権威など不要じゃ。王は国を思う聡明な心さえあれば……誰だっていい」


 シャムトリカは鬱憤を吐き出してから、王冠を被り、立ち上がる。


「さて、今日も母上とナルカマカロとの話し合いか。別に余はジュリアンとの二頭体制でも構わないと言っておるのだが……信用のないものじゃ。その後は……理術学派か。結界術式を提供してもらっている手前、無視などできようものか」


 シャムトリカは泰然と縁側から去っていった。


 +++


「先日、ジュリアン様が王立術理院に入学したことは知っての通りかと思います。我々の目的とする二頭体制への移行には、王位をジュリアン様が、力をシャムトリカ様が分担することが不可欠です」


 ――我々ではなく、其方と母上の目的は……な、とシャムトリカは小さく呟くが、声を大にして否定するほど反対しているわけではなかった。賛成というほどでもないが無難。それくらいに思っていた。


「しかし、ジュリアン様はまだ若すぎる。若さを理由に王位にはまだ早いと反対する者が現れるでしょう。だからこそ、王立術理院を卒業するまではシャムトリカ様に王で居続けていただきたい。これは以前も話したかと思います。しかし、このままでは他のフシャールが暗躍することは避けられないでしょう」

「もちろん、私も彼らの動きには注視しますが、彼らはまだ諦めてはいない。ジュリアン様が王位に就くまでに状況を覆すことができると思い上がっている。それゆえに、決定打が必要となります」


 鼻息を荒くして、力説する男、ナルカマカロ・ナンロをシャムトリカは冷めた目で見ていた。

 ナルカマカロはフシャール四家の一角、ナンロ家出身である。どうしてシャムトリカが彼の意見に従っているのか。その理由は彼女の母親にあった。

 コウミリア・ツチツカミ。旧姓、コウミリア・フシャール。

 フシャール家が四つに分派する以前のフシャール家の娘であり、シャムトリカの実の母であり、先王シャルムを王妃として支えてきた人物である。

 ナルカマカロはそのコウミリアの肝煎りだ。

 シャムトリカは王ではあるが、真の王ではないと実感していた。

 所詮は次代の王への中継ぎ。各所からは侮られていることを彼女も知っている。

 だからこそ、シャムトリカは意気揚々と今後の展望を語るナルカマカロの言葉を聞き続けるしかない。彼の意見を無視しても、どうせ次のフシャールが自信ありげなご高説を伝えに来る。ならば、マシなナルカマカロで妥協しておく。

 それがシャムトリカの考えだった。


「そこで武舞祭です。常ですら多くの貴族が観戦しにくる催しですが、今年は次期国王であるジュリアン様がいる。注目度は例年の比ではないでしょう」

「武舞祭? 王立術理院の行事に余が参加しろと?」


 意義を見出せず、聞き返すシャムトリカ。

 そんな彼女に鋭い声を掛けるコウミリア。


「シャムトリカ! ナルカマカロはあなたのために提案してくれているのよ! 文句を言うのはやめなさい!」

「……はい。悪かったな、ナルカマカロ」

「いえ、当然の疑問でしょう」


 茶番だ、と思いながらシャムトリカは少し眉を顰める。

 母のコウミリアはナルカマカロの言うことを全て真に受けるようになった。シャルムの死が母にどのような影響を与えたのか。シャムトリカには想像できない。ただ、今のコウミリアの甲高い声が嫌いで仕方なかった。


「武舞祭という予想もしない舞台。そこでシャムトリカ様が次期国王をジュリアン様にすることを宣言してしまうのです。そうすれば、他のフシャールがどう足掻こうと後の祭りです」

「上手くいくのか? ジュリアンと余が同じ武舞祭に参加する。そんな噂を聞けば、連中は何をしてでも阻止しようとするだろう」

「私がさせません。不愉快かもしれませんが、シャムトリカ様の参加は当日まで極秘事項とさせていただきます。その上で私が万全を尽くします。必ずや今年の武舞祭を以て二頭体制の下地を整えてみせましょう!」

「……考えがあるなら良い。全ては亡き父上より受け継いだアマガハラ王国がため。余はナルカマカロに従おう」

「……ありがたく」


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