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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第二十二話 危険な二人組

 入学式当日。

 講堂に新入生が集まり、壇上には低身長で恰幅が良く、ちょび髭の生えた学長がスピーチをしている。身長が足りないのだろう。明らかに壇上の床と学長が立っているであろう場所が一致していない。

 

「入学おめでとう。この王立術理院は貴賤を問わず、門戸を開いています。貴族だから贔屓されるということありませんし、平民だから酷い扱いを受けるということありません。仮に我が学院で差別を行うことがあれば、我々は決して許しませんので覚えておいてください」


「ここで学んでいく知識は君達の一生の宝になることを約束します。ですから皆さんも入学できたことに慢心せず、誠心誠意勉学に励んで欲しいと思います。まあ、私がこれ以上長話しても君達の貴重な時間を奪うばかりで生産性がないでしょう。私からは以上です」


 学長が「よいしょ」壇上から姿を消す。やはり彼は身長を補完するための台座を用意していたのだろう。そして、壇上から降りる際、恐る恐る一段一段降りて、締まらない退場の仕方だった。備品を学長の身長に合わせることができなかったのかと、カリムは不思議で仕方なかった。

 そして、司会進行役の中年男性教員が引き継ぐ。


「続いて、新入生総代の挨拶です。総代は学長の話の通り、貴賤に関わりなく筆記試験の成績が最優秀な生徒に決定しました。……新入生総代、カリム君」


 呼ばれてカリムは一様に座り続ける新入生の群れから立ち上がる。隣ではタムマインが「賢いとは思っていたが主席だったのかよ」と小声で言っているが無視して、壇上へと向かう。

 緊張はしていなかった。

 カリムは別に総代の仕事をしっかりこなそうなんてまったく思っていなかった。

 筆記試験の結果を確かめに言った日、学長から総代を頼まれたのだが、適当でいいと言われたので、真に受けてテキトーに言う気満々のカリムだった。

 壇上に立ち、視線を巡らせると、無数の視線がカリムに突き刺さり、驚く。群衆に紛れているのと、その視線を一身に受けるのとはこうも感覚が違うのか、興味深い……と。


「ソーカルド領出身のカリムです。王立術理院では驕らず勉学に励み、卒業後は官人になります。……以上です」


 新入生に教員に、誰も彼もが「短くないか?」という表情を浮かべていた。また、一部の新入生に関してはカリムを射殺すさんばかり睨みつけていた。

 学長も言っていたが、長い話は時間の無駄だろうからとカリムは入学式の形式的な言葉なんて全て無視して、挨拶を終え、仕事はもう終えたとばかりにスタスタと自分の席に戻った。

 

 その後。入学式は早々に終了。

新入生達は本校舎に移動し、事前に言い渡されていた教室に別れていく。

クラスは一学年十組まであり、一組あたり二十人ずつとなっている。

カリムとタムマインは同じ五組だ。セナのクラスについて、二人は入寮以来、顔を合わせる機会がなかったので把握はしていない。


少し遅れた教室に入ると、教室では既に生徒が好き勝手に席についていた。制服に注目すると、おおよそ平民と貴族が両端に分かれており、二つが交わる中央、つまり真ん中の列だけが不自然な空席として残っていた。


