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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第二十四話 ジークムントの伝記

「じゃあ、俺は部活動の見学に行ってくる。カリムは本当に来なくていいのか?」

「ああ、俺は書庫で勉強でもしてるから、せいぜい楽しんでこい。平民のお前が将軍を目指すとなると、王剣百士にでもならないと話にならないだろうからな」

「簡単に言うなよ。王剣百士って毎年数人しか合格できないんだろう?」

「どうだろうな。昨年は合格者がいなかったという話も聞いたことがある。少なくとも実力者以外は絶対に合格できないことだけは確かだろう」

「だよなあ。……はあ、カリムが余計なこと言うから、部活動見学のモチベーションがただ下がりだ」

「一過性の感情に流されずに吟味できる。僥倖だと捉えるといい」


 本校舎を出て、カリムとタムマインは別れた。カリムは書庫へ、タムマインは武人の集いという部活動が放課後使用許可を取っている第二修練場へと向かう。

 一人になり、本校舎からタムマインのように部活動の見学へと向かう者、寮へと帰る者、正門から馬車などに乗って王都にある邸宅へと帰っていく者達の枝分かれしていく人の流れを少し眺めてから、カリムは庭沿いを歩いて書庫へと向かう。

 王立術理院の書庫は二階建て。本棚が整然と立ち並び、入口近くには書庫の本が盗まれたりしないよう、警備の騎士が目を光られている。そして、カウンターには書庫の蔵書の整理や管理をしている者達がせっせと本を元の場所に戻したり、整頓したりしている。

 今日が入学式当日ということもあってか、学生の出入りは疎らだった。あるいは常にこれくらいの出入りしかないという可能性もあるが、そういった判断は入学したばかりのカリムにできるものではなかった。

 ここに足を運んだのは、王族について調べるためだ。

 ソーカルド領を出発した日。唐突に現れた天才の弟、サワリムの言葉が脳裏に残っていた。

 

「俺の定められた運命……か」


 そんな大層な物言いをされては気にするなという方が無理なことだ。いっそ無視してやりたい気分にはなったが、そうして後悔するような事態になるのも馬鹿馬鹿しい。仮にも助言した相手は弟とはいえ、先日のテスラのように理術学派で学び、カリムには及びもつかない知識を持つ天才だ。認めたくはないけれど、きっとあいつの助言は聞く価値があるのだろうとカリムは思っていた。


「ああ、最悪な気分だ」


 弟の常に後ろを歩いているという劣等感をカリムは早く拭い去りたいと思いながら、書庫を練り歩くように王族について書かれた本を探す。サワリムの言葉では「隈なく」調べる必要があるらしい。おそらく適当に二、三冊の本を読んでも何か掴めるというものではないのだろう。

 そう思って慎重に本を探していたカリムだったが、あまり苦労せず王族について書かれた本を発見できた。

 というより。


「……そういうことか。あの陰険な弟め」


 目的の本が――それこそ本棚一つを埋めるくらいには見つかって、カリムは乾いた笑いを浮かべる。

 カリムが勝手に想像していた無数の本から目的の一冊を見つけるというようなことではなかった。サワリムが言っていたのは、大量にある王族について書かれた本を隈なく――――漏れなく――――読み、その収集した情報から定められた運命とやらを推理しろということらしい。

 そして、もう一つカリムを絶望させる要因があった。


「そもそも王族について書かれた本って言えば、伝記とか歴史とか……タイトルに載ってないだけで、これ以外も絶対にあるよな」


 肩を落とし、しばらく落ち込んでから、カリムは重い足取りで最初の一冊を手に取り、読書用の机と椅子が用意されたスペースへと向かう。複数人が座れる開放的な席ではなく、一人用に窓際の席を選ぶ。本の内容に集中したいのと、あまり王族について調べていることを知られたくなかったからだ。


 手に取った本は、建国王ジークムント・アマガハラの伝記である。王族について調べるのなら、最初は当然建国王だろうとカリムは自然にこの本を選んでいた。歴史から概要的に学ぶという手段もあったが、それはソーカルド領にいたときに一通りやっていたので、真っ先に歴史から学ぼうという気概はなかった。

 

 建国王ジークムント・アマガハラ。

 このアマガハラ王国を建国した王であり、黒穴近辺を人の生活圏として利用できるように、アマガハラ王国を取り巻く高濃度魔素を希薄化させた。また、神威獣という高濃度魔素に適応した超常生物の友となり、己の死後もアマガハラに協力してくれるように契約した人物でもある。

 要するに、今のアマガハラ王国の地盤を創った王である。

 以上が彼についてカリムが知っていることだ。

 補足すれば、サワリムが理術学派側の人間であることから、ジークムントは建国王という呼称とは別に、人の枠組みを超えた聖人としても扱われていた。また、神威獣にしても理術学派では原生種という呼称だった。

 そういった記憶を思い出しながら、カリムはジークムントの伝記を読み進めていく。

 おおよそは知っていることが誇張されていたり、どれだけジークムントが偉大であるのかを語るような不毛な内容だったりが続き、カリムも随分と読む気力を奪われた。

 しかし、ときたま興味深いエピソードも散見された。

 たとえば。


『多くの神威獣と友誼を結んだジークムントだったが、水龍だけは首を縦に振ってもらえず、友誼ではなく互いに不干渉を約束していた』

『神威獣の中にはジークムントの徳を妬み、敵対的な行動をとる神威獣もいた。しかし、偉大なるジークムントは武力ではなく言葉で説得を続けた』

『ジークムントは花見好きで、黒穴の近くに桜の木を植えた。その桜は美しい青い花を咲かせ、アマガハラ中の人々が花見に集まった』

『ジークムントの晩年には、アマガハラの繁栄を願って、四つの祭壇が建設された』


 省略されているのか、そもそも真偽が怪しくてカリムが読んだことがある歴史の本では除外されてしまっていたのか。聞いたこともない話もあって、カリムは時間を忘れて、本に没頭してしまい、読み終わることには窓から夕陽が差し込んでいた。


「紫珠の神威獣とは不干渉だったのか。どうりで頭一つ抜けて優遇されているわけだ」


 カリムが定められた運命について知るのは、まだまだ時間が必要だった。

 だが、アマガハラ王国を取り巻く暗雲は待ってはくれない。

 彼には見えもしない、聞こえもしない所で着々と、カリムの運命を捻じ曲げていく。

 そして、その変容していく運命の結末は、……誰も知らない。


次はサワリム視点で、天地宮での話になると思います。

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