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大王は神にしませば  作者: 赤の虜
第二章 王立術理院
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第二十一話 未知

ぐぬぬ……もっと短くまとめるつもりだったのに……(; ・`д・´)

 カリムが目を覚ますと、鼻を刺激する薬品の臭いに顔を顰めた。


「ああ、臭い? ごめんなさいね。医務室まで運ぶのが面倒だったから、私の研究室に運んだのよ。においは地方から取ってきた薬草だったり、貴重な花だったりを磨り潰したりしすぎて部屋に染みついているの。だから、諦めて。まあ、元々はあなた達が刻印術式を発動させたことが原因なんだし、別にいいわよね?」


 顔を覗き込んできたテスラは、資料が山積みにされた席に腰掛ける。


「あと、どうせ聞かれるだろうから先に言っておくわ。あなたのお友達、タムマイン君も隣で寝てるから安心してね。もちろん、何もしてないから」


 確認すると、本当にタムマインも寝かされていた。どうやら二人は刻印術式を暴走させてしまい、今まで眠っていたようだ。

 二人とも長椅子に横になっていたようで、カリムは少し肩が凝っていた。


「手間を取らせてしまい、すみませんでした」


 思考力は未だ戻ってきてはいなかったけれど、自分達に非があることくらいは想像がつき、カリムは謝罪した。


「別にいいわよ。そういった面倒を含めて後で学長から研究費を掠め取るから、あなた達のためにやったわけじゃないわ。正直教員なんてやっているけれど、私の本分は学士だから」


 素っ気ない態度のテスラに、カリムはどこかサワリムのような印象を覚えた。

 ――学ぶために生きているのだから、それ以外はどうでもいい。

 そんな印象だ。

 カリムは理術学派とはそういった意識を持つ者達の集団だと考えていたので、テスラの言う研究のことが気になった。

 弟であるサワリムは生来の才能、式魔封術によって理術学派に見出されたらしいが、一般的な学士とはどういったことを研究しているのか。せっかく本人が目の前にいるのだから、聞いてみることにする。


「何を研究してるんですか?」

「後天的魔素適応能力の向上。魔力のことくらいは知っていると思うけど、ある程度魔力操作ができるようになると、次はより理術を強化するために大気中の魔素へ働きかける力が必要になるの。魔力はその呼び水で、身体強化系統みたいな本人の魔力だけで補う理術以外は魔素によって事象を起こしてる」


「そこで重要になってくるのが、術者の魔素適応能力。有名な例だとアマガハラの建国王、ジークムント・アマガハラね。彼は魔力を用いずにあらゆる奇跡を起こしたそうよ。何らかの方法で魔素へと働きかけることでね。……つまり、理術を用いるのに本来魔力なんて必要ない。必要なのは魔素に働きかける能力なの」


「そして、ようやく私の研究分野である魔素適応能力の話になる。建国王を最上値として、この能力は生まれ持った才能によって、限界値があるというのが現在の定説。私の研究はその限界値を人為的かつ確実な手法で向上させることができないかという研究」


 テスラの説明をカリムは部分的にしか理解できなかった。彼は何年も前からサワリムの書斎の理術教本を読んではいたが、あの教本は所詮概要を説明したものに過ぎなかったので、虫食いのように理解できない内容がいくつかあった。

 たとえば、魔素適応能力について。これについてはそもそも概要の説明すら読んだことがなかったので、まったくの初耳だった。それに魔素へと働きかける力が必要なんてことも知らなかった。

 そういったこともあり、カリムは感じたことのない衝撃を受けていた。

 自分はそれなりに理術を学んだと自負していただけに、その知識にはまだまだ先があると知って、知的好奇心がくすぐられた。

 カリムの様子を落ち込んでいるとでも考えたのか、テスラは微笑む。


「理解できなくても落ち込まないでね。学士の研究なんて王立術理院の卒業生でも何を言っているのかわからないって言われてるから」

「はあ……」


 カリムの知識が乏しいせいで、話が盛り上がることはなかったけれど、興味深いものだった。

 本当ならそろそろ研究室を去ろうかと考えていたカリムだったが、興味のままもう一つだけ言葉を続けていた。


「しかし、不思議です。そもそもの話、どうして理術学派の学士が王立術理院で教員になれたんですか? 地方ならともかく、ここはアマガハラ王国の最高学府。貴族が嫌がりそうなものですが……」


 疑問に思ったままに声に出してしまい、カリムは自分の失敗を悟る。

 仮にも教員とはいえ、インダル発祥で、大炎帝国にも影響力のある一大勢力、理術学派の学士に対して、遠回しにお前達はこの国の貴族から信用されてないのではないか? と言っているようなものだった。

 カリムの失言に対して、しかしテスラは大きく声を上げて笑うだけだった。


「君の疑問はもっともだ。私の肩書きがややこしい……というより王立術理院に勤めている全ての学士の経歴がややこしいのが悪い」


「たとえば、私はそもそもアマガハラ王国生まれで、アマガハラ王国育ちの平民。加えて、学士になる以前はこの王都で宮廷術師として国に仕えていたわ。そして、新進気鋭の理術学派に乗り換えた。王立術理院の学士はみんなこのタイプね。生粋の理術学派の学士じゃないから、命令されても平気で無視できる」

「でも、理術学派なのでは?」


 カリムは混乱した。

 アマガハラで育ったというだけで、理術学派に転向した学士を受け入れるだろうか?


「そう。だから、貴族は私達学士を毛嫌いしている。この裏切り者ってね、女々しいでしょう?」


「ああ、返事はしなくていいのよ。学生の身で余計なことは言わない方がいいからね。……付け加えると、一部の学士を除いて理術学派に転向した学士のほとんどは理術学派に帰属意識なんて持っていない。ただし、学士になればインダルと大炎帝国の知識がタダで手に入る。そんな都合の良い部活動に所属しているようなイメージね。学士同士で研究成果の賛否を唱えたり、意見交換したり、横の繋がりはあるけれど、縦の繋がりは希薄なの。だから、私達は王立術理院でも教員として迎えられている。貴族はともかく、少なくとも学院側は柔軟な考え方をしているみたいね」

「……勉強になりました」


 王立術理院も色々と面倒なことがあるらしいということをカリムは理解した。

 まったく起きる気配のないタムマインに視線を移し、


「そろそろ戻ります。失礼しました」

「ええ、気をつけてね。あなた達はどうも魔力の扱いに慣れ過ぎていて、ちょっとしたことで刻印術式を発動してしまうみたいだから。授業で制御方法を教わるまでは魔力を使うのは控えた方が身のためよ」

「はい」


 彼を担いでカリムはテスラの研究室を後にした。


 その日の夜。

 カリムはテスラとの話を思い出していた。

 魔素についての話や学士についてなど、今更ながらカリムは自分が新天地に来たことを実感し始めるのだった。


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