「露骨だな、学長はああ言っていたが、なんの軋轢もないってわけでもなさそうだ」


 タムマインがカリムを見て、どうするのかを問うてくるが、カリムは舌打ちで返した。

 そして、教室の中央にどっかりと着席し、


「他の奴らも早く席につけ。……それとも教員が来るまでずっと立っているつもりか?」


 カリムの迫力に押されて、平民の生徒達が恐る恐るといった様子で空席を埋めていく。

 残る席は真ん中の列後方の二つ。

 教員はまだ来ていない中、遅れて入室してきた生徒が二人。

 一人は女。褐色の肌に肩にかかったサラサラの髪。小柄で、細見の体躯。何より端正な顔立ちをした少女だ。

 もう一人は男。肌は少女同様に褐色。身長が高く、体格も良い少年。

 二人とも制服は何の意匠もない白衣と黒のズボン。

 つまり、平民だった。


 この特徴的な二人組は、後方の空席を見つけ、何の迷いもなく席へと向かう。

 ――しかし。

 少女が座ろうとした椅子に、どっかりと隣の席から伸ばした足が置かれる。

 嫌がらせはしたのはキノコヘアーの男子生徒だった。

 制服には狐の意匠が両肩と左胸にあり、貴族の子息であることがわかる。

 貴族から平民に対する嫌がらせ。

 カリムは嫌らしい笑みを浮かべるキノコ男子を見て、学長の話を聞いてなかったのかと不思議に思った。

 そして、同時に平民がこんな行為をされたら傷つくかもしれないと思い至った。


「……足、邪魔なんだけど」


 しかし、カリムの心配は見当違いであったらしい。

 褐色の少女はまったく物怖じせず、剣吞な目つきで不満を露にした。


「なら床に座ればよかろう。僕は足を伸ばしたい気分なんだ。どうせ君達平民は日頃から床に座り慣れているだろう? さあ、早く座りたまえ」


 少なくともあのキノコヘアーは学長の言葉なんて聴いていなかったことをカリムはしっかりと理解し、席を立ち、少女に加勢するべく渋々立ち上がる。

 

「私は――邪魔だって言ったんだけど」


 だが、少女が言葉を発しながら、後ろに引いた腕からバチバチッと若干の雷が発生したのを見て、余裕は一瞬で吹き飛んだ。

 貴族に嫌がらせされる少女という構図が、次の一瞬で逆転しかねないことに危惧を覚えてカリムは無意識に『身体強化:黒珠』を発動し、わずかな雷を纏っていた少女の腕を掴んでいた。


「モンドはともかく、あんたは何?」


 少女の腕はカリムと、彼女と一緒に教室に入ってきた褐色の少年によって、掴まれていた。

 彼女の様子から見ると、褐色の少年はモンドというのだろう。

 カリムは少女から険しい視線を受けても、動じない。


「勿体ないと思ってな」

「何が?」


 掴んでいた腕を離して、カリムは続ける。


「制服を見たところ、お前は平民出身なのだろう?」

「…………そうね。だから、貴族の言うことは黙って聞けって?」

「いいや、そこの男の言葉に従う必要はない。俺が言っているのが、そこのキノコに挑発されて暴力を振るえば、客観的に見て、お前が学院を退学になるから勿体ないと思っただけだ。俺はお前がどういう経緯で入学したのかは知らないし、知りたいとも思わないが、平民がせっかくアマガハラ王国の最高学府に通えるようになったのだ。下らないことで機会を無駄にするべきじゃない」

「……仕掛けてきたのはこいつなのに我慢しろって?」

「……アルタイラ、諦めろ。彼は君を気遣ってくれているし、言いたいことも理解できる。わざわざ無碍にしても損をするだけだ」


 不機嫌さを隠そうとしない少女だったが、モンドの制止を受けて、敵対的な態度を解いた。


「命拾いしたわね」

「ふん、何が命拾いだ。僕は平民の分際で生意気な女め」


 依然としてアルタイラと呼ばれていた少女の椅子に足を置き続けるキノコヘアーの男子。


「おい、キノコ」

「誰がキノコだ! 僕はトーマス・ミノウミ! ミノウミ領主の子だぞ! 新入生総代だからって舐めるなよ、平民風情が!」

「すまない、トーマス。しかし、お前の態度は貴族にしても見るに堪えないぞ。平民を馬鹿にしているようだが、かく言うお前の足癖の悪さと、礼儀を欠いた態度は貴族の恥だろう? 思い出してみるといい。ここは別にお前以外は全て平民しかいないわけではない。各地の貴族に王都で仕える貴族の子女がいるんだ」


「ちょっと考えてみればわかると思うんだが……ここで騒いでいるお前の醜態、他の貴族にも見られているとは考えないのか? 平民の俺はよく知らないが、貴族ならメンツや体裁は大事にした方がいいと思うぞ」


 言われて、ゆっくりと貴族側の席を見て、トーマスが自分に注がれる冷やかな視線に気づき、慌てて足を退け、机に伏せて、恨めしそうにカリムを睨む。


「いや、睨むなよ。どう考えてもお前の自業自得だぞ、キノコ。……すまん、トーマスだったな」


 その余計な一言によって、トーマスの怒りはカリムへと集中することになった。


「口が悪いくせにお人好しだよな、お前」


 頬杖をついて、席に戻ったカリムに話しかけるタムマインに、カリムは舌打ちする。


「お前、あの子が強いことを分かっていたのに動かなかったな?」

「仕方ないだろう。俺の刻印術式が発動したら、仲裁どころか諸共殺しちまうんだから。それにカリムが止めに行ったからな。安心して任せられたぜ」

「…………」


 カリムは無言で、前に座るタムマインの椅子を思いっきり蹴る。


「いたっ!」


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